第16話 眼鏡とポニーテール以上に、巫女服に合う組み合わせってある? 2/2
四人で色んなことを打ち明けあった後、俺たちは近所の神社に来た。
元日に二人で初詣は済ませてたんだけど、結花が「桃ちゃんたちとも初詣行きたい!」って譲らなかったからね。二回目のお参りは、もう初詣じゃない気がするけど。
「おー! 結ちゃん、めっちゃ似合ってる!! もうこんなん、本物の巫女っしょ!」
「そ、そうかな……」
今日から新学期ってタイミングなのもあって、閑散としている近所の神社。
そんな神社の境内で、結花は恥ずかしそうに上目遣いに俺を見ている。
眼鏡越しだからつり目っぽくなってはいるけど、甘えた表情だからか、いつもほどお堅い印象はしない。
「ど、どうかな遊くん……私の、巫女姿」
眼鏡&ポニーテールという学校仕様に加えて。
神社の巫女さんに、巫女服を着付けてもらった――シン・学校結花。
「おい、遊一。気の利いたセリフでも言えよ。ゲームだったらお前、無言を選択した時点でフラグ折れるからな?」
「茶化すな、馬鹿」
隣から軽口を叩いてくるマサをいなしつつ、俺は「似合ってるよ」と小声で答えた。
それを聞いた結花は、眼鏡の下で目を細めて「ふへへへっ。遊くんに褒められちゃった♪」と、嬉しそうに身を揺らす。
「ってか、巫女のおねーさん。うちはなんで、巫女服着せてもらえないんすか?」
「ごめんなさいね。うちの神社でやってる巫女体験、茶髪はNGなんです。体験とは言っても、神様の手前ですので……」
「マジかぁ。勇海くんにウィッグとか借りれば、ワンチャンあったかなぁ……」
残念そうにぼやいてる二原さん。
髪の毛の問題だけじゃなく、そのギャルギャルしい振る舞いじゃ、巫女との親和性ゼロでしょ……普通に。
ここの神社では普段から、巫女体験を開催しているらしい。
本物の巫女と同じように、白衣と緋袴に着替えて、本物の巫女さんに指導されながら巫女の所作を体験するというもの。
そんな巫女体験という催しを見つけた結花と二原さんは、二人で盛り上がって。
参拝客が少ないこともあって、本物の巫女さんがすぐに着付けをしてくれて……巫女巫女な結花が出来上がったってわけだ。
派手な髪型はお断りってことで、二原さんは見てるだけになっちゃったけど。
「では、こちらを」
本物の巫女さんから玉串を差し出され、結花は仰々しくそれを受け取った。
いつもの結花だったら、テンパりが顔に出ちゃいそうだけど……今は学校仕様と同じ、眼鏡&ポニーテール。
眼鏡という『拘束具』を身に纏うことで、結花は表情を抑えて、淡々とした対応をすることができるんだ。
……あの眼鏡、不思議な力でも宿ってんのかな? 今さらだけど。
「結ちゃん、めっちゃ綺麗……やば、なんかうち、ドキドキしてきたんだけど」
「眼鏡をしてると、普段の綿苗さんって感じだな。これが声優になると和泉ゆうなちゃんに、家だとあのニコニコした綿苗さんに変わんのか……すげぇな」
二原さんとマサが、それぞれ思ったことを口にしてる。
一方の結花は、まず神社でしかお目に掛からない、振り鈴を手渡されていた。
そして、俺たち三人が正座で待機しているところに近づいてくると――。
無表情のまま、ギロッとこちらを見下ろしてきた。
「えっと……ガンをつける巫女さんとか、初めて見たんだけど?」
「神様の御前です。静粛にして、佐方くん」
巫女さんが神様の御前で睨みきかせる方が、どうかと思うよ。
まぁ多分、緊張しちゃって表情が硬くなってるだけなんだろうけどね。結花の場合。
――――シャンシャンシャン。
俺たちの頭上で、結花が鈴を振る。
「らんむ様と結婚できますように、らんむ様と結婚できますように、らんむ様と――」
「……流れ星じゃないからな? バチが当たるぞ、お前」
阿呆なことを口にしているマサをたしなめて。
ふいに――反対隣に座っている二原さんの方に、視線を向ける。
二原さんは正座をして、膝に手を乗せたまま、静かに瞑目していた。
――普段の明るく陽気な二原さんからは考えられないような、真剣なお祈り。
