第11話 【三学期】俺の許嫁と悪友が、すれ違いコントをはじめた件について 1/2
「わったなえさーん! 明けましておめでとー!!」
「……おめでとう、二原さん」
三学期の始業式。
登校して一発目の会話から、二原さんと結花のテンションの差がひどい。
新年明けてすぐの電話のときは、無邪気に盛り上がってたのに……学校になると、途端にこうなっちゃうんだもんな。結花は。
眼鏡を掛けて、長い黒髪をポニーテールに結って。淡々とした態度で、人と接する。
それが綿苗結花――学校仕様。
そんな二人の様子を、俺は自分の席に座ったまま、ぼんやりと見守っていた。
「久しぶりだねー。どう、元気にしてた?」
「まぁまぁ」
「あれ? 綿苗さん、クラスで打ち上げしたときは、もうちょい打ち解けてなかったっけ? どしたのさ?」
「新年ですから」
「え、年を越したらリセットされちゃう系? マジかー。んじゃ、これからめっちゃ話し掛けて、距離感を取り戻しちゃうかんね!」
「どうぞ」
新年早々、コミュニケーション下手を発揮しまくってる結花に対して、めげることなくアタックし続ける二原さん。
さすがだな……俺なら絶対、心が折れてる自信がある。
茶色く染めた長い髪。ゆるっと着崩したブレザー。そして、誰にでも気さくに話し掛ける性格。
まさに『陽キャなギャル』という表現がぴったりなのに、実は『特撮ガチ勢』という顔も持っている。
それが二原桃乃――結花の一番の友達だ。
「お、桃ー。あけおめー」
「やほー。あけおめ桃乃ー」
そうこうしているうちに、二原さんを見つけたクラスの女子たちが、わいわいしながら集まってきた。
あ、結花がパッと下を向いた。
クラスメートとどんな風に接してたか、久しぶりすぎて分かんなくなってるんだろうな……気持ちは理解できる。
だけど、集まった女子たちは特に気にすることなく、結花に話し掛けはじめた。
「綿苗さんも、あけおめ!」
「はい、明けました」
「明けましたって……どっちかというと、おめでとうの方がメインじゃない?」
「……おめでたい」
「あははっ! やっぱあたし、綿苗さんのキャラ、ツボだわー。なんか癒される感じがするんだよねぇ。分かる、桃?」
「分かる分かるー! うちも綿苗さんのこと、めっちゃ好き! 可愛すぎ!! 今年もみんなで盛り上がろーね、綿苗さんっ!」
「…………はて?」
なんでそこで小首を傾げんの。
テンパりすぎて、結花ってば、もはや頭が回ってないな。
――だけど。
そんな風に、わいわいと喋るクラスメートに囲まれた結花は。
ちょっとだけ照れくさそうに、微笑んでいたから。
なんだかこっちまで――温かな気持ちになる。
「よぉ、遊一……明けましておめでアリス」
そんな俺の肩をポンッと叩いて、新年早々『アリステ』絡みをしてきたのは――マサこと、倉井雅春。
ツンツンヘアと黒縁眼鏡が特徴の、俺の悪友だ。
「そのセリフ、新年『アリステ』五連続ログインボーナスのだろ?」
「ああ……自分の推しキャラのボイスを選択できるっていう、神仕様のな!」
「控えめに言って、最高だったよな――ゆうなちゃんにそれ言われたときは、耳が初夢聞いてんのかと思った」
「だよな! 俺もらんむ様に新年を祝われて――もう今年なんか終わってもいいって、真面目に思ったぜ!!」
「いや。さすがにそれは言い過ぎだろ……」
中学時代からノリの変わらない、マサとの会話。
馬鹿みたいなことしか話してないけど、そんな関係の友達と一緒にいるのは、なんだかんだ居心地がいいんだよな。
そういう意味では、マサには本当に感謝して――。
「――って、そうじゃねぇ! 俺はお前に、本気で怒ってんだぞ遊一!?」
「…………は?」
なんだよ、急に睨んできて。
そもそも『アリステ』ネタを振ってきたのは、そっちじゃね?
新年早々、マサのテンションがジェットコースターすぎるんだけど。
「この間、電話でも言っただろ……水くさいことしてねーで、ちゃんと説明しろってよ」
「ああ……そっか。その話か」
マサにそう言われて、俺はすっと頭の中が冷静になっていくのを感じた。
クリスマス当日、たまたまマサと鉢合わせたときに、家結花と一緒にいるところを見られてしまった俺。
そのときは、急いで那由を捜さないとだったから、説明を流しちゃったけど。
「マサ。その件について、隠すつもりはない。ちゃんと話すよ」
俺はこれまで、結花との関係を知られて――中学のときみたいに、クラス中のからかいの的になることを恐れてた。
行き掛かり上、二原さんにはバラすことになったけど……それ以外は。
一番近しい存在のマサにすら、俺は何も語らずに過ごしてきた。
だけど――結花のお父さんと話して、思い知ったんだ。
結花がこれまで、頑張ってきたみたいに。
俺自身も、過去を乗り越えていかないと……前には進めないんだって。
「そっか……ありがとな、遊一」
「いや、こっちこそすぐに説明しなくて、ごめんな。話すと長くなると思うから――放課後じゃ駄目か?」
「ああ。ちゃんと説明してくれるってんなら、それで構わないぜ。ただ……先にこれだけは言わせてくれ。じゃないと、俺の気持ちが収まらねぇ」
「……なんだよ?」
マサがいつになく真剣な顔をしてるもんだから、何事かと構えてしまう俺。
だけど、ここで逃げるわけにはいかないから。
俺はごくりと生唾を呑み込んで、マサの言葉を待つ。
そしてマサは、大仰な身振りをつけながら――言った。
「見損なったぞ、お前……心に決めた相手がいながら、浮気するなんてよぉ!!」
「――――浮気? なんの話かしら、佐方くん?」
そんな、考えうる限り最悪のタイミングで。
いつの間にか二原さんと一緒にこっちに近づいてきてた結花が、マサの言葉に反応してしまった。
「浮気……? 交際の約束をしていながら、別の女性にうつつを抜かすという――あの浮気という代物を、佐方くんが?」
待って待って、結花!?
マサの奴が、やたらとはしょって発言したから、とんでもない爆弾を投下したみたいになってるけど……こいつが言いたかったのは絶対、こういうことなんだって。
・(ゆうなちゃんという)心に決めた相手がいながら
・(三次元女子に)浮気するなんて
だけど――非常に残念なことに。
いったん勘違いスイッチの入った結花は、もう止まらない。
「へぇ……聞かせてもらえますか? 新年早々、汚らわしいことをしたという――佐方くんの、お話を」




