第30話 【朗報】俺と許嫁、初めてのクリスマスデートを満喫する 2/2
遊園地といえば、ジェットコースターにコーヒーカップ、お化け屋敷やらメリーゴーラウンドやら、色々あるけど。
結花が最初に選んだのは――観覧車だった。
……マンガやアニメの知識しかないけど、なんとなく観覧車って、デートの終盤に乗るイメージなんだけどな。
まぁ、企画者本人がスマイル全開で鼻唄を歌って楽しそうにしてるから、かまわないけどさ。
「遊くん! ふへへ……今日のメインイベント、観覧車だよっ!」
「えっ、メインイベントなの!? 早くない!?」
「ちなみにジェットコースターもコーヒーカップも、全部ぜーんぶメインですっ!」
メインだらけのフルコースだな……。
そんな他愛ない会話を交わしつつ、俺と結花は向かい合う形で、観覧車に乗り込んだ。
ゴトゴトと小さく揺れながら、ゆっくり上がっていく観覧車。
「あーあ。今日はすっごく天気がいいよねー……やっぱり雪、降らなそうだなぁ」
「そんなに雪が降ってほしかったの、結花は?」
「……だって、どうせならホワイトクリスマスの方が、ロマンチックじゃんよ」
なぜかジト目で睨んでくる結花。
そんな夢見る乙女な結花を見てたら、俺は思わず噴き出してしまった。
「あー、ひどーい! 笑わないでよー、ばかにしてー!!」
「馬鹿にはしてないって。ただ……そうだね。どうせならその方が、もっと楽しかったかもなって思っただけだよ」
「ほんとかなぁ? ……むー」
そう言いつつ、疑うような目で俺をじっと見つめたかと思うと――結花も同じく、噴き出した。
そんな結花を見てたら、俺もますます笑えてきて。
少しずつ上がっていく観覧車の中で、俺たちはひとしきり笑いあった。
「あははっ。やっぱり遊くんといると、いつも楽しいね!」
「それはこっちのセリフだよ。結花が天然だから、いつも笑わされちゃうんだもの」
「……ホワイトクリスマスだったら、もっと素敵だったなぁとは思うけど……でもね?」
急に声のボリュームを落としたかと思うと。
結花は俯きがちに俺を見ながら――にへっと笑って、言った。
「生まれて初めて、大好きな人とクリスマスを一緒に過ごせたから。それだけでもう、嬉しくて仕方ないんだ。一緒にいてくれて、ありがとう……遊くん」
「う、うん……こちらこそ、ありがとう……」
あまりに澄んだ瞳で見つめてくるもんだから。
俺は慌てて顔を背けて、観覧車の外に視線をやった。
まだ十八時前だけど、十二月の夜はすっかり陽が落ちて、空は真っ暗。
だからこそなんだろうけど……窓から見下ろす街並みは、無数の光が乱反射していて。
まるでキラキラした宝石みたいに――輝いて見えたんだ。
そんな夜景に見とれていた俺は、ふっと結花に向かって言った。
「綺麗だね、結花」
「ふぇ!? あ、あぅぅ……ありがとぅ、ごじゃいます……」
「えっ?」
結花が顔を真っ赤にしてるのを見て、俺はハッと気付いた。
綺麗だね、結花――って、夜景の話として伝わってないな!?