「……どうだったかしら、みんな」
持っていた鈴をゆっくりおろして、結花が小首を傾げる。
「うん。本物の巫女さんみたいだったよ、結花」
「……ふへへ……ごほん! ありがとう、佐方くん」
神様の御前で一瞬、だらけた顔をした巫女さんがいた気がする。
そんなやり取りをしてると、二原さんがおもむろに目を開けて、結花に笑い掛けた。
「結ちゃん、最っ高に素敵だったよ! めっちゃご利益あるっしょ、絶対ね!!」
◆
「ふふーん♪ お掃除、お掃除ー♪」
「あの……掃き掃除中の鼻唄は、控えていただけますと」
「あ……ご、ごめんなさいっ!」
緊張の糸が解けたのか、神様の御前で無邪気に鼻唄を歌ってるのを注意された結花。
眼鏡姿のまま「あちゃー」って顔で反省してる結花は、なんだか新鮮で。
それだけこのメンバーに対して、結花が気を許してるんだなって感じる。
――中学時代の苦い経験から、人とのコミュニケーションに苦手意識を持ち続けていた結花。
だけど、文化祭、修学旅行、二学期末の打ち上げ――色んな場面で頑張ったことで。
少しずつ素が出せるようになってきたんだなって、そう思う。
そんな風にどんどん前に進んでいく結花を見て……俺はふっと、結花のお父さんに言われた言葉を思い返す。
――――遊一くん。結花が君からもらっているものは、なんだね?
……そうだよ。
その問いに答えられるよう、俺自身も過去を乗り越えていくって、そう誓ったんだ。
『夫』として、結花と一緒に――前に進んでいくために。
「なぁにぃ、佐方? テンション低いけど、ひょっとしておっぱいタイム? うちの胸に顔でも埋めちゃう?」
当たり前みたいに、とんでもない軽口を叩いてくる二原さん。
だけど俺は、いつもみたいに軽口で返答はしない。
――俺にとって、一番乗り越えなきゃいけない過去は、中三のあの日のことだ。
そこから目を背けたままじゃ、俺はきっといつまで経っても、結花のお父さんの質問に答えられない。
だからこそ思いきって、俺は二原さんに向かって言った。
「ねぇ、二原さん。二原さんから見てさ、来夢はあのとき……なんで俺をフッたなんて噂、広めたんだと思う?」
――――俺の言葉を聞いた二原さんが、驚いたように目を見開いた。
そして、さっきまでヘラヘラ笑ってたのが嘘みたいに。
二原さんは……今にも泣き出しそうな表情になる。
「……え? 二原さん?」
「そだよね。佐方からしたら……そう思うし、ずっと苦しんできたに決まってるよね」
「おい。なんでお前ら、そんな深刻な空気になってんの?」
そんな微妙な雰囲気になってる俺たちのところに、マサが怪訝な顔で近づいてきた。
その後ろには、掃除を終えたらしい巫女姿の結花もいる。
「桃ちゃん、大丈夫? なんだか……辛そうな顔、してない?」
「……ありがと、結ちゃん。うちが勝手にこうなっただけだから。佐方はなんもしてないんだ……本当に、なんもしてないから」
え、何その言い方? 説明するんなら、ちゃんと説明して二原さん!?
見てよ。そんな微妙な濁し方したもんだから、二人の様子が……。
「……遊一。お前、やってんな?」
「何をだよ!? なんもしてねぇよ!」
「……ひょっとして、おっぱいに関係する? するんでしょー、遊くんってばー!!」
「関係ない、言い掛かりだから!! だからお願い結花、悔しそうな顔をしながら胸を押し付けてくんのやめて! 神様が見てるよ!?」
突如発生した冤罪によって、マサと結花から、わちゃわちゃと言われる俺。
――そんな俺たちのことを、じっと見守りながら。
二原さんは、悲しそうに眉尻を下げたまま、微笑んだ。
「……佐方さぁ。さっきの話だけど……『なんで』ってのは、答えを聞きたいってことでいいんだよね?」
らしくない二原さんの様子に戸惑いながらも、俺はゆっくりと首を縦に振る。
「ああ。いつまでも黒歴史から逃げてるわけにはいかないなって、思うから」
「そっか……おっけー、分かった」
そして、二原さんもまた頷いて――上擦った声で言った。
「ま、うちもそろそろ……『秘密』にしてんの、きつくなっちゃってたしね」




