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8. 寝た子を起こす

よろしくお願いします!

途中、残酷な描写があります。ご注意ください。


「はい、どうぞ。」


 コトリと優しく目の前に置かれた湯飲みから、ふわりと湯気があがり、丁寧にいれられたお茶のいい香りが立つ。

マーチャの手作りの香ばしい木の実の入った焼き菓子も小さな皿に添えてある。

リコのいちばん好きな味だ。


 やはりこの時間も、いつもは祖父とマーチャと三人で、のんびりお茶を飲んでいる。


 やれ隣の国がきな臭い事になっているだの、市場の野菜が値上がりしただの、どちらかと言えば大人しい子供なので二人の世間話を静かに聴いている事の方が多いのだが、リコはこの時間が大好きだった。


祖父の口の悪さを嗜めるのがいつものリコのお役目なので、今日は何だか物足りなく感じる。


 台所とひと続きの食堂で、マーチャがいれてくれた牛の乳の足された甘いお茶をふぅふぅと冷ましながら、リコは先程の不思議な出来事を思いだしていた。

マーチャとの他愛ない会話も上の空だ。


ぼくの名まえ、よんでたよね・・・。


やはり気のせいだったのだろうか。


近所の遊び仲間のいたずらかもしれない。


古いが、綺麗に磨かれた焦茶色の卓の上、お気に入りの猫の絵柄の茶碗を小さな両手でつつみこんだまま、ぼんやりと考えた。。


 ふと、マーチャに尋ねてみる。

「ねえ、マーチャ、きょうはお店にだぁれもいないんだよね?」

聞かれ、

「そうですよ。ナルーカさんもいませんからねえ。」

「そっか。」

「何かありました?」

お茶をすすりながら、不思議そうに聞かれた。


「ううん。なんにもないよ。たださ、お店をお休みするってすごくめずらしいよね。」


 何となく、さっきのことはうまく言えなくて誤魔化した。

そうですねぇ、とおっとり相槌をうつ彼女に続ける。

「おじいちゃん、何の用事でおでかけしたの?」


「さあ、何でしょうねえ?朝早くにウチによって、今日は留守にするから坊っちゃんを頼むって、そりゃあ慌てて行かれたんですよ、聞く暇もありませんでしたねぇ。」

旦那さん、早起きできるんですねぇ、と此処でも感心されていた。


「ふうん。そっか。」


 何も告げずに出かけてしまうのが祖父らしいが、せめて行き先位は知らせて欲しい。

どうせ彼のことだから、碌でもない用事なのだろうが・・・多少なりとも心配だからだ。


「あれま、旦那さんもナルーカさんもいないから、さみしくなっちゃいましたかね?」

からかうように言われて、


「ちがうよ!へいきだもん!」


ぼくもう六さいだからね!と口をとがらせ少しムキになるリコに、マーチャは明るい茶色の目を細め、そうですか、とにこにこ笑った。


そして急に、あ、と小さく声をあげた。

どうしたのかと聞くと、しまった、という顔をしたナーチャは頬に手をあて、


「いえね、朝、旦那さんにお店の戸締まり見といてくれって言われてたの、まァすっかり忘れてましてね!ちょっと見てきますかね。」


鍵はかけてあるが、念のため確認しておくよう、祖父に頼まれたという。


その時リコはよっこいしょ、と重そうに体を上げかけた彼女に、


「それなら、ぼくみてくるよ?」


何故かそう口にしていた。





───ギルシフ王城・謁見の間。


リ・ムー師は話を戻すべく、呼びかけた。


「おい、ラウィード。」

やはり王陛下まで呼び捨てである。


 その側らの宰相が、眉根を顰めようやっと今頃になって苦言を呈した。

「リ・ムーよ。無礼がすぎますぞ。」


やっと魔力の威圧から解放され、落ち着いた様子。


 リ・ムーから見ても大分老齢の彼は、魔力は無くともその能力だけでこの地位まで上り詰めた切れ者である。先王の代より仕え続けている最古参でもあった。


「へいへい。細かいこと気にすんな。禿げが増すぞ。」


事もなげに言われ、老宰相は、胃の辺りをさすった。

「まったく。誰のせいだと・・・此方の身にもなってみよ。毎度、無駄に威嚇しよってからに。この身にはきついと言うておろう。阿呆が。」

己の顔をつるりと掌でひと撫でしながら、溜め息と共にまったく、と独り言ちた。


 こちらも付き合いの長い人物で、リ・ムーの無礼に苦言を呈すのはいつもの事だった。


「ま、挨拶みてぇなもんだ。」


「そんなもんはいらん!」


その二人のやり取りを見目麗しい主君は壇上からくすくす笑いながら眺めている。


 ふがふがと抗議を続けようとする老宰相を尻目に、それより、と王に尋ねる。


その声音は固いものになっていた。

「あいつが生きてるってぇのは、どういうこった?」


 聞かれ、いまだ頬杖をついていた若き王はふむ、と小さく息をつくと優雅な仕草で足を組みかえ、ゆったりと玉座に体を預けなおした。

緩くうねる白銀の髪がさらりと揺れる。


「───あの時は、現場は確認したけれど遺体()()()()は見つからなかったのだろう?」


真っ直ぐにリ・ムー師を見やった。


「・・・・・」

言われ、過去の出来事を思い出す。


おびただしい血痕。

その場に落ちていた人間の片腕。

酷い惨状であった。

特徴から、確かに彼の身体の一部だと断定したのは他でもない自分であった。


それでね、と彼は続ける。

「この間、お隣で彼らしき人物を見たと報告があがってね。」

「隣?」

「そう。ティカゾワで。」


王は頷き、視線をマルーリアに向け、促す。


「ええ。彼を見かけたのは私よ。」

先程とはうって変わった硬い表情で、彼女は応えた。

その瞳には不安の色が浮かんでいる。


 それはつい先日のことだった。

近頃頻繁に起こされるティカゾワの国境侵犯へギルシフから正式な抗議のため部下と共に首都ウルヴルを訪れていたときのこと。

そこで件の男を見たのだという。


再び、ざわり、と空気が揺らいだ。


「多分、間違いないわ。彼だと思う。」


それは、リ・ムーとの間に禍根を残す人物。


袂を分かった、嘗ての一番弟子であり、彼の一人娘を失う最大の原因となった男。


───八年前、このギルシフで“黒き厄災”と呼ばれる大惨事を引き起こした張本人であった。



        



         

          ©️2018秋雪

ありがとうございました!

次話もお付き合いいただけたら嬉しいです。

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