第8話 【やばい】声優のマネージャーと特撮ガチ勢が遭遇したところ…… 2/2
「いやー。にしても、まさか結ちゃんのマネージャーとは思わなかったわー。ちょー、びっくりしたんですけど!」
「いやいや。最初に第三夫人を連想する方が、おかしいって……」
「こっちこそ、気を失いそうになったわよ。ゆうなに許嫁がいるって聞いたときですら、血の気が引いたのに。その相手に浮気相手とか……もう終わりだってね。あー結婚して退職でもしたいなーって、現実逃避しかけたわ……」
「え、結婚? 鉢川さん、彼氏できたんですか?」
「――は? いませんけど? 妄想ですけど何か?」
なんかマジなテンションで凄んできた。
自分でネタ振りしたのに……なんたる理不尽さ。
「ってか、結ちゃん。このカステラ、めっちゃうまくね?」
「うん、おいしーね! こんなおいしいカステラ、食べたことないですよ久留実さん!!」
「お詫びの品だから、いい物にしなきゃって思ってね。有名なお店なのよ、そこ」
「あ、知ってます知ってます! すっごい人気店っすよね? うちら高校生じゃ、高すぎて買えないやつ。いやぁ、やっぱキャリアウーマンは違いますねー。大人って感じ?」
「そ、そうかしら? まぁ、一応これでも社会人だからね。大人として、きちんとしたものを用意してきたつもりよ?」
「えへへ……ありがとうございます、久留実さん!」
――なんか女子三人が、和気あいあいと盛り上がってる。
ガールズトークすぎて、俺はただお茶を啜ることしかできないわ。
っていうか、二原さんと鉢川さん、今日が初対面だよな?
普通にぽんぽん会話してるけど……。
さすがはギャルと、声優のマネージャー。コミュ力のレベルが違う。
「はい! 質問なんですけどー。久留実さんってスタイルいいし、美人じゃないっすか。声優のマネージャーさんって、みんな見た目とかしっかりしてるんです?」
「もー、桃乃ちゃんってば、褒めても何も出ないよ? 色んなタイプの人がいるけど……わたしの場合は、お化粧とか服装とかには気を遣ってるかな。オフのときと仕事モードのときで、スイッチを切り替えたいからね」
「やば、さっすが社会人! めっちゃ格好良くないっすか?」
「もー、やめてよー、桃乃ちゃんってばー」
鉢川さん……満更でもない顔しすぎっていうか、だいぶオフの方に寄ってきてない?
スイッチ切り替えなかったら、恋バナとか好きな、女子大生みたいなテンションなんだから。鉢川さんは。
「えへへっ。桃ちゃんと久留実さんが仲良くなって、嬉しいね遊くんっ」
そんな二人を見ながら、結花は無邪気にニコニコ笑ってる。
何よりも、みんなが笑顔でいることが好きな結花だから。
自分の大事な友達と、大切なマネージャーさんが、親しくなるってのは――心から嬉しいんだろうな。
「……久留実さん。これからも結ちゃんを、よろしくお願いします」
そんな結花のことを、ちらっと横目で見てから。
二原さんは立ち上がって――深々とおじぎをした。
「も、桃ちゃん?」
「結ちゃんは優しくて可愛くって、何事にもガチで頑張れる、すっごい大好きな友達なんです。近くにいるときは、めっちゃ応援するし困ってたら力を貸すけど……さすがに声優の仕事とか、うちじゃ分かんないんで。久留実さん……よろしくお願いします」
「そっか……ゆうな、いい友達がそばにいるんだね。なんだか、安心したわ」
二原さんを見つめたまま、鉢川さんはしみじみと言った。
「デビューした頃のゆうなはね、いつも自信がない感じで不安そうにしていて……正直、心配だった。だけど、いつからか……ゆうなは自然にたくさん笑うようになった。キラキラした、眩しい笑顔で」
「あ、分かります! 動画で観たんですけど! 和泉ゆうなになった結ちゃん、めっちゃ輝いてますよね!!」
鉢川さんの言葉に、二原さんはパッと顔を上げて笑った。
そんな二原さんを見て、鉢川さんはふっと微笑む。
「ゆうなが変わったのは、『恋する死神』さん――遊一くんのおかげなんだって思っていたけど。遊一くんだけじゃ、なかったのね。桃乃ちゃん――ありがとう。ゆうなのことを、支えてくれて」
「……え? あ、いや……うちは、別にそんな」
褒められた途端、口ごもりだした二原さん。
前髪を指先でいじって、照れたように俯きはじめる。
「私も――桃ちゃんのこと、大好きだよっ!」
珍しい態度の二原さん目掛けて――結花はギューッと抱きついた。
それから、鉢川さんと俺を交互に見ると、満面の笑みを浮かべて。
「桃ちゃんも大好きだし、久留実さんも大好きですっ! それから、んーと、実家の両親も勇海も大好きだし、那由ちゃんも大好きで……とにかく! みんな、いつもありがとうございますっ!!」
――結花のこういう素直さが、みんなを惹きつけるんだろうな。
慣れない相手とのコミュニケーションは、まだまだ苦手な結花だけど。
身近な人に対しては、いつだってまっすぐな気持ちをぶつけてくる。
そんな結花だからこそ、俺も……。
「あ、えっと……それからね? えへへー……遊くんは、特別好き。みんなへの大好きより、さらにもーっと、大好きだよっ!!」
――まったく予期しないタイミングで放り投げられた爆弾に、俺は「ぶっ」と噴き出してしまった。
いやいや。待って待って、二人っきりとかじゃないんだからね?
そんな爆弾発言をされたら、二原さんと鉢川さんが……。
「ほい、佐方のターンじゃね?」
「絶対そう言うと思ったよ……二原さんは」
「遊一くん。大人として言わせてもらうけどね? 女の子が気持ちをぶつけてきたとき、はぐらかすような男になっちゃ駄目だよ! 本当に……そういう奴はさぁ……はぁ」
「鉢川さんのは、私怨が入ってますね!?」
「はいはい、そーいう誤魔化しはいーから。結ちゃんだって、『特別好き』の返事――佐方から聞きたいっしょ?」
「うんっ! 聞きたいっ!!」
素直すぎるうちの許嫁が、即答したもんだから。
二原さんと鉢川さんが、ますます盛り上がりはじめちゃって。
しばらくの間……俺は女性陣二人から、延々とはやし立てられる羽目になった。
――――こういう素直さが、結花の魅力なんだって分かってはいるけど。
この人たちの前では、もうちょっとだけ……自重してほしい。切実に。