第28話 【沖縄】修学旅行を楽しもうと思うんだけど【初日】 2/2
「うおおおおおお! 沖縄だぞ、遊一!! 盛り上がってきたなぁ!」
「確かに、お前はやたら盛り上がってんな……地元の人に変な目で見られるから、ちょっと落ち着けよ」
初日の班行動の時間。
『旅のしおり』を筒状に丸めて、ぶんぶん振り回しながら国際通りを闊歩するマサを見て、ちょっと引く俺。
見ろよ、結花と二原さんを。
お前みたいに大声を上げないで、ちゃんと楽しそうにしてるだろっての。
「めくるめく、沖縄の旅……どんな運命が待ってるんだろうな? アニメの聖地になってるところも結構あるし、楽しみだろ遊一も!」
「沖縄が聖地のアニメって、どんなのがあったっけなぁ……離島の方なら、いくつか思いつくけど。後は海とか、水族館とか、そのあたりか……」
「……沖縄のローカルヒーローの話でも、しよっか?」
うわっ、びっくりした!?
俺にしか聞こえない音量で、急に特撮系ギャルらしいコメントをしてきた二原さん。
「音もなく近づいてきて、耳元で囁くのやめてくれない? 変な人に絡まれたのかと思って、びっくりしたんだけど」
「だって、二人だけで盛り上がってんだもん。うちらもまぜてよ、班行動なんだし?」
「……いいぜ、一緒に盛り上がろうぜ二原! 沖縄が聖地のアニメトークで、俺が盛り上げてやっからよ!!」
「……や。ふつーに、観光の話っしょ。アニメトークもいいけどさ、まずはお昼ご飯なに食べるかとか、そーいうのじゃね?」
ローカルヒーローがどうとか耳打ちした人が、なんか急に正論ぶっ放した。
まぁ、さっきの妄言は置いといて……飛行機の到着時間の関係で、もう十五時前だし。ひとまず昼ご飯を食べたいってのは同意だけど。
「綿苗さん、何か食べたいもの、ある?」
「…………」
マサと二原さんがわいわいやっている中、振り返って結花に声を掛けると――。
結花は口元に『旅のしおり』を当てて、鼻唄でも歌い出しそうな勢いで、にこにこしていた。
眼鏡の力でつり気味になってる目ですら、なんか笑いすぎて垂れてきてる気が。
「……結花。結花、ちょっと」
「……ん? なぁに、遊くん」
隣に寄って小声で話し掛けると、結花は飼い主を見つけた小犬みたいに、瞳を輝かせはじめた。
尻尾なんてないはずなのに、なんかぶんぶん振ってるように見える。
「……マサが見たら驚くよ。そんな家の中みたいな笑顔してたら」
「……仕方ないじゃんよ。楽しいんだもん。ぶー」
ぶー、って。
ポニーテール&眼鏡の学校結花が、ぷっくり頬を膨らませてる姿には、違和感しかないけれど。
それくらい……本当に楽しくて仕方ないんだろうな、結花は。
――俺にとっての中学の修学旅行は、まだ陽キャぶってた痛いキャラの頃で。
当時好きだった野々花来夢と、絶対付き合えるだろって驕りたかぶってた……黒歴史の時代だから。
正直、思い出すと身悶えしながら頭を壁に打ち付けたくなる。
だけど――参加することすらできなかった結花には、そんな想い出すらない。
結花にとっては、今回が唯一参加した修学旅行。
俺たち以上に、楽しい想い出にしたいって思うのも……当たり前だよな。
だから俺は、小さな声で結花に伝える。
「じゃあまずは、おいしいものでも食べて……最初の想い出にしようか?」
「……うんっ! ゴーヤチャンプルーとか、ラフテーとか――いっぱい、楽しく食べようね! 遊くんっ!!」
……こんなに楽しそうにしてる人が、一緒に行動してたら。
俺だって百パーセント――楽しい修学旅行になると思うよ。本当に。
「わぁ、見て見て! シーサーだよ、シーサー!! どっかに、シーサーの王様とか、いないかな!?」
「シーサーは王族じゃないと、思うけど」
なんかシーサーでめちゃくちゃはしゃぐ二原さんに、クールなツッコミを入れる結花。
マサの奴は「ここから見える景色に、あの聖地があったはず……!!」とか言って、どっかに走って行ってしまった。あいつ、フリーダムに楽しんでんな……。
――――ここは、沖縄に昔から伝わる神社、らしい。
班行動のスケジュールにこの場所を組み込んだのは、結花たっての希望があったから。
なんでもこの神社、沖縄でも有名なパワースポットらしくって。
結花はライブの験担ぎに、どうしても来たかったみたい。
「あれ? 倉井、どこ行ったの?」
「あいつなら、なんかテンション上がって、走って消えたよ」
「……ほう。ってことは、残ってるのはこの桃乃様と――カップルのお二方、と」
「カ、カップルって! 桃ちゃん……そうだけど! そうなんだけど!! いざ言われたら、なんか恥ずかしくなっちゃうよぉ……」
「結ちゃん、やばい可愛すぎー。こんなんもう……お邪魔虫は、退散するしかないなぁー。倉井でも捜しに、ぶらり桃乃旅でもしよっかねー」
そして、二原さんは――「ごゆっくりー」なんて捨てゼリフを残して、駆け足気味にどこかに行ってしまった。
残されたのは……俺と結花の二人だけ。
「……どうしよっか、結花?」
「……やっと二人きりだね? 遊くんっ」
――――いやいや、そういうのやめよう?
