9. 寝た子を起こす②
短めです。
よろしくお願いします。
冷え冷えとした空間に、それは安置されていた。
中央の一段と高い祭壇の上、水晶の巨大な結晶から削り出され、清澄な水の張られたそれは柩。
そこから途切れることなくひそやかに溢れでる清い水は、石の床を伝って巡らされた水路へとかすかな音とともに流れこんでゆく。
ゆらめく白い光をその身に纏わせて、つめたい箱のなか、彼女は眠る。
とりとめのない夢をみながら。
長い長い金茶色の髪をその流れにゆるり、ふわりとなびかせて。
───あのひとは、あの子は、どこ?
ときに探しながら。ゆらり、ゆらり。深く、浅く、揺蕩いながら。
───ごめんね。ごめんね。ごめんなさい。
嘆きと後悔を繰り返し。
───ああ、もう、私はもしかしたら。
近づくその時を感じながら。
お茶の後、早くお昼が食べたい!急いで作って!と、マーチャを押し留め、リコが戸締まりの確認を引き受けた。
また思い出していた先程の話し声がなんだったのか、ほんの少しの怖さと好奇心。
塀沿いの狭い路地から前の通りへ回り、店の入り口がきちんと施錠されていたのを確認したあと、リコは再び中庭に戻ってきていた。
少々おっかなびっくりで、ゆっくり近づいて裏戸の前に立つ。
真ん中に小さな曇り硝子がはめ込まれ、所処うっすら塗装の剥げた青い扉は、いつもと何らかわりない。
裏口の辺りを確認するように見まわすと、こわごわ扉の取っ手にその小さな手をかけた。
果たして。
・・・カチャリ。
「あれ?かぎ、空いてる・・・。」
小さく軋みながら扉が少し開いた。
「おじいちゃん、閉め忘れてるよ・・・。」
あっさりと開いてしまった扉にどうしよう、と困惑しながらも、リコはほんの少し開いた隙間からぎこちない動きで顔をのぞき込ませた。
思わぬ事に緊張してくる。
すう、と流れ出る、少しひんやりした空気と、埃っぽいような独特の匂い。
目だけ動かし中を慎重に見まわす。
しんと静まり返った店の中、いつも祖父がいる接客台越しに、背の高い備え付けの棚が並んでいるのが見える。
薄暗いなか、高窓から差し込むほのかな軟らかい光に、ゆっくりと舞う微細な塵がきらきらしていた。
いつもなら、祖父やナルーカ青年が店番をし、日がな一日座って本を読んでいたり、売り物の修繕をしたりしていた。ほんの時たま来る客の相手や、棚の埃取りをしていたりもする。
リコも、よくちょっとした手伝いなどをしているが、一人で店に立ち入った事はなかったのだ。
祖父には、勝手に入るなと口酸っぱく言い含められていたし、無人の店に入り込んだ不届き者がどんな目に遭ってきたか、彼は目の当たりにしてきたはずだったのだが───。
「うわぁ・・・。」
いつもと全く違う様子に小さく感嘆の混じった声をあげる。誰にも秘密の場所をのぞいてしまったようで、わくわくした。
気を付けていたつもりだったが、思わず身を乗り出してしまい更に扉を押し広げ、つま先がほんの少しだけ、店の中にはいりこんでしまった。
その瞬間。
見えない何者かに、襟元をむんずとつかまれ思い切り引っ張り込まれた。
「へあっ!?」
咄嗟の事に反応出来ず、間抜けな悲鳴を上げながら前のめりに転がり込む。ついでに、床板に強かに額をぶつけた。
ごつん!!
ばたん!!
同時に大きな音をたてて、背後で扉が閉じられた。
目から火花が散る。
ぶつけた額が、ずくんずくんと脈打って、耳まできんきんする。おまけにどうやら鼻の頭も擦りむいたらしく、ひりひりしている。
「うう~っ・・・。」
あまりの痛さに動けず、亀のように丸くなり這いつくばって半べそをかいてしまった。
すると。
「ひゃひゃひゃひゃひゃ!」
「コロンダネ~。」
「いたい?」
「泣いてるよ。」
「まぁ、可哀想に。」
「まごがきた!まご!」
「リコリコリコリコ~。」
「早く早く。」
「あそぼ。」
「あいつを起こせ!」
「駄目だ。」
「面白いことになるよ。」
「止めろ!」
声、声、声。
その他にも、何だかよく分からない、キイキイだのピーピーだのギャウギャウだの、とにかく言い表せない様々な音がない交ぜに聞こえてくる。
姿の見えない大勢の“何か”に取り囲まれていた。
©️2018秋雪
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