第2話 【ツン】いつも毒舌な妹の様子が、なんかおかしいんだけど【デレ】 2/2
そんな、夜中のガールズトークを聞いてしまった翌日の朝。
俺はおそるおそる、リビングのドアを開けて、冷蔵庫のお茶を取りに行こうとする。
「おはよう。佐方くん」
そこに待ち構えていたのは、綿苗結花。
ポニーテールに結った長い黒髪。制服のブレザー。
そして眼鏡を掛けて、つり目っぽくなった眼差し。
そう――完全なる学校仕様の綿苗結花が、目の前にいる。
「……えっと。なんで学校モードになってんの結花? 休日の家だってのに」
「これから特別授業だからよ。佐方くん、早く席に着いて。他の生徒は、とっくに着席しているわよ」
「他の生徒って……ぶっ!?」
頭に疑問符が浮かぶ中、ダイニングテーブルの方に視線を向けたところで、俺は思いっきり噴き出してしまった。
なぜか配置を換えて、ダイニングテーブルに対して、三つの席が横並びになっていて。
そこに、なんか知らないけど、二人の学生が着席している。
…………マジで何これ?
「やあ、おはよう遊一くん。ふふ……そんな寝ぼけた顔をしていたら、可愛い女子たちに呆れられてしまうよ?」
そのうちの一人が、俺の方を振り返って、爽やかに笑い掛けてきた。
いやいや。呆れるのはこっちの方だと思うんだけど?
長い黒髪を、首の後ろで一本に結って。青いコンタクトレンズを入れて。
どこで調達したのか分からない、詰め襟の学ランで男装しているのは――義理の妹・綿苗勇海だった。
「分かったでしょう、佐方くん? 今この場所は、家ではなく――学校だということが」
「何も分かんないよ……今日はどういうシチュエーションコントなの?」
「あははっ、コントだなんてとんでもない。これは、そう――愛の特別授業ですよ」
常軌を逸した展開を、当たり前みたいに語る綿苗姉妹。
やっぱり君たち、似たもの姉妹だよね。本当に。
「さぁ、佐方くんの席はそこよ。授業をはじめたいから――早く座って」
「結花は先生役なの? 制服姿なのに?」
ツッコミどころしかないけど、もうこうなったら乗るしかない。
……というわけで。
教卓に見立てているらしいダイニングテーブルのところに、結花が立ち。
俺は三つ並んだ席の真ん中に、おそるおそる座った。
右側には学ランを着て、爽やかな笑みを浮かべている勇海。
そして、左側には――。
「……お前まで何やってんだよ、那由」
「……じゅ、授業中だよ。静かにしないと……」
昨日までのフルパワーツンな言動はどこへやら。
しおらしくそう答えたのは――我が妹・那由だった。
水色を基調としたセーラー服。膝上丈のミニスカート。白のニーハイソックス。
しかも、クリスマスのときに使っていた黒髪ロングのウィッグをかぶって、前髪と両サイドがパッツンという姫カット仕様になっている。
あまりにも普段と違う格好の那由に……俺は動揺を隠しきれない。
「それでは、授業をはじめるわよ。佐方くん、勇海くん、那由さん」
そんな俺を置いてけぼりにして、学校モードの結花は無表情のまま、淡々とした口調で話しはじめる。
「今日の授業は『愛』がテーマよ。それでは、まずは勇海くん。勇海くんの愛を語ってちょうだい」
「はい、結花先生。僕は結花先生を――愛しています。僕より年上だけど、抜けているところがたくさんあって、僕が面倒を看なきゃって思わせる……年齢にそぐわない、幼い可愛さ。僕はそんなあなたを、ふふっ――愛しているんですよ?」
「勇海くん、廊下に立ってなさい」
無慈悲だった。
マジで勇海を廊下に追い出してから――結花は再び、ダイニングテーブルならぬ教卓のところに戻る。
「それでは気を取り直して……那由さん」
「は、はい……」
結花に指名された那由は、ガタッと立ち上がった。ふわっと揺れる長い黒髪。
