第23話 陽キャたちと遊びに行くとき、なにか気を付けることある? 1/2
「ねぇねぇ、綿苗さぁん! この後さぁ、みんなで打ち上げに行くんだけど、どーよ?」
北海道から帰ってきた数日後――終業式を終えて。
体育館から廊下に出ると、二原さんが結花に話し掛けてるところに遭遇した。
「……どうして?」
プライベートだったら、二原さんを見たら「桃ちゃーん!」って小動物みたいに懐いちゃう結花。
だけど、本日も学校結花は、通常営業中。
眼鏡の位置を指で直しつつ、無表情かつ淡々とした口調で応答している。
とはいえ二原さんも、そんな結花の違いには、もう慣れっこ。
「や。うちが綿苗さんと一緒に、遊び行きたいかんさ。打ち上げでわいわいやって、冬休みを迎えようぜーって!」
「……へぇ」
「どうよ、綿苗さん? 最後にドーンッと、今年最後に打ち上げたいっしょ?」
「……何を?」
確かに。
打ち上げ花火みたいなテンションで言ってるけど、一体何を打ち上げる気なんだ、陽キャたちは?
体育祭とか文化祭とかならともかく、ただ二学期が終わるだけだってのに……陽キャのノリは、いまいち理解できない。
「ま、まぁ……行っても、いい……けど?」
そんなよく分かんない会合だけど、結花は上擦った声で参加の意思を示した。
最近の結花は、クラスメートと親睦を深めたいって思ってるもんな。
こんな誘い……確かに、チャンスでしかない。
「いーじゃん、いーじゃん! 行こ、行こっ!! おっしゃ、結ちゃ――綿苗さんがせっかく来てくれるわけだし、張りきって人を集めなきゃね!」
二原さんがくるっと、こちらに振り返った。
そして――パチッとウインクを決めて。
「んじゃ、佐方も参加決定でおっけ?」
「待って。そもそも俺、会話にも交ざってなかったよね?」
「ま、どうせ聞こえてたっしょ? 佐方はエロいかんね。聞き耳立ててんだろーなって、女の勘が言ってるわけ」
「やめてくれない、そういう風評被害? 人のことをなんだと――」
「……佐方くんも、来た方がいいわ」
二原さんの暴論に意見しようとしたら、結花が俺のことを睨んできた。
「行かない理由が、あるの?」
「そりゃあまぁ、二原さんのグループといつもつるんでるわけじゃないし。行く方がむしろ不自然――」
「…………行かないのかしら?」
「…………いえ。たまにはそういうのも、行きたいかな?」
「だ、そうよ。二原さん」
「おっけぃ! 佐方、ゲットだぜっ!!」
めちゃくちゃ強引に押しきられた気がするんだけど、勘違いですか?
ほら結花、人目を忍びながら「よしっ」ってガッツポーズしてるし。
「んじゃ、ホームルーム終わったあと、教室に残っててね! たっのしっみだー!!」
「はぁ……分かったよ」
「了解したわ」
「おっしゃあ! 綿苗さんも遊一も、盛り上がって参加しようじゃねぇか!!」
なんか急に、無関係な声がカットインしてきた。
振り返れば、マサがいる。
「ん? 倉井、なに一人で盛り上がってるん? ひょっとしてヤバめの植物とか、使っちゃった?」
「使ってねぇよ! 俺はいつだって、こんなテンションだっつーの!! ……二学期の打ち上げの話だろ? 遊一たちが行くんなら、俺も一緒に参加するぜ!!」
「……どうして倉井くんが?」
「お、綿苗さん。相変わらずのツンッぷりだな……だけどこの間、遊一と一緒に少し話したからな。俺にもツンへの耐性ができたぜ!」
「…………へぇ」
多分反応に困ったんだろう、なんの感情も籠もってない声で答える結花。
「っていうかマサ……なんでそんなノリノリで参加希望してんだよ? 陽キャの集まりより、早く帰って『アリステ』ガチャ回したい派だろ、お前は」
「……なぁに、ちょっとした噂を聞いてな」
急に声をひそめたマサに促され、俺たちは結花と二原さんに背を向けた。
そして、マサが――耳打ちしてくる。
「今日の打ち上げ……女子がサンタコス、するらしいぜ?」
「……で?」
すげぇ神妙な顔するから、何かと思ったら。
真剣に聞こうとして損したわ、本気で。
「馬鹿か、遊一? クラスの女子が、こぞってサンタコスすんだぞ? そんなの……男子なら見たいだろうが! ミニスカサンタとか、最高じゃねぇかよ……っ!!」
「馬鹿はお前だろ……『らんむ様が俺の嫁』とかいつも言ってるくせに、クラスメートのミニスカサンタは見たいのかよ?」
「二次元と三次元は、別腹だからな!!」
名言みたいなノリで、割と最低な発言をしやがった。
――――なんて、マサに対して呆れたようなスタンスを取ってはいるけれど。
ちょっとだけ結花のサンタコスを妄想してしまったのは、絶対に秘密だ。
◆
「すっご……桃ってば、めっちゃ人集めてるしー」
「さすがすぎるっしょ。桃はやっぱ、コミュ力の鬼だわー」
野生の陽キャたちが、なんだかわいわい盛り上がってる。
まぁ気持ちは分かる。だってパッと見――二十人近く、集まってるんだもの。
中身は『特撮ガチ勢』だけど、やっぱり普段は『陽キャなギャル』……コミュ力が半端なさすぎるんだよな、二原さんは。
「あははっ。まぁ桃乃様を褒め称えんのは、それくらいにして……静まれ、皆の衆よー。んじゃ、そろそろボウリング大会、はじめるかんねー!!」
そう――ここはボウリング場。
黒くて重い球を放り投げ、罪のないピンを薙ぎ払っていく……野蛮な遊びの場所だ。
……ん? ボウリング嫌いなのかって?
