第25話 【アリラジ ネタバレ】和泉ゆうなと紫ノ宮らんむ、暴れすぎ問題 1/2
学校が終わってすぐ。
俺は結花に「ちょっと今日は用事があるから!」と言い残して……制服のまま電車に飛び乗っていた。
ごとごとと揺れる電車。
窓から見える夕焼け空は、綺麗なオレンジ色。
穏やかな夕方だ――まるで今の、俺の心みたいに。
そして電車を降りた俺は、記憶を頼りに歩いて某所のマンションまで辿り着くと……とある一室のチャイムを鳴らした。
「びっくりした……どうしたの、遊一くん?」
玄関を開けて出てきたのは――化粧をしていない、オフの鉢川さんだった。
以前に会ったときと同じく、胸元が緩いTシャツとショートパンツなんてラフな格好をしていて……やっぱり普段の仕事モードとは違って、女子大生みたいに見える。
「すみません、鉢川さん。ちょっとだけ、お邪魔させてもらえないですか?」
「……はい?」
鉢川さんは怪訝な顔をするけれど――俺は一切動じない。
「うーん……まぁ、遊一くんならいっか。ゆうなって許嫁がいるのに、変なことしないだろうし。ちょっと片付けるから、待っててね」
それから程なくして、俺は鉢川さんの家に入れてもらった。
座卓の上には缶ビールと、おつまみなのか刺身やチーズが置かれている。
「すみません、晩酌の途中でお邪魔しちゃって……」
「いいよ、どうせ一人だしね。それで、今日はどうしたの?」
そんな優しい言葉を掛けてくれる、大人な鉢川さんに向かって。
俺は――ジャンピング土下座を決めた。
「大変申し訳ないのですが……パソコンを貸してはいただけないでしょうか……っ!」
「…………はい?」
「皆さん、こんにちアリス。『ラブアイドルドリーム! アリスラジオ☆』――はっじまるよー!!」
初手でノートパソコンからゆうなちゃんの声がしたもんだから……心臓が飛び出すかと思った。
大好評の『アリステ』のネットラジオ――通称『アリラジ』。
今日はその特別編ということで、ただいま順次インストアライブ開催中の『ゆらゆら★革命』をパーソナリティに招いた放送回だ。
『ゆらゆら★革命』はそもそも、和泉ゆうなと紫ノ宮らんむの『アリラジ』での掛け合い人気に端を発して、結成されたユニット。
なので『アリラジ』で大きく取り上げられるのは当然なんだけど……ファンとしてはこんなに注目されて、嬉しい以外のコメントがない。
「……えっと、遊一くん? まさか、わざわざ最新の『アリラジ』を聴くためだけに、うちに来たの?」
「すみません。俺のパソコンも、スマホも……うちの許嫁が『アリラジ』にアクセスできないように設定しちゃってるんで」
「なんで?」
「こっちが聞きたいですよ……っ! 恥ずかしいって本人は言うんですけど、そんなの……理不尽じゃないですか!! 俺に死ねと言ってるのかと!」
「どっちも極論だね……なんか今、夫婦喧嘩に巻き込まれてる気分なんだけど」
もちろん俺だって、鉢川さんに申し訳ないって思わなかったわけじゃない。
だけど、結花と同居してることを知らないマサのところに行けば、「なんで家で聴かねぇんだ?」って詮索されるリスクがあるし。
唯一、学校で事情を知ってる相手とはいえ、二原さんの家に行くのは、色々駄目だし。
そうなると、もう――事情を知っていて大人な対応をしてくれる、鉢川さんに頼る以外の方法が思いつかなかったんだ。
「っていうか、ネットカフェとか、そういう手はなかったの?」
「……次からはそうしますね」
ごめんなさい。焦って色々考えてたら、人の家で聴く以外の選択肢が抜けてました。
「ボーリング? デートにしては、ちょっと大掛かりじゃないですか? ……あ、ボウリング、ですか。すみません、石油を掘るのかと――でる役の『掘田でる』でーす。こんにちアリスー。今日はわたしが司会進行らしいけど……スタッフさん、鬼なのかな?」
アリスランキング十八位、石油王の家庭に生まれた、癒やし系アイドル・でるちゃん。
その声優である『60Pプロダクション』所属――掘田でるは、やさぐれた声で言った。
半分くらいネタなんだろうけど、半分はガチで言ってるんだろうな。
「でる、『九割ガチで言った』って言ってたなぁ。苦労掛けてるからね、でるには」
内輪の鉢川さんから、補足が入った。
オーディオコメンタリーかな? いつの間にか缶ビール、三本目に手を掛けてるけど。
「はーい、ってなわけで。なんか毎度、見届け人みたいな感じで来ちゃったので、今回も招集されましたよ、わたし。それじゃ、さっそく呼んでみますかね――新生ユニット、その名は……『ゆらゆら★革命』!!」
――バックミュージックとして、カラオケバージョンの『ゆら革』の曲が流れ出す。
「らんむ先輩! ユニットを組みますよ」
「ええ、よくってよ……ゆうな」
「「ゆらゆら揺れる灯火みたいに、アリスアイドルに革命を――『ゆらゆら★革命』、オンステージ!」」
パチパチパチと、俺はノートパソコンに向かって盛大な拍手を送る。
後ろで鉢川さんはどんな顔をしてるんだろうとか、気にしちゃいられない。
「はーい。ってなわけで、『アリラジ』発の新ユニット『ゆらゆら★革命』の二人を紹介しますー」
「ユニット? かまわないけれど……生半可な覚悟で、私の隣は務まらないわよ? ――らんむ役、『紫ノ宮らんむ』よ。今日はありがとうございます」
「ユ、ユニットですか!? が、頑張りますよ、だってゆうなは――みんなと一緒に、笑いたいから!! ――ゆうな役、『和泉ゆうな』ですっ! 呼んでいただいて、ありがとうございます!」
『六番目のアリス』――『アリステ』人気六位の、クールビューティ・らんむちゃん。
アリスランキング三十九位(俺内では圧倒的一位)。天真爛漫で天然だけど、ただひたすらに可愛いを擬人化したかのような神話のごときアイドル・ゆうなちゃん。
そんな二人のキャラを演じる声優――ストイックでクールなキャラの紫ノ宮らんむと、元気いっぱいだけど天然ドジっ子キャラの和泉ゆうな。
『60Pプロダクション』の先輩・後輩コンビが登場して。
今回の『アリラジ』は――波乱と革命が渦巻く神回になるだろうなって、俺は静かに確信した。