第31話 男の一世一代のイベントがはじまるから、聞いてほしい 1/2
――そして、決戦の朝が来た。
なんて言うと、さすがに大げさって思われるかもだけど……俺からすると、それくらいの覚悟がいるんだから仕方ない。
今日これから行われるのは――俺の家族と、結花の家族の顔合わせ。
それはまさに、男にとって一世一代のイベント。
相手の父親に認めてもらうため、全力を尽くす――試練のときなんだ。
「……よしっ」
身支度を終えた俺は、自分の部屋に戻ると、机に置きっぱなしにしていたスマホを手に取った。
画面にポップアップ表示されてるのは、二件のRINE通知。
そう、事情を知ってる二人の友人からの――激励のメッセージだった。
『リアル許嫁の両親に挨拶イベントとか、すげーな遊一! ゆうな姫のためにも、選択肢間違えんじゃねーぞ? 三次元はリセットできないんだからな!!』
こんなときまで、ゲームでたとえてくるなっての。
ったく……ありがとな、マサ。
『やっほ、佐方! 緊張しすぎてない? ヒーローは何度も悩んで、何度も苦汁をなめて、それでも戦い続けて――最後に答えを出すわけ。ぜってー負けんなよ? 結ちゃんを幸せにできんのは、佐方だけなんだから……ぶっちぎれ! 応援してんよ☆』
二原さんらしい、熱気の伝わってくる文面だな。
ありがとう。いつも助けてもらってばっかだけど、今日くらいは――自分の力だけで、頑張ってみせるから。
「遊くーんっ! そろそろみんな、出掛ける準備できたよー?」
結花の俺を呼ぶ声が、一階から聞こえてくる。
スマホをポケットにしまうと、机の一番下の引き出しを開けて――奥の方から、黒い小箱を取り出した。
そして、それを手提げカバンの中に入れてから。
俺は深呼吸をひとつして……自分の部屋を後にした。
◆
これまでの人生で来たことのないような、豪奢な料亭の一室。
畳の上に卓と椅子が置かれた、日常ではお見掛けしないレイアウトの、その部屋で。
俺と那由と親父は――先方の到着を待っていた。
「……こ、これ、高級料亭的なとこっしょ? やば、兄さん……あたし、作法とか分かんないんだけど」
「なんで那由が緊張してるんだよ……俺も作法とか分かんないけど、取りあえず落ち着けって」
「そうそう。そんなに硬くならなくたって平気だよ! リラックス、リラックス」
「……けっ」
気恥ずかしくなったのか、俺と親父から顔を逸らすと、那由はもぞもぞと慣れないスカートの裾を整えた。
一応フォーマルな服装にしよう……ってことで、那由はブラウスとロングスカートなんて、滅多にしない格好をしている。
俺は俺で、ワイシャツにネクタイという、フォーマルな服装で待機中。
「お客様。失礼いたします」
すっと、ふすまが開き……女将さんらしき人が正座したまま、恭しくおじぎをした。
「お連れ様がいらっしゃいましたが、ご案内して大丈夫でしょうか?」
――――そして。
結花のお父さんとお母さんが、部屋に招き入れられた。
黒縁眼鏡から覗く眼力の強い瞳と、白髪交じりの短髪。和装に身を包んだ、威厳に溢れた雰囲気の――結花のお父さん。
肩あたりまである艶やかな黒髪が、着物姿に映えている――結花のお母さん。
「お、お待たせしましたっ!」
それに続いて、二人を迎えに駅まで行っていた結花と勇海が、部屋に入ってくる。
白いブラウスと淡い色のカーディガンを着て、くるぶし丈くらいのロングスカートを穿いた――いつもより大人びた格好の結花。
そして――白いワイシャツの上に、執事のような黒い礼装。
カラーコンタクトの入った瞳が青く輝いてる、普段となんら変わらない格好の勇海。
「……男装って、ドレスコード的にありなの? 勇海、馬鹿なの?」
