第33話 こんなどうしようもない俺だけど、守りたいものができたから 1/2
――――結花が、俺からもらっているもの。
再び投げかけられたその問いに、全身の神経がピリッと痺れる。
だけど俺は、拳をギュッと握りしめ、お義父さんをじっと見つめ続ける。
この日のために、俺は来夢と会って、自分の過去と向き合った。
そして、自分が抱いていた『野々花来夢』という幻想のトラウマを、清算したんだ。
だから――絶対に、目は逸らさない。
「…………僕は昔の結花さんを、話の中でしか知りません」
初めて結花をクラスで見たとき――地味で目立たない女の子だと思った。
それからすぐに、親が勝手に決めた結婚相手として顔を合わせて……思ったよりも趣味が合って、話しやすい子だと思った。
そして今は――無邪気で天然で、一緒にいると安心する子だなって、思っている。
「クラスメートの嫌がらせを受けて不登校になっていた頃の、辛く苦しい時間のことも。そんな自分を変えようと、声優のオーディションを受けて、一念発起して上京した決意の固さも。駆け出しの声優として頑張って、だけどなかなかうまくいかなくて、落ち込んでいた日々も。そばにいなかった僕は――言葉としてしか、知りません」
そう。本当に俺は、知らないんだ。
話としては聞いているけど、目の当たりにしていない俺には……想像することしかできないんだ。
今とは違う、笑顔をなくしていた頃の結花の悲しみを。
自分の殻を破って、声優として世界に飛び出した、結花の強い決意を。
声優という仕事の難しさに直面して、涙を流す日もあった、結花の苦悩を。
「――それは、仕方のないことだろう。君と結花は、もともと赤の他人だ。相手の生きてきた歴史をすべて理解するなんて……到底無理な話だ」
「ええ。恋人も、婚約者も、結婚相手だろうと――出逢った瞬間からしか、人は関わり合えないから。その後の時間の中でしか、お互いに与え合うことなんて、できないんだと思います……ただの人間同士の場合なら、ですけど」
「……どういう意味だね?」
普通だったら、人と人との関わりは――出逢った瞬間からしかはじまらない。
だけど結花には、別次元の顔があって。
俺にも、そんな別次元の彼女にメッセージを届ける、もうひとつの顔がある。
それこそが、俺の――お義父さんへの『答え』だ。
「僕が結花さんに、与えられていたものがあるとするなら。それは……出逢う前から届け続けてきた『言葉』です。結花さんではなく、和泉ゆうなさんに。佐方遊一としてではなく――『恋する死神』として」
そして俺は、手提げカバンの中から、黒い小箱を取り出す。
小箱をお義父さんの方に向けると、俺はゆっくりと――その蓋を開けた。
中に入っているのは、無数の手紙の山。
そう。これは『恋する死神』が和泉ゆうなに向けて書いてきた、ファンレター。
――――その、没案だ。
「……見て、いいのかね?」
「……はい。よろしくお願いします」
正直、お義父さんに読んでもらうには、稚拙で恥ずかしい文章だと思う。
そもそもここにあるのは、没にした代物なわけだから、尚更だ。
だけど、この箱に残してあるのは――どうしても捨てられなかった没案だから。
大切にしまっておきたいと思うほどには……彼女への想いで、溢れているんだ。
『ゆうなちゃん。あなたがいたから、僕はまた、世界に飛び出すことができました。ありがとう。あなたに出逢えて、本当によかったです』
『ゆうなちゃん。慣れない収録で大変でしたよね。もし落ち込んだときは、寝てしまうのが吉ですよ。今日はゆっくり休んで、また素敵な笑顔を見せてくださいね』
『ゆうなちゃんの笑顔で、今日も元気をもらいました。世界で一番、大好きな笑顔です』
『ゆうなちゃんの笑顔は、みんなを元気にする力があります。いつもありがとう。僕も、ゆうなちゃんが笑顔でいられるよう――ずっとずっと、全力で応援しますね』
お義父さんが『恋する死神』の手紙をひとつひとつ、黙読していく。
静かに待機している間に――俺はふっと、結花と二人で引いたおみくじを思い出す。
◇縁談『思わぬ躓きあり。心を強く持て』
◇縁談『貫けば叶う。走り続けよ』
――――まったくもって、思わぬ躓きだったよ。
本気で悩んだし、本気で折れそうになった。
だけど――結花がずっと、俺への愛を貫いて、走り続けていたから。
そんな結花のそばにいられるよう、俺は心を強く持って、今この場に立っている。
……なんだかんだ、結花の言ったとおりだったな。
俺と結花のおみくじを足し合わせたら――良縁でしかなかったよ。本当にね。




