第22話 妹「お兄ちゃん、童貞卒業した?」←どう反論すればいい? 2/2
「え、那由ちゃん!?」
帰宅してきた結花は、スマホ片手にリビングでくつろぐ那由を見て、驚きの声を上げた。
「どうしたの、いつ日本に帰ってきたの?」
「数時間前とか」
「ごめんねー。何かおいしいもの、準備したげたかったぁ」
「いいよ。ペペロったから」
「ペペロ……?」
「ペペロンチーノ食っただけだよ。那由、もうちょっと愛想良くしろ」
「知らん。あたしは、あたしだし」
「そっかぁ。遊くんの作ったスパゲティ、おいしかった? 冷食だろうけど」
「――――!! 遊く……!!」
発言のどこに引っ掛かったのか、那由は急にくわっと目を見開いた。
そしてスマホをテーブルに置くと、ゆらりと立ち上がり、結花のことを見上げる。
相変わらず仏頂面だし、態度の悪い妹だな。
だけど結花は、そんな那由を見てくすっと笑う。
「……なに笑ってんの」
「んーん、ごめんね。可愛いなぁって」
「はぁ!? なめてんの!? あたしが、可愛い!?」
キャンキャンと犬みたいに吼え散らかす那由。
そんな那由を見ながら、結花は頬をとろけさせる。
「いいなぁ、那由ちゃんみたいな妹。一緒に買い物したりとか、おしゃれしたりとか。楽しそうだなぁ」
「しないし。そういうの、マジで。ってか、勝手に妹扱いしないで」
目に見えて狼狽えている那由。
こいつが動揺するなんて、珍しいな。
「何? 見世物じゃないんだけど」
「はいはい、じゃあ見ないから」
「ふふっ。じゃあ那由ちゃん、夕飯は私が作るよ! 着替えたら、頑張ってご馳走作るからさっ。何が食べたいか、考えといてねー」
そう言って結花は、取りあえず着替えるため、自室に向かおうとする。
「待って。結花ちゃん」
そんな結花を、那由が強い語調で制した。
俺と結花は、思わず顔を見合わせる。
「えーと、那由ちゃん?」
困ったように首をかしげる結花に向かって、那由はさらっととんでもないことを言う。
「ここで着替えなよ」
「……え?」
「家族なんだから、別に恥ずかしくないはず」
「え、ええええええ!?」
結花が顔を真っ赤にして、悲鳴に近い声を上げた。
そんな反応を面白がってか、那由はニヤッと不敵に笑う。
「だって、兄さんと夫婦っしょ。洗濯物はどうしてんの? まさか別々に洗ってる? 夫婦なのに下着も見せれない? そんなんで、やってけんの? ちゃんちゃらおかしい」
「ちゃんちゃらって、実際に言ってる奴はじめて見たな!!」
ツッコみつつ、俺は那由の頭をはたく。
「いった……何すんの」
「お前、なんだよその無茶ぶり! そもそも俺たちはまだ許嫁同士で、夫婦じゃな――」
「ありのーままでー、って流行ったっしょ? 夫婦なら、それって大事じゃね?」
「で、でも、さすがに……あの……」
結花がもじもじと太ももを擦り合わせながら、俯く。
「ほら。結花もああ言ってるし、この話はおしまいな」
「はぁ……兄さん、変わんない。困ったらすぐに話を逸らす。引きこもって、二次元にガチはまりした頃から、成長しやしない。結花ちゃんが来ても、なんも変わんね」
「大げさすぎない!? 下着の話だよね?」
なんで段々と不機嫌そうになってんだ、こいつは。
昔からよく分からん妹だけど、今日はいつにも増して意味が分からん。
そうこうしているうちに。
那由はジト目でこちらを見て……呟くように言った。
「……兄さん、正直に言って。ひとつ屋根の下な彼女の下着姿、マジで見たくないの?」
「そうは言ってないけど……」
「言ってないの!?」
結花がびっくりしたように顔を上げた。
その瞳は、恥ずかしさのあまりか、僅かに潤んでいる。
そんな結花の反応を見て、那由が小悪魔みたいにニヤッと笑った。
「そう。兄さんも、本当は見たいんだよ。男はみんな、獣だし」
「そう、だよね……同人誌で見たことある……」
「で? そんな兄さんの欲望を満たすため――脱がないわけ?」
俺は無言で、那由の頭に拳骨を振り落とす。
脳天を突く一撃が効いたのか、那由は悶絶しながら床に崩れ落ちた。
「ぐおおお……」
「はぁ……ごめん、結花。うちの愚妹が、迷惑掛けて」
「ご、ごめんはこっちだよっ! 遊くんだって、本当は……見たかった、んだよね?」
「――――はい?」
思いがけない結花の言葉に、俺の思考が停止する。
そんな俺の反応をどう思ったのか、結花はギュッと目を瞑って。
握り締めた拳を、自分の膝に当てると。
「き、今日はそういうの考えてなくって……子どもっぽいパンツだから! 恥ずかしいから、このパンツは……駄目なのっ!!」
――――――このパンツ、は?
え。じゃあ、下着が違ってたら。もっとちゃんとしたやつだったら。
OKって、こと?
頭がぐわんぐわんする。
結花の恥じらう姿が、なんか俺の胸をキュッと掴んでくる。
そんな俺の反応に慌てたのか、結花は顔を真っ赤にして言った。
「あ。え、えっと。き、今日じゃなくても、こ、心のじゅ、準備とか……そーいうのも」
「あ。い、いや。そ、それは、別に……結花の、ペースで」
言葉がしどろもどろになる。
脳がショートしそうになる。
「……けっ」
そんな微妙なムードになった俺たちを見て、那由はなぜか不機嫌そう。
「那由。これだけ大騒ぎを起こしたことについて、何か一言あるか」
「……子どもっぽい下着が好みな人も、世の中にはいると思う」
俺は無言で那由のこめかみを、両サイドからぐりぐりしてやった。
こいつは俺のことをなんだと思ってんだ。
キスもまだなのに、下着とか……早すぎるっての。
そんなこんな、やり取りをしている間に。
……結花の下着を妄想してしまったことは、絶対に二人には秘密だけどな。