九割方ガーターになる俺に対して、そんなの愚問だね。
「おっしゃあ! いくぜぇ、俺の――メテオバイオレット・ラブブレイカー!!」
うわっ、ダサッ!?
とんでもない中二病な技名を叫んだのは、俺の悪友・マサ。
凄まじい速度で放たれたボウリング球は、勢いよく転がっていき……ガーターに!!
「くっそぉ! 俺のメテオバイオレット・ラブブレイカーが……っ!!」
「……正気でやってんの、お前?」
周りを見ろよ。
ここは陽キャばっかりの、完全アウェイな空間なんだぞ?
その技名、らんむちゃんのソロ曲『乱夢☆メテオバイオレット』から名付けてんじゃねーか! ……とか、誰もツッコんでくれないからな?
「綿苗さーん! 頑張れー!!」
悪ノリがすぎるマサに呆れていたら――隣のレーンから、女子たちの歓声が上がった。
投球しようとしているのは、無表情な眼鏡姿の結花。
両手で抱えたボウリング球をじっと見つめて、ギュッと口を噤んでいる。
「……よし」
小さく頷くと、結花は……ロボットみたいなぎこちない動きで、歩き出す。
何その歩き方?
っていうか、ひょっとして結花――ボウリング初めてなのでは?
「綿苗さーん! いっけぇ!」
「――――ん!!」
二原さんが叫ぶと同時に、結花は両手でボウリング球をかまえて……え、両手で!?
そしてそのまま結花は、ボウリング球を「えいっ!」と投げた。
宙を舞うボウリング球。
そして結花は……。
――――べしゃっと。
勢いあまって、レーンに顔から突っ込んだ。
「わ、綿苗さん!?」
「わあああ!? 綿苗さんが、声も上げずに倒れたぞ!?」
さっきまで楽しく盛り上がってたはずのボウリング場が、違うニュアンスで騒然としはじめる。
そんな中――結花はむくっと、起き上がった。
おでこはちょっと赤いけど、顔色ひとつ変えずに。
「ちょっ、綿苗さん! だいじょぶ!?」
「なんのことかしら?」
「何って、めっちゃ転んだっしょ!? しかも顔から!」
「…………はて?」
いやいや。そんなんじゃ誤魔化せないでしょ。
「もー、綿苗さんー。びっくりしたよぉ」
「こんな状況でもポーカーフェイスなんだな。さっすが綿苗さん、鋼のメンタルだわ」
はたから見ると、そう映るのか。学校結花のバイアスってすごいな。
俺の目には、素の結花が漏れ出かけて――泣きそうになってるのを堪えて、ぷるぷるしてるようにしか見えないけど。
「おっ! でも……転んでもただじゃ起きないねぇ、綿苗さん?」
「……? どういうこと、二原さ――」
結花の声を遮るように、スピーカーから「ストライク!」って音声が響き渡った。
そしてスクリーンに映し出される、ストライクのときに流れるアニメーション。
「すっげぇ! 俺のメテオバイオレット・ラブブレイカーを超えてんな、綿苗さん!!」
マサも、他のみんなも、綿苗結花のストライクに盛り上がってるけど。
……俺は見逃さなかった。
みんなに見えないように、結花が――喜びのピースをしてたのを。




