第2話 【速報】二月になった途端、クラスの雰囲気が変なんだけど 2/2
「あれ? 桃と綿苗さん、なんで佐方たちと一緒にお昼食べてんの?」
プチ騒動の末に、なんだかんだで四人で一緒にご飯を食べることにしたところ。
近くを通り掛かった二原さんの友達が、声を掛けてきた。
それに対して、二原さんが箸を持ったまま答える。
「んや、理由はないけどさ。たまには、こーいうのも面白いかなって!」
「まぁ桃は、そうだろうけどさ。綿苗さんは、なんか珍しいじゃん? こういうの」
「…………そう?」
急に話し掛けられたせいか、結花はビクッと肩をこわばらせた。
前よりはクラスメートとの距離も近くなったけど、こういう突発的な場面にはまだまだ弱いよね。結花は。
「おーい、何してんのー?」
「あれー? 綿苗さん、珍しーね。佐方たちとご飯食べてるとか」
そうこうしている間に。
他にも数人の女子たちが、わらわらと俺たちの近くに集まってきた。
「ねぇねぇ、綿苗さん。今度はわたしらとも、お昼食べよーよ?」
「……よしなに」
「あははっ! やっぱ綿苗さんの言葉のチョイス、ツボだわー。倉井たちとは、どんな話してたの?」
「倉井くんとは……特に。二原さんと、佐方くんとは……まぁ」
「なんで俺だけハブってる感じの言い方なんだよ!? 俺とも会話してただろ、四人で一緒によぉ!!」
「…………はて?」
テンパってるのか、綿苗流ジョークなのか、定かじゃないけど。
集まっていた女子たちは、そんなとぼけた結花の反応を見て、楽しそうに笑ってる。
それは決して、馬鹿にした感じじゃなくって。
綿苗結花というキャラを、友達として受け入れている、優しい雰囲気で。
こんな空気こそが、人とのコミュニケーションが苦手だった結花が、ずっと求めてたものなんだろうなって――なんだか温かな気持ちになる。
「そーいやさ、聞いてよ桃! この子さ、今年のバレンタインに……」
「ちょっ……ストップッ!! 男子がいる前で、そんな話すんな! 広まっちゃったらどうすんのよ!!」
「え、何その反応! ひょっとして、本命チョコ的な!?」
二原さんが目をキラキラさせながら、女子たちの話に食いついた。
ああ。そっか、二月だもんな……そういう話題も出てくるか。
――バレンタインデー。
それは、モテない男子にとっては苦痛でしかない、企業の策略によって生み出された悪魔のイベント。
「……なぁ、遊一。板チョコで殴り続けたら、イケメンは死ぬと思うか?」
「割れるだろ……板チョコの方が」
俺の隣で難しい顔をしたマサが、素っ頓狂なことを言い出した。
気持ちは分かるけどな。俺だって去年までは、リアルのバレンタインデーなんて、疎ましいとしか思ってなかったし。
……去年までは、だけど。
「あ、ちなみにさ――綿苗さんは、誰かにチョコ渡すん?」
「ふぇっ!? べ、別に!?」
そのときだった。
バレンタインデートークを振られた結花が、あからさまにキョドった反応をしたのは。
「あ! その反応、めっちゃ怪しー!! 本命チョコでしょ、本命!」
「べべべべべべ別に!? ちょちょちょちょチョコって、なんですかそれ!?」
勢いよく立ち上がって、両手をわたわたと振り回す結花。
チョコの存在を知らないのはおかしいでしょ。挙動不審の塊にもほどがある。
そんな様子を見れば当然――周りはますます、興味津々になる。
「かわっ……綿苗さん、可愛すぎるんだけどー!」
「え、誰? 誰に渡すん!?」
「だだだだ誰にでしょう!? わわわわ、私は綿苗結花……」
「……ちょいちょーい。あんたら、よーく周りを見なって」
ガールズトークで沸き立つ女子たちを制するように、立ち上がった二原さん。
普段はへらへらしてるし、俺や結花をからかってくるけど。
本当に困ったときは、ヒーローみたいに立ち回る――それが特撮ギャル、二原桃乃。
「男子がいんのに、そーいう話はNGっしょ? 綿苗さんだって困るっての。本命チョコなら、なおさらさ」
「う……確かに」
「ごめんね綿苗さん、勝手にテンション上がっちゃって」
「い、いえ! 謝られるようなことじゃないし……むしろ、ちょっと嬉しかったから」
二原さんの一声で、トーンダウンした女性陣に対して。
結花は、少しおどおどしながら――言った。
「私、これまで……みんなとこういう話、したことなかったので。だから、恥ずかしいけど――すごく、嬉しいの」
たどたどしいけど、一生懸命に、結花は正直な気持ちを紡いでいく。
その言葉に当てられたように、女子たちは揃って笑顔になって。
「そんなかしこまんなくても、大丈夫だよ綿苗さん?」
「そーそー! あたしらだって、綿苗さんと話したいもん!!」
「あ、ありがとうございます……」
「ちな、二月十四日ってさぁ。実は綿苗さんの、誕生日でもあるんだよ! ね、綿苗さん?」
まだガチガチな結花への助け船なのか、二原さんがそんな話題を振った。
「え、すごー! バレンタインデーが誕生日とか、なんか可愛いー!!」
「え、え? じゃあさ、バレンタインデーに本命チョコ渡して、付き合うとかになったら――彼氏が誕生日プレゼントってこと!?」
「ごめん……ちょっとそれは、なに言ってんのか分かんないわ」
「じゃあ、友チョコ持ってこなきゃね。誕生日のお祝いにもなるしさ!」
「あ……えへへ。ありがとうです……すっごく嬉しい」
――温かい空気に包まれて、笑っている結花の横顔を見ていたら。
なんだか俺まで、胸の奥が熱くなってきた。
二月十四日まで、もう少し。
バレンタインデーと誕生日……結花が両方とも満喫できるように、俺も色々準備とかしなくちゃな。
「っていうかさ。桃って割と、綿苗さんと話してるよねー。誕生日も知ってたし」
「そりゃそうよ。だって、うちと綿苗さんは、めっちゃ仲良しなんだかんね! ねー、綿苗さんっ!!」
「う、うん! 二原さ……桃ちゃんは。私の、一番の友達だよ」
――『二原さん』って言い掛けたところを、敢えて呑み込んで。
結花は、はっきりと『桃ちゃん』って……そう呼んだんだ。
学校以外で、いつも呼んでいるみたいに。
「…………結ちゃん」
思いがけない結花の一言に、二原さんは――段々と目尻に涙を滲ませていく。
それから、堪らなくなったのか、結花に思いっきり抱きついた。
「……そーだね。うちも結ちゃんのこと、一番の友達だと――思ってるかんね」
結花と二原さんの微笑ましい様子に、他の女子たちも朗らかに笑う。
そんな光景をぼんやり見ながら、マサが小さな声で言った。
「……綿苗さん、変わったよな。いい意味で」
その言葉に、大きく頷いて。
俺は迷うことなく、応えた。
「言われなくたって、そんなの――俺が一番、知ってるっての」
――――ちなみに、その後。
「でさ、綿苗さん。結局、本命チョコは誰に渡すの?」
「そ、それは……まだ恥ずかしくて、言えないけど……」
結花は頬を赤く染めたまま……ちらちらと。
会話の途中で幾度となく、俺の方に視線を送ってきた。
二原さんが察して、場を取りなしてくれたからよかったものの……マジでやめよう、それ? いくらなんでも、あからさますぎるから。
そりゃあ、もちろん――嬉しかったけどさ。




