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5. 呼び声と天敵と

読んでくださってありがとうございます!

 

────ぉお──ぃ───────────


──────ねぇ─────ねぇ─────


「ん?」


────ホラ!──あははは────  


遠くなったり、近くなったり。

沢山の人のざわめきのような、唄うような、こちらに呼びかけているようにも聞こえる。


「??」

きょろきょろと辺りを見回していたが、ふと気付いた。


 リコは家の方向を見ていたが、その声はちょうど背後から聞こえてくるようだ。


そろりと首をまわす。


────きがついた?こっち、こっち!


──────オイ!───オーイ──────


振り向いた瞬間に───ぴたり、とそれが止まった。


リコは目を瞬かせ、ぶん、と前に向き直りもう一度、辺りを見回す。

中庭の景色はいつもと何ら変わりはない。


そら耳かな?


 背をもたれていた木から体を離して、再び後ろをそうっとのぞき込む。

ばさり、と膝から本が滑り落ちた。


「・・・・・」



──ふふふ───ミタミタ──こっちみたよ──!


気のせいではない。


・・・・やっぱり、聞こえる。


ひそめられた話し声。そして────。


───りこ──てんしゅの──マゴ────

───ぐれい・・べ・・のき・・しょ───

───こ・・じゅ・・の・・けい─しょう───このコドモ──が────


途切れ途切れに耳に入りこんでくる声の合間に確かに聞こえた、自分の名前。



 今まで聞こえていた鳥の囀り、草木のざわめき、虫の羽音。周りでしていた物音が急に遠ざかり、きぃんと耳鳴りがしだした。

ありとあらゆる色彩が消え失せ、視界に入る全てのものが灰色一色に染まる。

鼓動が速くなり、固まったように体が動かせない。


その声だけが、やけに頭の中に響いてくる。



──リコ──リコ、コッチ───ダヨ──。



 振り返ったままのリコの視線の先には、いつもの見馴れたその扉があった。

灰色の世界の中、褪せてぼやけた青色だけが何故だか鮮やかに映っていた。



────おいで、おいで。


────こっちに、おいで──リコ───。



 




─────バ───ン!!!


勢いよく扉が開かれた。

皆が一斉に振り返る。


ぱあっと花が咲いたような、明るく朗らかな声が響いた。


「あらあら?どうなさいまして?皆さまお顔色が宜しくないようね?」


 此方はギルシフ王城、謁見の間。


 ご機嫌よう、とその女性は広間の異様な空気に全く頓着する事なく、未だ固まる面々をそこから見わたすと艶やかな微笑み浮かべながら軽やかに中へと進み入った。


 場に揃う錚錚そうそうたる顔ぶれには、全く臆することもなく振る舞う彼女は、余程高位の者なのだろう。


 人垣がすぅ、と割れてゆく。男達は一様に、目の前をゆったりと過ぎるその婦人へ敬意を表した。


 若かりし頃はさぞやと思わせるかんばせは、歳を経てなお人の目を引きつける魅力に溢れている。

目尻の小さな皺も愛らしい柔らかな笑みは、見る者をほっとさせる温かさがあった。

その様子に、ほぅ・・・、と四方からため息が上がる。


歩を進めるたび、さらりさらりと広がる裾の衣擦れの音と、ふわりと嫋やかな花の香りが匂いたつ。


 薄絹を重ねた黄蘗色(きはだいろ)の落ち着きのある衣装を身に纏い、白銀色の豊かな髪をを小粋に結いあげた佳人であった。


───助かった・・・。

それまでの空気が一変し、一同は安堵の息をついた。


ただ一人を除いては。


つい先程まで周囲を威嚇し竦ませていたその人物は、うって変わって気配を消し、そろりと動き始めていた。



────あ、逃げ始めた・・・。


 皆、黙って見て見ぬふりをしながらもなお且つ、その変わり様をさりげなく、だがしっかり観察していた。


壁際に控える騎士達にはその様子がよく見てとれる。

────すごい逃げてる・・・。


 白を基調とした明るい色目の衣装を纏う者が多い中、煤色すすいろの布の塊が、音も立てずにソロリソロリと移動してゆく。

滑るように静かだが、それはかなり目立っていた。


背後も見ることなくスルスルと、居並ぶ人のすき間をぬって鉢合わせぬよう端へ端へと後退る。


────器用だな・・・。

皆が揃って感心した。


それに気付いているであろうに、この部屋の主は、

「おや。丁度よいところに。」

 壇上から、おっとりとその貴婦人に声をかけた。


 広間の奥、正面に玉座を見上げ、彼女も更に笑みを深めた。その瞳も、澄んだそして深い翡翠色。


つい、と優雅に膝を折り流麗な仕草で淑女としての最敬礼をとる。

「陛下におかれましてはご機嫌麗しゅう。命によりこのマルーリア、馳せ参じました。」


淀みなく口上をのべ頭を垂れる淑女に破顔して、

「いやだなぁ、叔母上、顔を上げて下さい。僕と貴方の仲でしょう。堅苦しいのはなしですよ?」

「ふふ。そうね、ラウィード。相変わらずそ

うでなによりだわ。」

にっこりと視線を交わし合った。


「あなたも、変わらずお美しい。」

「まあ、嬉しいわ。」


うふふ、あははと笑い合う二人。


かたや、一気に緩んだ空気の中、いつの間にやら扉まで辿り着き、その場をひっそり立ち去ろうとする影。


しかし、その背後から、


「あら、ご機嫌よう。どちらへ?お話しはお済みですの?リ・ムー師?」


───麗しい声がかかった。








         ©️2018秋雪 

おつきあいくださりありがとうございます。

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