第32話 【炎上】聖夜に帰宅したら、とんでもないことになった 2/2
結花にもらった、手編みの手袋を身につけて。
俺は結花と二人並んで、いつもの通学路を走って、交差点のところまで出た。
道が枝分かれしてるけど、那由の奴……どっちに行った?
「……ん? おお、遊一じゃねーか。こんな時間に、何してんだ?」
そうして逡巡していると、聞き覚えのある声とともに、ラフな格好の男子がこっちに向かって手を振ってきた。
――マサじゃねぇか。なんでこんなとこに?
「見ろよ、この大量のマンガ! ずっと買いたいって思ってたシリーズなんだけどよ、思いきってまとめ買いしたぜ!! どうせクリスマスもぼっちだからな……全巻一気読みしてやろうって――ん?」
呑気な調子で喋ってたマサは、ふいに……俺の隣に女子がいることに気が付いた。
眼鏡もしてないし髪型も違うから、さすがに綿苗結花だとは思ってないみたいだけど。
「え……だ、誰? クリスマスに、遊一が女子と一緒……? ま、まさかお前、三次元の彼女が――」
「――倉井くん! 今はそんなの、どうでもいいから!!」
動揺してるマサに向かって……俺より先に結花が、声を上げた。
「それより那由ちゃん! 倉井くん、那由ちゃんのこと見なかった!?」
「那由ちゃん……あ、さっきのって那由ちゃんか! パジャマのまま、すごい勢いであっちに走って――」
「あっちだね! ありがとう倉井くん!!」
「あ、はい……っていうかなんで、俺の名前を知ってるの?」
「…………はて?」
だから、そんなんじゃ誤魔化せないんだってば。
まぁいいや……取りあえず今は、那由を見つける方が先だ。
「マサ、ありがとな! 今度また説明するから!!」
「え、お、おい遊一!? なんだよ気になるじゃねぇか! 説明してから行けよぉぉ!!」
心の中で「ごめんな」ってマサに謝りつつ。
俺と結花は同時に――マサに教えてもらった方向に走り出した。
「……やっちゃったなぁ。焦ってたから、普通に話し掛けちゃった」
隣に並んで走ってる結花が、反省したようにぼやく。
そんな結花をちらっと見て、俺は笑った。
「学校で練習した成果が出たんじゃない? 友達とスムーズに話せるようになろうって、頑張ってたし」
「えー……スムーズだったかなぁ? 知らない女の人が、急に質問してくるとか、普通にホラーじゃない?」
不満げにそう言いつつも……結花もまた、ぷっと噴き出した。
それからふっと、結花は目を細める。
「……那由ちゃんはさ。きっと、私たちの邪魔をしたくなかったんだよね。遊くんのことも、私のことも、大切に思ってくれてるから……優しいよね、那由ちゃんって」
「……どうだかな。どっちにしても、帰ったらお説教だけど」
「泣いてる那由ちゃんを、笑顔にできるのは――遊くんだけだと思うんだ」
息を切らしながら、それでも結花は、俺に話し掛け続ける。
「小学校で辛かったときも、家のことで辛かったときも――那由ちゃんのそばには、いつだってお兄ちゃんがいた。それがきっと、那由ちゃんの心をずっと支えてきたと思うから……遊くん、那由ちゃんをお願いします」
「――今日は俺が頑張る番、ってことだな」
結花の言葉に、胸の奥から熱いものが込み上げてくるのを感じた。
小学校の頃――部屋の中で布団をかぶって、泣いていた那由。
あのときのように、俺は……あいつの涙を、止めてあげることができるんだろうか?
……いや、違うな。
できるか、じゃない。全力でやってみせるよ。
いつだって結花が、全力で頑張ってるみたいに――俺だって。
手のひらが温かい。
結花が作ってくれた、手編みの手袋が、包んでくれてるから。
「遊くんが頑張るのを、私は全力で……支えるからね。遊くんの代わりにはなれないけど、最後まで絶対に――遊くんのそばから、離れないからね」
そして結花は、手袋の上から俺の手を握って。
にっこりと――咲き誇る花みたいに、笑って言ったんだ。
「……だって。『夫』が頑張ってるときに、一緒に頑張れないようじゃ――『妻』だなんて、とても言えないじゃんよ?」
◆
「……ここで分かれ道か」
マサに教えてもらった道を走ってきたけど、今のところ那由の姿は見当たらない。
そこにきて、この分かれ道……どっちに行ったんだ、あいつ。
「分かれて捜そう、遊くん!」
「ああ。俺はこっちに行くから、そっちを頼んだよ結花。もし那由を見つけたときは、連絡して」
「うん! よーっし、那由ちゃーん……絶対見つけちゃうから、待っててね!!」
そして俺と結花は、二手に分かれて那由を捜しはじめた。
俺の選んだ道はマンションが建ち並んでいて、この時間帯はびっくりするほど人通りがない。
大きめのマンション。ちょっと古びた小さめのマンション。
平凡な街並みが、俺の横を通り過ぎていく。
そんなとき……ふいに。
マンションとマンションの間にぽつんとある、小さな公園が視界に飛び込んできた。
昼間はきっと、ここで子どもたちが遊んでるんだろうな。
「…………ん?」
すると――ブランコの揺れるような音が、聞こえた気がした。
気のせいかな、と思いつつも。
俺はなんとなく、公園の前で足を止めた。
そしてそのまま、園内へと歩を進める。
すべり台と砂場とブランコくらいしか遊具がない、本当に小さな公園。
そんなこぢんまりした公園の、年季の入ったブランコに。
一人の少女が、俯いたまま――腰掛けている。
その少女は、腰元まである長い黒髪をしていた。
下を向いてるから分かりづらいけど、前髪とその両サイドがぱっつんに切り揃えられた……いわゆる姫カット。
服装は、おとぎ話に出てきそうなふわっと膨らんだスカートと、襟元にフリルのついたブラウス。
髪型も服装も、可愛いに全振りしたような格好で……とてもじゃないけど、夜の公園には似つかわしくない。
冬の夜の暗さも相まって。
ひょっとして、本物の幽霊なんじゃないかって――思ってしまうほどだ。
「…………」
そんな不思議な空間で、俺はゆっくりとブランコの方に近づいていく。
そして、その『幽霊少女』に――声を掛けた。
「ねぇ、君……こんな寒いところにいたら、風邪引くよ?」




