第34話 どんなに寒い夜だって、みんなでいれば温かいって知ったから 2/2
「ゆ、結花ちゃん……」
動揺した那由は、表情を硬くして後ずさった。
そんな那由の方へと、結花はゆっくり歩いてくる。
「結花……なんでここに?」
「勇海から連絡があったの。那由ちゃんが持っていったバッグに、コスプレ衣装が入ってるから、着替えてるかも……って。それを遊くんにも伝えようと思って」
バッグにコスプレ衣装?
なんのことかと思ってブランコのそばに視線を向けると、そこには那由が持って出た小さな黒いバッグが転がっていた。
開きっぱなしのバッグには、さっきまで那由が着ていたパジャマが入ってる。
――僕からのプレゼント、コスプレ衣装なんかどうだい?
――いつもボーイッシュなイメージだけど、案外ガーリーな服装も似合うと思うな?
「……そういや勇海の奴、リモートで誕生日会したとき、そんなこと言ってたな」
で、今日うちに来るついでに、その黒いバッグに那由用の衣装を詰め込んで、プレゼントしたってわけか。
「変装用にコスプレ衣装を持って出るとか、悪知恵は相変わらずだよな……お前って」
「……それでもすぐに見つけたでしょ、兄さんは」
「昔のお前と瓜二つだったからな……っていうか、勇海はなんで、昔のお前の格好なんか知ってたんだよ?」
「知らないと思う……多分、偶然だし」
マジかよ。さすがは人気コスプレイヤー。
着る相手に一番似合う衣装を、完璧にコーディネートできてんな……。
「――引き返してきてよかったよ。おかげで、那由ちゃんが遊くんに……気持ちを伝えてるところ、聞けたもの」
「……結花ちゃん。えっと、あたしは……」
おどおどしている那由の前まで、結花は近づいた。
そして、大きく両手を広げると――。
――――ふわっと、胸の中に抱き寄せた。
「え、結花ちゃん……お、怒るんじゃなかったの?」
「怒ってまーす。だーかーら……いっぱいギューの刑だよ、那由ちゃん」
冗談めかすように言って、結花はにこっと笑った。
それから、小さい子どもをあやすみたいに、那由の背中を優しく撫でる。
「……那由ちゃんの、ばーか。心配するじゃんよ、もぉ。こんなに冷えちゃって……熱が上がったらどうすんの……ばか」
結花の声が、段々とかすれていく。
その肩はふるふると、小さく震えている。
だけど結花は、それでも……那由のことを、強く強く抱き締め続けた。
――そんな結花の温もりに、溶かされたように。
那由は泣きじゃくりながら、声を上げた。
「ゆうっ……結花ちゃん……っ! ごめ……ごめんっ、ごめんなさいぃぃ……」
「んーん。私の方こそ、ごめんね。寂しい思い、いっぱいさせちゃったよね。ごめんね、……ごめん、那由ちゃん」
「ち、違う……っ! これは、あたしの、わが……わがままでっ!! 結花ちゃんもっ……兄さんも……悪くなくてぇ……!!」
「――わがままじゃないよ。それだけは、違うから」
天まで届きそうなほど、透き通った声で……結花は言った。
「那由ちゃんが遊くんと過ごしたいって思うのは、ぜーんっぜん悪いことじゃないもん。だって大切なお兄ちゃんでしょ……那由ちゃんにとっての、遊くんは」
「だけど、せっかく二人で過ごせるクリスマスのはずだったのに……」
「もぉ! 甘く見ないでよね、那由ちゃんってば!!」
唇を尖らせて、不満げにそう言うと。
結花は人差し指を立てて、なんかドヤ顔になって。
「よーく考えてくださーい。私は遊くんが大好きです。私と遊くんは、これからずっとずーっと、毎年素敵なクリスマスを過ごします! だから……一回くらい、ハプニングが起きたって平気なんだよ。だって来年も再来年も、もっと楽しいクリスマスが待ってるんだもん。絶対にねっ!」
なんという、子どもみたいな理屈。
だけど、そういうことを平然と言っちゃうのが――俺の許嫁、綿苗結花なんだよな。
「ってことで、那由ちゃんが気にする必要なんか、ぜーんっぜんありません! なので、一緒に帰って――四人で楽しい、クリスマスパーティーしよ?」
「で、でも……あたしは……」
まだ躊躇している那由の背中を、ゆっくりさすりながら。
結花は、笑った。
その頬は、さっきまで泣いた分だけ、濡れているけれど。
それでも、いつもみたいに――咲き誇る花のような笑顔で、言ったんだ。
「家族じゃんよ、私たち。家族の前ではね――泣きたいときは泣いていいし、甘えたいときは甘えていいんだよ。だからね? 体調が悪かったらちゃんと言ってほしいし、寂しいときは今度から……かまえーって、言ってねっ!」
結花の言葉で、決壊したように……那由は号泣しはじめた。
――ったく、とんだクリスマスになっちゃったな。
なんて心の中で呟きながら、俺は雲ひとつない夜空を仰ぐ。
十二月末の夜は、冷え込んでるはずだってのに。
なんだか今日は、信じられないくらい――目頭が熱くて仕方ない。
ふっと……泣きじゃくる那由を抱き寄せてる結花に、視線を向けた。
慈愛に満ちた笑みを浮かべて、優しく那由を撫でるその姿と、重なって――。
――――遠い昔の、母さんの姿を思い出したんだ。