表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
219/294

第31話 男の一世一代のイベントがはじまるから、聞いてほしい 1/2

 ――そして、決戦の朝が来た。


 なんて言うと、さすがに大げさって思われるかもだけど……俺からすると、それくらいの覚悟がいるんだから仕方ない。



 今日これから行われるのは――俺の家族と、結花ゆうかの家族の顔合わせ。

 それはまさに、男にとって一世一代のイベント。


 相手の父親に認めてもらうため、全力を尽くす――試練のときなんだ。



「……よしっ」



 身支度を終えた俺は、自分の部屋に戻ると、机に置きっぱなしにしていたスマホを手に取った。


 画面にポップアップ表示されてるのは、二件のRINE通知。

 そう、事情を知ってる二人の友人からの――激励のメッセージだった。



『リアル許嫁の両親に挨拶イベントとか、すげーな遊一ゆういち! ゆうな姫のためにも、選択肢間違えんじゃねーぞ? 三次元はリセットできないんだからな!!』



 こんなときまで、ゲームでたとえてくるなっての。

 ったく……ありがとな、マサ。



『やっほ、佐方さかた! 緊張しすぎてない? ヒーローは何度も悩んで、何度も苦汁をなめて、それでも戦い続けて――最後に答えを出すわけ。ぜってー負けんなよ? ゆうちゃんを幸せにできんのは、佐方だけなんだから……ぶっちぎれ! 応援してんよ☆』



 二原にはらさんらしい、熱気の伝わってくる文面だな。

 ありがとう。いつも助けてもらってばっかだけど、今日くらいは――自分の力だけで、頑張ってみせるから。



ゆうくーんっ! そろそろみんな、出掛ける準備できたよー?」



 結花の俺を呼ぶ声が、一階から聞こえてくる。


 スマホをポケットにしまうと、机の一番下の引き出しを開けて――奥の方から、黒い小箱を取り出した。


 そして、それを手提げカバンの中に入れてから。

 俺は深呼吸をひとつして……自分の部屋を後にした。



          ◆



 これまでの人生で来たことのないような、豪奢な料亭の一室。


 畳の上に卓と椅子が置かれた、日常ではお見掛けしないレイアウトの、その部屋で。


 俺と那由なゆと親父は――先方の到着を待っていた。



「……こ、これ、高級料亭的なとこっしょ? やば、兄さん……あたし、作法とか分かんないんだけど」


「なんで那由が緊張してるんだよ……俺も作法とか分かんないけど、取りあえず落ち着けって」


「そうそう。そんなに硬くならなくたって平気だよ! リラックス、リラックス」


「……けっ」



 気恥ずかしくなったのか、俺と親父から顔を逸らすと、那由はもぞもぞと慣れないスカートの裾を整えた。


 一応フォーマルな服装にしよう……ってことで、那由はブラウスとロングスカートなんて、滅多にしない格好をしている。


 俺は俺で、ワイシャツにネクタイという、フォーマルな服装で待機中。



「お客様。失礼いたします」


 すっと、ふすまが開き……女将さんらしき人が正座したまま、恭しくおじぎをした。



「お連れ様がいらっしゃいましたが、ご案内して大丈夫でしょうか?」



 ――――そして。


 結花のお父さんとお母さんが、部屋に招き入れられた。



 黒縁眼鏡から覗く眼力の強い瞳と、白髪交じりの短髪。和装に身を包んだ、威厳に溢れた雰囲気の――結花のお父さん。


 肩あたりまである艶やかな黒髪が、着物姿に映えている――結花のお母さん。



「お、お待たせしましたっ!」


 それに続いて、二人を迎えに駅まで行っていた結花と勇海いさみが、部屋に入ってくる。



 白いブラウスと淡い色のカーディガンを着て、くるぶし丈くらいのロングスカートを穿いた――いつもより大人びた格好の結花。


 そして――白いワイシャツの上に、執事のような黒い礼装。

 カラーコンタクトの入った瞳が青く輝いてる、普段となんら変わらない格好の勇海。



「……男装って、ドレスコード的にありなの? 勇海、馬鹿なの?」


「那由、静かに……勇海も一応、許嫁の家族って括りなんだから。変だと思っても、言葉に出したら駄目だって」


「えっと……聞こえないくらいの声量でやってくれます? 二人とも」



 勇海の格好を巡って、つい砕けたやり取りをしてしまったものの。

 すぐに場は、厳かな雰囲気に戻って。



 俺、那由、親父。

 結花、勇海、お義父とうさん、お義母かあさん。



 佐方家と綿苗わたなえ家が、対面になる形で着席して――両家の顔合わせの会が、幕を開けた。



「綿苗家の皆さん。本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。そして……ご無沙汰しております、綿苗さん」


「……ええ。こちらこそ、貴重なお時間を作ってくださったこと、感謝しておりますよ。佐方さん」


「結花さんと遊一のご縁があって、綿苗家と佐方家でこのように集まる場が設けられたこと、誠に嬉しく感じております。本日は短い時間ではございますが、両家の親睦を深める有意義な時間にできればと思います――それでは、まずは自己紹介を。申し遅れました、遊一の父――佐方兼浩(かねひろ)です」



 普段のおちゃらけた親父とは思えない、堂々とした仕切り。


 そっか。家ではあんな親父だけど。

 重要な仕事も任されてるらしいし、こういう肝心な場面では堂々としてるし……なんだかんだ外では、しっかりしてるのかもな。



「それじゃあ、我が家から順番に自己紹介をさせていただければと思います――遊一」

「……はい」



 こういうかしこまった雰囲気って慣れないけど。

 この先の決戦に備えて、ここで躓くわけにはいかないからな。



「佐方遊一です。このたびは遠いところまで足を運んでいただき、ありがとうございます。本日はどうぞ――よろしくお願いいたします」



 ふぅ……なんとか噛まずに挨拶できた。

 そして次は、俺の隣に座っている我が妹。



「は、初めまして! さ、佐方な、那由……中二で、遊一の妹で。えっと、えっと……よろしくお願いします……」



 挨拶が終わったと同時に、ずーんっと落ち込む那由。

 こんなになってる那由を見るのって、珍しいな。


 それだけ俺の縁談に水を差したくないって、思ってくれてるのかもしれない。ありがとうな、可愛い俺の妹。



「わ、綿苗結花です! 本日はこのような、素晴らしい会を開いていただき、ありがとうございますっ!! とっても、とっても――楽しみです!!」



 続いて挨拶をしたのは、いつもどおりの無邪気さ全開の結花。

 こんな場面でも結花が発言すると、なんだかパッと明るくなるんだよな。



「――結花の父、綿苗陸史郎(りくしろう)です。本日はこのような席を設けていただき、大変ありがたく思っております。歓談の折にでも、ゆっくりと親睦を深められますと幸いです」



 お義父さんの挨拶は、うちの親父とも違う――とても厳かな雰囲気のものだった。

 低くて重々しいその声は、聞いているだけで、思わず気圧されてしまうほど。



 続いて立ち上がったのは、お義母さんだった。



「ゆ、結花の母――綿苗美空(みそら)です! こうしたかしこまった場は、あまり得意ではないので……お互いリラックスして、交流を深められればと思います。どうぞ、どうぞ結花を……よろしくお願いいたします!!」



 ……なんか、お義母さんの挨拶のときだけ、結花と勇海がやたら構えてた気がする。


 厳格なお義父さんと、ちょっと天然なお義母さん――綿苗家はこういうバランスで、これまでうまくやってきたんだろうなって思う。



 そして最後は――勇海。



「どうも。結花の妹、綿苗勇海です。結花は甘えん坊で、抜けているところもあって、まるで手の掛かる妹のような存在ですが。そんな結花が幸せになることを願っていますので――これからもよろしくお願いいたしますね、皆さん?」



 そんな気取った挨拶をしてから、席についた勇海だけど。


 着席と同時に、結花に思いっきり足を踏まれたのを……俺は見逃さなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] おお、まあ勇海とか一部の例外はありますが、みんな真面目に話を始めていますねえ。 まだまだ「イベントの始まり」。本番はもう少し先でしょうかね。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