表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
224/294

★それは、野に咲く花のように★

「……『弟』さんと素敵な一日を過ごせるよう、願っているわ。それじゃあね、ゆうな」


 そう言って電話を切ると、私はふっと、静まり返った自分の部屋を見渡した。



 壁に貼ってある、モデル時代の真伽まとぎケイのポスター。

 机の上に並べてある、かつて私が演劇に興じていた頃の台本。


 そんな景色を眺めながら、私は改めて思う。


 ああ。私は本当に――紫ノ宮(しのみや)らんむだなって。




 ――――演技をするのは、昔から得意だった。


 だからこそ、演技でたくさんの人に夢を与えたいと、願うようになった。

 そして真伽ケイの生き様に憧れて……人生のすべてを『芝居』に賭すことを誓った。


 声優・紫ノ宮らんむとして。演技も、歌も、パフォーマンスも……すべてを極めて。

 頂点にのぼりつめると、誓ったんだ。



 けれど同時に……演技は、弱い自分の象徴でもある。


 舞台を降りて、自分の本心を晒すことを、私は今でも恐れている。



 だからいつからか――現実も、舞台だと思うようにした。


『笑顔』の仮面をかぶって、ニコニコと周りに愛想を振りまいて……そういう人間の『ふり』をして、生きる道を選んだ。


 その結果、大切な人すら傷つけたのだから――我ながら、愚かとしか言いようがない。



 けれど。時計の針は、もう戻らない。



『夢』を纏った、この紫ノ宮らんむの姿で――私は舞台に、咲き乱れる。


 そういう生き方しか、私は知らないから。




「……ああ。そろそろ、収録に行かないと」



 既に準備は終えているので、私はスマホをカバンに入れると、そのまま部屋を出て階段をおりた。

 一階には、私の親が経営している喫茶店。



「おお、来夢らいむちゃん。どこか出掛けんのかい?」


 カウンター席に座っている常連客の一人が、私を見て話し掛けてきた。

 だから私は『笑顔』の仮面をかぶって――にこやかに答える。


「そうなんですー。あたしって、これでも忙しいんですよ?」



 店から出ると、やたらと強い陽光。

 店のそばには、黄色いゼラニウムの花。



 ――こんなところで、まともに手入れもされていないだろうに、ゼラニウムは勇ましく咲き誇っている。



 そんな、野に咲く花のように。

 私も強く咲き誇りたいと、心の底からそう思う。




 …………ああ。そういえば、ここで彼女と初めて会ったんだったな。



 和泉いずみゆうなではなく――綿苗わたなえ結花ゆうかと。

 紫ノ宮らんむではなく――野々花(ののはな)来夢として。



 ゆうなのおかげで、『弟』――遊一ゆういちが元気に過ごせていることが分かったから、あの日は柄にもなく……嬉しかった。


 こんな私だけど、佐方さかた遊一という男の子を好きだと思っていた気持ちは、本物だ。

 遊一が自分に告白してくれたとき、嬉しいと感じたのも、本当のことだ。



 けれど、それでも――私は『芝居』を選んだ。



 自分の感情も。自分に好意を向けてくれた彼の気持ちも。すべてを捨てて。


 そうして私が傷つけてしまった遊一が、誰かと幸せになれたのであれば……それに越したことはない。


 それに――和泉ゆうなにとっても、遊一と出逢えたことは良い転機だったと、勝手ながら思っている。


 事務所で知り合ったばかりの頃のゆうなは、常に『恋する死神』というファンにうつつを抜かしていて、心配で仕方がなかったから。



 ファンは確かに、素晴らしい存在だ。

 けれど同時に、ファンと結びつきすぎれば――声優にとって命取りにもなりかねない。




 だから……ゆうながもしも、『恋する死神』にいつまでも熱を上げていたとしたら。


 私はきっと――彼女を許さなかっただろう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 鳥肌が立ちました 作者さんの構想に驚愕してます
[良い点] この話やばいな!1話からここが考えられてたならば、まじ脱帽。流石に2年前だから、初期設定は無いか。 でも、1話の時から「それは、できない」だから最初から伏線はあったのか!! いや、それは…
[一言] 衝撃の事実の判明……まじか……マサが事実知ったらビックリして腰抜かしそうww えっと…遊一と死神同一人物なんだけど……怒られるんかなw
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