第13話 「あ、これ永眠するな」って起こし方の特徴 2/2
てなわけで。
取りあえず結花のリテイク希望を呑んで。
俺は再び、布団の中で目を瞑って待機していた。
「……なんでこんなことに……」
起きてるのに、もう一回寝るという、なんとも言えない状況に思いを馳せていると。
――――ガチャリ。
部屋のドアが開く音が聞こえた。
そろそろと、結花が近づいてくる気配を感じる。
耳元にかかる吐息。
そして。
「……お兄ちゃん、起きて? 遅刻しちゃうよ?」
想定外のセリフに、俺は布団の中でむせ込んだ。
上体を起こして息を整えつつ、結花の方を見る。
「あ、起きた」
結花が嬉しそうに笑ってるけど、笑い事じゃない。
「なんでお兄ちゃん?」
「アニメとかだと、朝起こしにくる鉄板は、妹キャラでしょ? えへへっ、お兄ちゃんって呼ぶの、なんだか新鮮」
だけど、その後すぐにハッとした顔になって。
「あ、そっか。ごめんね遊くん。遊くんには那由ちゃんがいるもんね……妹が起こしに来るのは、そんなに新鮮じゃなかったか」
「いや、そういうことじゃなくって」
ちなみに那由は、さっきみたいな起こし方はしない。
というか那由の方が寝起きが悪いから、俺の方が起こしてた。
そして起こすたびに、舌打ちされてた。理不尽。
「ごめん! もう一回、リテイク!!」
「遅刻するよ!?」
「次が最後だから! ちゃんと夫婦ってことを踏まえた上で、萌える起こし方をやらせてくださいっ!!」
両手を合わせて、懇願するように頭を下げる結花。
あぁもう。そこまで頼まれたら、断りづらいって……。
そして流されるままに、俺は布団の中で目を瞑る(本日三度目)。
「……遊くん? 起きないと遅刻しちゃうよー?」
少しの間を置いて、結花が呟くのが聞こえた。
しかし――夫婦を踏まえた上での起こし方って、なんだ?
まったく想像がつかないんだけど。
――――と。
俺の耳元に、結花の唇が近づいたのを感じた。
鼓膜をくすぐる、結花の温かな吐息。
そして、すぅっと……結花が息を吸い込んで。
「――起きてくれないと、キス……しちゃうぞ?」
ぞくぞくっと、俺の脳内を電流が駆け抜けていった。
え、キ、キス!?
そっか……マンガやアニメの話だとばかり思ってたけど。
俺たちは、許嫁なわけだし。
そういうの――あり、なんだよな。
結花のぷるぷるした、ピンク色の唇を思い出す。
甘くとろけそうな感触。小さく漏れる結花の吐息。
そして、俺と結花は――――。
「……お、起きない!? え? え? キ、キス……するよ!?」
俺の肩を掴んだ結花の手に、ぐっと力がこもったもんだから。
俺は慌てて、布団から跳ね起きた。
「あ。お、おはよ遊くん……」
「う、うん……」
俺と結花は、じっと見つめ合う。
そして……結花がふっと俯いて。
「あ、えっと……今のは萌える起こし方をやったわけでして……本当にキスは恥ずかしいので……期待させてごめんかもだけど……」
もじもじとする結花。
そんな結花を前にして、なんのコメントもできない俺。
「というわけで……以上! 結花の萌える起こし方、でしたっ!!」
結花は恥ずかしさを吹き飛ばそうとしてるのか、はにかむように笑った。
そして、熱でもあるのかってほど赤くなった顔を隠すように、くるっと後ろを向く。
「どうだった、遊くん?」
「んーと……」
俺は言いづらそうに、目覚まし時計を指差す。
「ち、遅刻、しそう……」
「わー!? ご、ごめんなさいー!!」
そうして、バタバタと部屋を飛び出していく結花。
結花がいなくなったところで、俺は深くため息を吐いた。
「……明日からは、アラームをもうちょい早くしよ……」
毎朝こんな起こされ方してたら、頭がどうにかなっちゃうって。
◆
それからの俺は。
毎朝、アラームを早めに仕掛けるようになった。
その結果――。
「もー! なんで今日は、いつもより早いのー!!」
結花が負けじと、アラームより早く起こそうと攻めてきて。
だけど俺は、理性を保つためにも、さらに早くアラームを仕掛けて。
最終的に、五時起きになった時点で。
朝起こしにくるのは、我が家の禁則事項になったのだった。




