第20話 【北海道】俺と許嫁、ホテルへ……?【Part2】 2/2
「ねぇねぇ、遊くん! 見て見て、ゲーム機が置いてあるんだよ!! あと、カラオケもあるみたい!」
シャワーを浴び、バスローブに着替えて……心停止しそうなほど緊張しながら部屋に戻ったら。
結花はベッドの上で脚をバタバタさせて、めちゃくちゃくつろいでいた。
お風呂上がりの蠱惑的な雰囲気はどこへやら。
無邪気で天然さんな、いつもの結花になっている。
「ねー、このゲーム知ってる? 実家にいた頃、よく勇海とやってたんだー」
「ああ。俺も那由とやってた……あいつが嫌がらせ系のカードを使ったり、貧乏になるよう仕向けてきたりして、毎回俺が破産させられてたけど」
那由がエグい戦法ばっかり使ってくるから、リアルファイトになりかけたことが何度あったことか。
今となっても、全然いい想い出じゃねぇ。
「…………!?」
ゲームソフトを持ったまま、ごろんと仰向けになった結花は――胸元が大変なことになっていた。
具体的に言うと、バスローブが緩んで、谷間が深くまで見えてるっていうか。
ブラを外してるみたいで、ぷにょって柔らかそうというか。
「……ねぇ、遊くん」
「はい、ごめんなさい!」
急に声のトーンを落として話し掛けられたもんだから、俺はカーペットの上で正座して、ぐいっと下を向いた。
悪いとは思ってるけど、どうか許してほしい。
だって、見えそうな胸があったら見ちゃうのは――男の本能だから。絶対に、俺だけじゃないはずだから。
「え……あれ? 遊くん、なんで正座してるの?」
「え? いや、だって結花が怒ってると思ったから……」
「私が? なんにも怒ってないよ? むしろ――こっちの方こそ、遊くんが引いてないかなって、心配で……」
「……ん? 引くって、何に?」
どうも会話が噛み合ってない気がする。
俺は正座の体勢のまま、ゆっくりと顔を上げる。
すると結花は、ハート型の枕にぽふっと顔を埋めて……言った。
「……だって、えっちな言葉を使っちゃったもん。らぶほにゃにゃって……」
「らぶほにゃにゃ!? さっきまで普通に、ラブホテルって呼んでたよね!?」
「……ほら。引いてるじゃんよ」
枕で顔を隠したまま、肩を落とす結花。
気にしてるのか。乙女心は難しいな。
「別に引いてないって。ちょいエロ系のラブコメマンガとかだと、たまに出てくるし」
「男の子同士できゃっきゃする作品とかにもね」
「えっと……なんで自分から、BでLなマンガで知ったって自白したの?」
枕に顔を埋めたまま、頭を抱える結花。
顔だけ枕にめり込ませてる。器用だな。
「ちなみに遊くんは……らぶほへほ、来たことあったんですかー?」
「ないよ!? なんの確認をしてんの!?」
「んーん。なかったらいいなぁって、思っただけでーす……他意はないでーす……ふへ」
最後になんか、嬉しそうな声が聞こえた。
いつも家で話してるときと、そんなに変わらないやり取り。
なんだけど……場所が場所なだけに、絶妙に気まずい。
そんな気持ちを誤魔化すように、俺は立ち上がると。
結花と目が合わないよう、身体を横に向けた。
――――すると。
テーブルの上に、なんか小さな正方形の袋があることに気が付く。
「……げっ!?」
「げ?」
つい反応してしまった俺を見て、結花がひょいっと枕から顔を上げた。
俺は慌てて、『正方形の袋』を隠すように結花の前に移動する。
「……遊くん、なんか隠したよね?」
「気のせいじゃない?」
「じゃあ、後ろ見せてよー」
いや、それはちょっと。
だって、この『正方形の袋』――絶対にゴム製の『あれ』なんだもの。
男女がいたすときに使うと言われてる、伝説のゴム。
都市伝説かとすら思ってた。だって実物、見たことなかったから。
「……やっぱり遊くん、らぶほけきょに慣れてるんだ。だから、なんだかよく分かんないけど、こそこそしてるんでしょ」
「ウグイスかな……違うってば。初めてだよ、初めて」
「じゃあ、後ろ見ーせて」
「……ふむ」
「ふむ、じゃないよ!? うえーん! 遊くんが高校生なのに手慣れてるー!!」
「風評被害も甚だしいな! ……分かったよ、ちょっと待って」
ここまで食い下がられたら、やむを得ない。
俺は――後ろ手にさっと『袋』を摘まんでから。
そのまま姿勢を変えて、ベッドに腰をおろした。
我ながら、素晴らしい手さばき。
あとは手に持ってるこれを、どこか結花の見えないところに――。
「……なんか手に隠したでしょ? 遊くんの、ばーか」
普通にバレてた。
その上、こそこそしてる俺の態度がお気に召さなかったのか……結花はぷっくりと頬を膨らませて。
「もう、こうなったら――強硬手段だもんねーだっ!」
「ちょっ、結花!? 待って待って、そんな強引に来られたら……」
こちらが言い終わるよりも先に、結花が俺の身体に抱きついてきたもんだから。
バランスを崩した俺は、結花に押し倒されるようにして――バタンッとベッドに倒れ込んだ。
そして、俺の上で四つん這いになった結花は……ベッドに落としてしまった『あれ』を、ひょいと摘まみ上げた。
「……なぁに、これ? スナック菓子についてる、おまけのシールとか?」
「ラブホにあるわけないでしょ、おまけのシールなんて!! ゴムだよ、ゴム!」
「ゴムゴム? …………え? ゴ、ゴゴゴゴゴ……ゴム!?」
やけくそになった俺が真実を伝えると、結花の顔はみるみる真っ赤になっていって。
ゴムを手にしたまま――俺に覆い被さるように、ギューッと抱きついてきた。
「ちょっ!? なんでそうなるの!? まだ俺も、心の準備が……」
「そ、そうじゃないもんっ! うにゃあああああ! 恥ずかしくって、顔を合わせらんないよぉぉぉぉぉぉ!!」
――――カチッ。
「きゃっ!?」
「え?」
俺を抱きしめたまま、結花がじたばたしていたら……室内の照明が、突然落ちた。
多分さっき、結花が暴れた拍子に、照明のスイッチに当たっちゃったんだと思うけど――暗いところが苦手な結花は、ますます強く俺に抱きついてくる。
旅先のラブホテルで。
許嫁同士の男女が、バスローブ姿で抱き合ったまま。
照明を消して、ベッドの上で横になっている。
――首筋にかかる、結花の吐息。
そして――鼻孔をくすぐる、結花の甘い匂い。
そんな、理性が丸ごとぶっ壊されそうな状態で。
北海道の夜は――――さらに更けていく。