「じゃあ、那由さん。用意してきた手紙を見ながらでいいから――あなたの抱いている愛を、語って」
「那由ちゃーん! 頑張れー!!」
廊下からなんか、ガヤの声が聞こえてきた。
なんとも言えない空気の中で、那由はごそごそとポケットから手紙を取り出す。
そして、すぅっと息を吸い込むと。
那由は手紙を――読みはじめた。
「かっこよくて、優しくて。とても素敵な、世界でただ一人の兄さん。これは――兄さんのことが大好きな、あたしからの手紙です」
「待って待って!? 那由、自分がどんだけ恥ずかしい文章読んでるか分かってる!?」
聞いてるこっちが顔から火が出そうな、砂糖まみれの甘々な文面。
だけど那由は、ぷるぷる肩を震わせながら、手紙を読み続ける。
「ちっちゃい頃から、兄さんはいつだってあたしのことを、支えてくれたよね? あたしが泣いてたら、いっぱい話を聞いてくれて。笑顔になるまで、励ましてくれて。優しすぎる兄さんのせいで……あたしの男子へのハードルは、すっごく高くなったんだよ?」
「ひぃぃぃぃ!? むず痒い、むず痒い! 結花、なんの嫌がらせなのこれ!?」
「……先生はね。那由さんがあなたに甘えられるチャンスを、作りたかったの」
これ、甘えるとかそういう次元の話なの?
糖分がえげつなすぎて、失神しそうなんだけど。
「昨日まで、恥ずかしくって、ツンツンしちゃってごめんね? いつもの格好だと、照れくさくって言えないから……昔みたいな格好になって、ちゃんと気持ちを伝えるね? 兄さん……しゅ、しゅき」
「噛むな、噛むな!? そこは絶対、噛んじゃ駄目なとこだから那由!!」
「いいのよ那由さん。好きより、しゅきの方が、気持ちは伝わるはず」
「そ、そうなんだ……しゅ、しゅき。兄さん、だいしゅき……」
どんな助言だよ。真面目な顔して何を言ってんだ、この許嫁は。
だけど、このままじゃまずい……俺たち兄妹の脳が、ガチでぶっ壊れてしまう。
そう判断した俺は――那由のウィッグを、バッと引き剥がした。
「あ……あぅ……」
いつものショートヘアに戻った那由は、わなわなと口元を震わせはじめる。
そして、高熱でもあるんじゃないかってほど、頬が真っ赤に染まってきて。
目尻に涙を滲ませて――。
「ウ、ウィッグを取るなし! 兄さんの変態、ばかああああああ!!」
――めっちゃくちゃに、那由から罵倒された後。
普段どおりの格好に戻った三人と俺は、リビングのソファのところに集まっていた。
「結花。何か俺に、言うことはない?」
「えへへっ。那由ちゃんが遊くんに甘えることができて、やった甲斐がありましたっ!」
無邪気に笑う結花の頬を摘まんで、引っ張ってやる。
うにょーんとなった顔で、ようやく結花は「ひょへんなはーい」と謝ってきた。
妹から糖分過多なセリフを言われた、こっちの身にもなってよ……本当に。
思わずため息を漏らす俺を見て、勇海が「あははっ」と愉快そうに笑った。
「でもさ、那由ちゃん。海外に帰る前に、ちゃんと気持ちを伝えられてよかったじゃない? 遊にいさんを堪らないくらい愛している気持ちは、十分届いたと思――」
「うっせ、マジでっ!!」
言い終わるよりも先に、那由は勢いよく勇海の足を踏んだ。
悲鳴を上げながらしゃがみ込んだ勇海を尻目に、那由はソファから立ち上がると。
今にも噛みつきそうな顔で――俺のことを、真正面から睨みつけてきた。
「か、勘違いしないでよ兄さん! あたしは! べ、別に!! 兄さんのこととか、これっぽっちも、好きじゃねーし!!」
「……さっき、兄さんしゅきって言わなかった?」
「うっせ!! けっ! けっ!!」
正論で返したら、めちゃくちゃ本気で俺の足を踏んできやがった。
本当に、こいつときたら。理不尽で、横暴で、素直じゃなくって。
……可愛い妹だよ。まったく。