なんか唐突にキザなセリフ吐いた奴みたいで、めちゃくちゃ恥ずかしい……。
今度から主語を省略しないよう気を付けよう……。
そんな一人反省会をしてる俺のことを、上目遣いに見つめて。
とろんとした瞳のまま――結花が言った。
「……ゆ、遊くんも……格好いーよ? あと、可愛いし。癒されるし。見てるだけでドキドキするし……好き。大好き。あー好き……だーいすき」
…………耳と脳と心臓が、一斉に壊れるかと思った。
っていうかまだ、心臓がバクバク鳴ってるし。
やば……ちょっと落ち着こうにも、観覧車の中だから絶対に結花が視界に入る……。
「ねぇ、遊くん……そっち行っても、いーい?」
「え!? いやいや! 片側に二人乗ったら、重心が傾いて観覧車が落ちちゃうかも!?」
「あははっ。そんなわけないじゃんよー。恋人同士はみんな……隣に座ってイチャイチャするって、マンガで読んだもんね」
そして結花は――俺の隣に移動すると、ギューッと抱きついてきた。
さらさらの黒髪がふわっと揺れて、俺の鼻孔をくすぐる。
俺の胸元あたりに顔を埋めて、「ふにゅ……」って可愛い声を出す結花。
爆死するんじゃないかってほど、鼓動がめちゃくちゃ速くなるのを感じる。
「……遊くん、ドキドキしてくれてる。うれしー……」
鼓動音が伝わったのか、結花は甘えるように、俺の胸に頬をすりすりしてくる。
今度は違うところが爆発しそうなんですけど……。
「……幸せ。こんなに幸せでいいのかなってくらい……遊くんが好きなの」
そんな俺の気など知らず、結花はさらなる追撃を仕掛けてくる。
「好きです……すっごくすっごく、大好きです。一緒にいてくれて嬉しいです。いっぱい二人で笑えて、毎日が楽しいです。遊くんのことが好きすぎて、おかしくなっちゃいそうで……こんなの、生まれて初めてなの」
ドクンドクンと、心臓の鼓動がさらに勢いを増していく。
気付けば観覧車は、ちょうど天頂に到達するところだった。
――――ふっと結花が、顔を上げた。
耳まで真っ赤になるくらい、とろけた表情をして。
ギュッと、結花が俺の背中に手を回した。
これって……あれか。
マンガでよく見る、観覧車のてっぺんで――キ、キスをする的な?
「遊くん……」
「ゆ、結花……」
結花の甘い匂いに。胸をくすぐるような声に。まっすぐで綺麗な瞳に。
俺は我慢できなくなって――結花のことを、ギュッと抱き締めた。
「……ん」
結花が呻くように声を上げる。
その声がさらに、俺の中の何かを刺激する。
……そして結花は、そっと背筋を伸ばして。
ゆっくりと、顔を近づけてきたかと思うと。
――――ちゅっ、と。
俺の右頬に、柔らかくて温かいものが触れた。
「……あれ?」
「……期待してくれたの? でも、まだデートははじまったばっかだから――こっちはおあずけだよ」
真っ赤な顔のまま、結花は人差し指でちょんっと、俺の唇を触った。
そして、屈託のない笑顔を向けてくる結花。
なんなの、結花は……男心をくすぐるの、うまくなりすぎじゃない?
こんなことを、これからしょっちゅうされるのかって思ったら。
――――正直、心臓のスペアが欲しくなる。本当に。
◆
永遠にも感じられた、観覧車の時間が終わると。
結花は俺の手を引いて、楽しそうに歩きはじめる。
「よーし、それじゃあ次に行こー!! 今度はねぇ――」
「――ん? 結花、ちょっと待って……電話だ」
ポケットの中で振動するスマホには、勇海からのRINE電話の通知。
そういえば、ちょうど家に勇海が着く予定くらいの時間だな。
どうしたんだろ……ひょっとして、那由に閉め出しでも食らったかな?
「もしもし、どうした勇――」
『遊にいさん、大変なんです! 那由ちゃんが、熱を出してて……』
『なんで電話すんのさ! 切ってよ、勇海!!』
『ちょっ……那由ちゃん落ち着いて! そんなに動いたら、熱が上が……』
『だったら余計なことすんなし! 兄さん、ぜってー帰ってくんな!!』
――――ガチャッ。
電話口の向こうから大騒ぎが聞こえてきたかと思ったら、急に電話が切れた。
「遊くん? どうしたの? 勇海、なんだって?」
結花が心配そうに見てくるけど……頭の中がぐちゃぐちゃで、何も言葉が出てこない。
那由が熱? 家を出るときには何もなかったのに?
それに、なんであいつ……こんな状況で、帰ってくんなとか言ってるんだ?
分からないことだらけのクリスマスに――冷たい夜風が、吹き抜けていった。