そんな殺し文句みたいなの不意打ちで言われたら……心臓が止まるから。本気で。
「と、取りあえずお参りに行こうか? 明後日のライブの成功を祈願しなきゃだし……」
「うんっ! 遊くんと二人っきりになれたし……えへへっ。ここって、すっごい御利益ありそう!」
そんな感じで、無邪気に笑ってる結花と一緒に、階段をのぼりはじめた。
制服姿の結花と、二人で見知らぬ土地を歩いてるって……なんか不思議な感覚だな。
――なんて考えながら、階段をのぼりきると。
「……ママー! パパー!! どこー? ママー!!」
半泣きになりながら、うろうろと歩き回っている女の子がいた。
小学校低学年くらいだろうか? 旅行客っぽいけど。
小さな子が、こんなところで迷子になったら、めちゃくちゃ不安だよな……。
「――すみませーん! 誰か、女の子とはぐれた方、いらっしゃいませんかー!!」
…………驚くほど響き渡る声量で、結花が叫んだ。
沖縄の海のように、澄み渡った綺麗な声。
宇宙で一番愛してるゆうなちゃんの声で――聞き慣れた許嫁の声。
女の子も、突然のことにびっくりしたのか、ぴたっと泣きやむ。
そんな彼女の頭に手を置くと――結花はよしよしと、優しく撫ではじめた。
「大丈夫だよ。ちゃんとママ、来るから。大好きなあなたを置いて……どこかに行ったり、しないよ」
「……ほんと?」
「うん。お姉ちゃんが、約束するから。ちょっとだけ、一緒に待ってよ?」
――同棲をはじめて最初の頃。保育園のボランティアに行くことになったとき。
後から駆けつけた結花が、今と同じように――子どもを慰めて、泣きやませたのを思い出す。
普段だったら、外ではコミュニケーションが苦手で、口数の少ない結花だけど。
今みたいに、子どもが困ってたりしたら……がむしゃらな行動力を見せるんだよな。
本当に、結花は――優しい子だなって思う。
「……くーちゃん!」
「あ、ママ! パパ!!」
そうこうしていると――女の子の両親らしき二人が、こちらに向かってくる。
女の子はぱぁっと表情を明るくすると、二人に駆け寄って、ギューッと抱きついた。
「すみません、ありがとうございます! くーちゃん……よかった」
「本当にありがとうございます。旅行に来ていたんですけど、はぐれてしまって……どう御礼をしたらいいか……」
「……いえ。当たり前のことを、しただけなので。くーちゃん。よかったね」
「うん! ありがとう、おねえちゃん!!」
そして、笑顔で結花に手を振りながら――女の子は両親に連れられて、神社を後にした。
手を振り返してる結花は、ホッとしたような笑顔をしていて……なんだか、結花がこの神社の女神様みたいだな。
「……よーし、じゃあ遊くんっ! 気を取り直して――お参りに行こー!!」
明るい調子でそう言って、右手を振り上げて意気揚々と歩き出した結花に。
俺は無意識に……頬が緩んでしまうのを感じる。
なんだか、この修学旅行――最高の想い出になりそうだな、なんて。
心の底から、そんな風に思ったんだ。




