表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
148/294

第34話 【沖縄】推しキャラの声優は、いつも頑張り屋だから【4日目】 2/2

 女の子の家族に、インストアライブの会場近くまで送ってもらった後。


 俺と結花ゆうかは急いで、会場の裏手に向かって走っていった。



「――ゆうな! 遊一ゆういちくん!!」



 すると……事前にRINEを入れておいた鉢川はちかわさんが、俺たちの方に駆け寄ってくる。



「鉢川さん、車は大丈夫ですか?」


「うん、そっちの方は業者を手配して、どうにかしたから。二人とも……ごめんね。私が最後に失敗しちゃったから、大変だったよね……」


「いえ、むしろ……私の方こそごめんなさい! いっぱい無理言っちゃって、結局ご迷惑を掛けちゃいました!!」



 謝罪の言葉をきっぱり述べて、結花は深く頭を下げた。


 そんな結花の肩をポンポンッと叩くと、鉢川さんは穏やかな声色で尋ねる。



「……迷惑なんて、いくら掛けたってかまわないよ。だってわたしは、マネージャーだからね。それより、ゆうな――今日のライブは、うまくやれそう?」


「はいっ! 今日の私なら、なんだか……最高のライブに、できる気がします!!」



 そう言って笑う結花の表情は……さっき車中で見た、不安と緊張が入り交じったものとは全然違って。


 いつも以上に明るくて眩しい――最高の笑顔だった。



「それじゃあ、ゆうくん。私……準備に行ってくるね」

「うん、頑張って。応援してるよ」



 そして結花は――鉢川さんと一緒に、準備へと向かっていった。


 そんな後ろ姿を見送り終えてから、インストアライブの会場裏で一人になった俺は……ひとまず二原にはらさんにRINEを送る。



『二原さん、そっちは大丈夫?』


『もっちろん! なんかトラブル? 時間掛かってんねー。でもまぁ……こっちはへーきだからっ! 佐方さかたは、ゆうちゃんのサポートを頑張って!!』



 ……相変わらず、頼りになる友達だな。ありがとう、二原さん。


 俺はホッと胸を撫で下ろしてから――ぼんやりと会場を仰ぎ見た。



 ここで『ゆらゆら★革命』が……和泉いずみゆうなが、ライブをするんだな。


 チケットもないし、俺は観に行けないけど――頑張って。


 応援してるからね、いつだって。



 そんな風に、心の中で推しキャラの声優にエールを送ると……『恋する死神』は、会場に背を向けて通りの方へと歩き出した。



「――貴方が、ゆうなの『弟』さんね?」



 その背中に……驚くほど澄んだ声色で、話し掛けてくる女性がいた。


 思わず振り返った、その先にいたのは。



紫ノ宮(しのみや)、らんむ……ちゃん」

「私の名前を、知っていてくれたのね。ありがたく思うわ、『弟』さん?」



 冷静な口調でそう言うと、ゆっくりこちらへ歩いてくる――紫ノ宮らんむ。

 腰まで届く、紫色のロングヘアを揺らして。



「逢えて良かったわ。裏手側にいてくれたおかげね。表側だったら、ライブ前にファンのみんなに見つかるわけにはいかないから……こうして出て来られなかったと思うわ」



 淡々とそう告げて、紫ノ宮らんむは妖艶に微笑んだ。


 今回のユニット用に新調された、胸元を大きく露出させたノースリーブのトップスと、煌びやかなスカート。そして、二の腕まで覆う長さのアームカバー。


 紫を基調とした衣装の中で、唯一――赤い色をしている首元のチョーカーが、まるで炎のように揺れている。



「……よく、俺が『弟』だって分かりましたね」


「ゆうなの妹さんも、そうだったけれど――みんな『演技』が、上手じゃないの。私だったら、どんなイレギュラーがあろうと……『演技』を崩したりしないわ。決して、ね」



 感情の読めない調子で、そう告げると。


 紫ノ宮らんむは――小さくおじぎをした。



「まずは御礼を言わせてもらうわ。ゆうなも頑張ったのだろうけど、貴方の手助けもあったのでしょう? このライブに穴が空かなかったこと――感謝するわ」


「……俺は別に、たいしたことはしてないですよ。頑張ってるのは、いつだって――ゆうな自身ですから」


「謙虚なのね、貴方は」



 何がおかしいのか、紫ノ宮らんむは苦笑するように表情を緩めた。


 そして、その吸い込まれそうなほど澄んだ瞳で――俺のことを見つめる。



「……ひとつだけ、尋ねてもいいかしら? 貴方にとって、『和泉ゆうな』は――どんな存在なの?」



 ――どこまで察しているんだろう、この人は?


 分からないけど、なんだかこの人には……素直に伝えないといけないような。


 そんな奇妙な感覚を覚えて――俺は真摯に、その質問に応じた。



「そうですね。敢えて言うなら――『大切な存在』、ですね」

「……大切な、存在」



 ほんの一瞬だけど。


 紫ノ宮らんむの瞳が――揺らいだような気がした。


 だけどすぐに、いつもどおりの表情に戻ると。



「それは、和泉ゆうなとしての話? それとも……もっと大きな意味での話かしら?」


「『和泉ゆうな』として……だけじゃないです。日常の彼女も、全部ひっくるめて大切だと、そう思います。いつも支えてもらってばかりですから――少しでも、支えてあげられたらって。答えになってますか?」


「…………」



 紫ノ宮らんむは、何かを言い掛けて――言葉を発することなく、口をキュッと噤んだ。


 そして、急にこちらに背を向けると。



「――その答えで、十分よ。『弟』さん」



 そして会場の裏口へと歩みを進めながら、紫ノ宮らんむはぽつりと言った。



「そうだ……スタッフには、私から上手く説明しておくから。貴方も私たちのライブを、観ていかない?」

「え?」



 なんだか紫ノ宮らんむが――笑ったような気がした。

 こちらを振り向くことは、もうなかったけれど。



「貴方がいたから、今日の舞台は成立したわ。ありがとう。そんな貴方だからこそ――今日の舞台を見届ける、権利があると思う。良かったら……その目に焼きつけて帰るといいわ。私とゆうなが織りなす――最高のステージをね」




 紫ノ宮らんむの姿が見えなくなるまで、俺はその場を動くことができなかった。


 それから、ちらっと腕時計を見てから――スマホを取り出すと。

 二原さんに謝罪のRINEを、送付した。



『ごめん、二原さん。もうしばらく、時間が掛かりそうだから……そっちは、よろしくお願いするね』




 和泉ゆうなと紫ノ宮らんむのユニット――『ゆらゆら★革命』。


 そのステージが、いよいよ……はじまる。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 間に合ったし、先輩にも一応認めてもらえたようですね。 けがの功名? で、ライブもみられるようになって。 でも、その話はマサにはできないな/w
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