第34話 【沖縄】推しキャラの声優は、いつも頑張り屋だから【4日目】 2/2
女の子の家族に、インストアライブの会場近くまで送ってもらった後。
俺と結花は急いで、会場の裏手に向かって走っていった。
「――ゆうな! 遊一くん!!」
すると……事前にRINEを入れておいた鉢川さんが、俺たちの方に駆け寄ってくる。
「鉢川さん、車は大丈夫ですか?」
「うん、そっちの方は業者を手配して、どうにかしたから。二人とも……ごめんね。私が最後に失敗しちゃったから、大変だったよね……」
「いえ、むしろ……私の方こそごめんなさい! いっぱい無理言っちゃって、結局ご迷惑を掛けちゃいました!!」
謝罪の言葉をきっぱり述べて、結花は深く頭を下げた。
そんな結花の肩をポンポンッと叩くと、鉢川さんは穏やかな声色で尋ねる。
「……迷惑なんて、いくら掛けたってかまわないよ。だってわたしは、マネージャーだからね。それより、ゆうな――今日のライブは、うまくやれそう?」
「はいっ! 今日の私なら、なんだか……最高のライブに、できる気がします!!」
そう言って笑う結花の表情は……さっき車中で見た、不安と緊張が入り交じったものとは全然違って。
いつも以上に明るくて眩しい――最高の笑顔だった。
「それじゃあ、遊くん。私……準備に行ってくるね」
「うん、頑張って。応援してるよ」
そして結花は――鉢川さんと一緒に、準備へと向かっていった。
そんな後ろ姿を見送り終えてから、インストアライブの会場裏で一人になった俺は……ひとまず二原さんにRINEを送る。
『二原さん、そっちは大丈夫?』
『もっちろん! なんかトラブル? 時間掛かってんねー。でもまぁ……こっちはへーきだからっ! 佐方は、結ちゃんのサポートを頑張って!!』
……相変わらず、頼りになる友達だな。ありがとう、二原さん。
俺はホッと胸を撫で下ろしてから――ぼんやりと会場を仰ぎ見た。
ここで『ゆらゆら★革命』が……和泉ゆうなが、ライブをするんだな。
チケットもないし、俺は観に行けないけど――頑張って。
応援してるからね、いつだって。
そんな風に、心の中で推しキャラの声優にエールを送ると……『恋する死神』は、会場に背を向けて通りの方へと歩き出した。
「――貴方が、ゆうなの『弟』さんね?」
その背中に……驚くほど澄んだ声色で、話し掛けてくる女性がいた。
思わず振り返った、その先にいたのは。
「紫ノ宮、らんむ……ちゃん」
「私の名前を、知っていてくれたのね。ありがたく思うわ、『弟』さん?」
冷静な口調でそう言うと、ゆっくりこちらへ歩いてくる――紫ノ宮らんむ。
腰まで届く、紫色のロングヘアを揺らして。
「逢えて良かったわ。裏手側にいてくれたおかげね。表側だったら、ライブ前にファンのみんなに見つかるわけにはいかないから……こうして出て来られなかったと思うわ」
淡々とそう告げて、紫ノ宮らんむは妖艶に微笑んだ。
今回のユニット用に新調された、胸元を大きく露出させたノースリーブのトップスと、煌びやかなスカート。そして、二の腕まで覆う長さのアームカバー。
紫を基調とした衣装の中で、唯一――赤い色をしている首元のチョーカーが、まるで炎のように揺れている。
「……よく、俺が『弟』だって分かりましたね」
「ゆうなの妹さんも、そうだったけれど――みんな『演技』が、上手じゃないの。私だったら、どんなイレギュラーがあろうと……『演技』を崩したりしないわ。決して、ね」
感情の読めない調子で、そう告げると。
紫ノ宮らんむは――小さくおじぎをした。
「まずは御礼を言わせてもらうわ。ゆうなも頑張ったのだろうけど、貴方の手助けもあったのでしょう? このライブに穴が空かなかったこと――感謝するわ」
「……俺は別に、たいしたことはしてないですよ。頑張ってるのは、いつだって――ゆうな自身ですから」
「謙虚なのね、貴方は」
何がおかしいのか、紫ノ宮らんむは苦笑するように表情を緩めた。
そして、その吸い込まれそうなほど澄んだ瞳で――俺のことを見つめる。
「……ひとつだけ、尋ねてもいいかしら? 貴方にとって、『和泉ゆうな』は――どんな存在なの?」
――どこまで察しているんだろう、この人は?
分からないけど、なんだかこの人には……素直に伝えないといけないような。
そんな奇妙な感覚を覚えて――俺は真摯に、その質問に応じた。
「そうですね。敢えて言うなら――『大切な存在』、ですね」
「……大切な、存在」
ほんの一瞬だけど。
紫ノ宮らんむの瞳が――揺らいだような気がした。
だけどすぐに、いつもどおりの表情に戻ると。
「それは、和泉ゆうなとしての話? それとも……もっと大きな意味での話かしら?」
「『和泉ゆうな』として……だけじゃないです。日常の彼女も、全部ひっくるめて大切だと、そう思います。いつも支えてもらってばかりですから――少しでも、支えてあげられたらって。答えになってますか?」
「…………」
紫ノ宮らんむは、何かを言い掛けて――言葉を発することなく、口をキュッと噤んだ。
そして、急にこちらに背を向けると。
「――その答えで、十分よ。『弟』さん」
そして会場の裏口へと歩みを進めながら、紫ノ宮らんむはぽつりと言った。
「そうだ……スタッフには、私から上手く説明しておくから。貴方も私たちのライブを、観ていかない?」
「え?」
なんだか紫ノ宮らんむが――笑ったような気がした。
こちらを振り向くことは、もうなかったけれど。
「貴方がいたから、今日の舞台は成立したわ。ありがとう。そんな貴方だからこそ――今日の舞台を見届ける、権利があると思う。良かったら……その目に焼きつけて帰るといいわ。私とゆうなが織りなす――最高のステージをね」
紫ノ宮らんむの姿が見えなくなるまで、俺はその場を動くことができなかった。
それから、ちらっと腕時計を見てから――スマホを取り出すと。
二原さんに謝罪のRINEを、送付した。
『ごめん、二原さん。もうしばらく、時間が掛かりそうだから……そっちは、よろしくお願いするね』
和泉ゆうなと紫ノ宮らんむのユニット――『ゆらゆら★革命』。
そのステージが、いよいよ……はじまる。