「那由、静かに……勇海も一応、許嫁の家族って括りなんだから。変だと思っても、言葉に出したら駄目だって」
「えっと……聞こえないくらいの声量でやってくれます? 二人とも」
勇海の格好を巡って、つい砕けたやり取りをしてしまったものの。
すぐに場は、厳かな雰囲気に戻って。
俺、那由、親父。
結花、勇海、お義父さん、お義母さん。
佐方家と綿苗家が、対面になる形で着席して――両家の顔合わせの会が、幕を開けた。
「綿苗家の皆さん。本日は遠路はるばるお越しくださり、ありがとうございます。そして……ご無沙汰しております、綿苗さん」
「……ええ。こちらこそ、貴重なお時間を作ってくださったこと、感謝しておりますよ。佐方さん」
「結花さんと遊一のご縁があって、綿苗家と佐方家でこのように集まる場が設けられたこと、誠に嬉しく感じております。本日は短い時間ではございますが、両家の親睦を深める有意義な時間にできればと思います――それでは、まずは自己紹介を。申し遅れました、遊一の父――佐方兼浩です」
普段のおちゃらけた親父とは思えない、堂々とした仕切り。
そっか。家ではあんな親父だけど。
重要な仕事も任されてるらしいし、こういう肝心な場面では堂々としてるし……なんだかんだ外では、しっかりしてるのかもな。
「それじゃあ、我が家から順番に自己紹介をさせていただければと思います――遊一」
「……はい」
こういうかしこまった雰囲気って慣れないけど。
この先の決戦に備えて、ここで躓くわけにはいかないからな。
「佐方遊一です。このたびは遠いところまで足を運んでいただき、ありがとうございます。本日はどうぞ――よろしくお願いいたします」
ふぅ……なんとか噛まずに挨拶できた。
そして次は、俺の隣に座っている我が妹。
「は、初めまして! さ、佐方な、那由……中二で、遊一の妹で。えっと、えっと……よろしくお願いします……」
挨拶が終わったと同時に、ずーんっと落ち込む那由。
こんなになってる那由を見るのって、珍しいな。
それだけ俺の縁談に水を差したくないって、思ってくれてるのかもしれない。ありがとうな、可愛い俺の妹。
「わ、綿苗結花です! 本日はこのような、素晴らしい会を開いていただき、ありがとうございますっ!! とっても、とっても――楽しみです!!」
続いて挨拶をしたのは、いつもどおりの無邪気さ全開の結花。
こんな場面でも結花が発言すると、なんだかパッと明るくなるんだよな。
「――結花の父、綿苗陸史郎です。本日はこのような席を設けていただき、大変ありがたく思っております。歓談の折にでも、ゆっくりと親睦を深められますと幸いです」
お義父さんの挨拶は、うちの親父とも違う――とても厳かな雰囲気のものだった。
低くて重々しいその声は、聞いているだけで、思わず気圧されてしまうほど。
続いて立ち上がったのは、お義母さんだった。
「ゆ、結花の母――綿苗美空です! こうしたかしこまった場は、あまり得意ではないので……お互いリラックスして、交流を深められればと思います。どうぞ、どうぞ結花を……よろしくお願いいたします!!」
……なんか、お義母さんの挨拶のときだけ、結花と勇海がやたら構えてた気がする。
厳格なお義父さんと、ちょっと天然なお義母さん――綿苗家はこういうバランスで、これまでうまくやってきたんだろうなって思う。
そして最後は――勇海。
「どうも。結花の妹、綿苗勇海です。結花は甘えん坊で、抜けているところもあって、まるで手の掛かる妹のような存在ですが。そんな結花が幸せになることを願っていますので――これからもよろしくお願いいたしますね、皆さん?」
そんな気取った挨拶をしてから、席についた勇海だけど。
着席と同時に、結花に思いっきり足を踏まれたのを……俺は見逃さなかった。




