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2. 留守番とお気に入り 

すみません、先日一度に2話分投稿してしまい、分割しました・・・。


 リコが目覚めたとき、祖父はすでに出掛けてしまった後だった。


眠い目をこすりながら隣の寝床を見ると、大抵は前の日と同じ服のまま、寝相悪く高いびきで寝こけているはずの祖父の姿がなかった。


祖父は宵っぱりで毎晩のように酒をのむ。横丁の愉快な飲み仲間達とすぐ近所の飯処兼飲み屋でドンチャン騒ぎのこともある。


夜更かしのせいで普段なら布団を剥ぎ取り寝台から蹴落とす勢いでしつこく起床を促さなければ、絶対に昼過ぎまで起きない彼にしては、非常に珍しいことだったのでリコは少し驚いた。


 マーチャに反面教師よろしく早寝早起きをきちんとしつけられているリコは、毎朝己が祖父との小さな攻防戦に苦心している。


生活の乱れは心の乱れ。規則正しく健康な生活が1番、と酒好きな祖父の身体を気遣い、下手をすれば好き嫌いが多く食事もまともにとらないリカムの世話をせっせとしている、健気な孫なのである。




自分で起きられるんならいつもちゃんと起きたらいいのにな・・・。


毎朝毎朝、祖父を叩き起こすのに苦労しているリコは寝癖のついた頭でぼんやりしながら、ほんの少しだけ遠い目をして隣の空の寝台をしばし眺めていた。


いつもより早くに来てくれていたマーチャによると、祖父は夕刻までにはもどると言っていたそうだ。店主が不在の折に店番を頼まれるナルーカ青年も今日は来ないので、店は休みだという。

 いつもテーブルまで引っ張られてきて目が覚めるまでしばらくは、あー、だのうーだのしか言わなくても、必ず一緒に食卓を囲む祖父が居ないのは、すこし寂しい。


食べこぼしやら行儀の悪さで幼い孫のほうに手を妬かせるダメ爺さんだが、いないとなるとやはり心細い。


思えば物心ついてから、朝から顔も合わせないのは初めてのことではなかろうか。




 すぐ横の台所で片付けものをしているマーチャと他愛ない話をしながら、それでも味気なく感じる朝食をいつもより長い時間をかけてとった。

その後きちんと一人で身づくろいをすませると、部屋の掃除に取りかかり始めた彼女に声をかけてからのんびり歩いて近所の小さな噴水広場に顔をだす。


そこは幼なじみとの集合場所になっていて、横丁に住むリコと年の近い子供達は大抵いつもここで遊ぶのだ。だが今日に限って仲間達は皆、それぞれ家の手伝いなどの理由で早々に解散してしまった。 


どうしよう。


 友人達と声を交わして別れるとしばらく、俯きながら、人通りの未だ疎らな横丁の表通りを小石を蹴り蹴り家まで戻った。


いつもならこんな時、祖父か、たまの店番で来ている青年の後をちょこまかとついてまわり何かしら手伝いをしたり、構ってもらえたりするのだが、生憎その2人が不在である。退屈だし、無性に寂しくなってしまった。


 リコは六歳になったばかりで祖父との二人暮らし。父と母はいない。

詳しいことは知らないが、彼が生まれてすぐに亡くなったらしい。らしい、というのは、はっきりと聞いたことがないからだった。

尋ねると、リカムにうまくはぐらかされてしまう。

最初からいないならそれが当たり前なので、両親がいなくても寂しいともあまり思わない。

 だからリコが家族とよべるのは、祖父のリカムと遠縁にあたるナルーカ、それからリコが赤ん坊の頃より面倒をみてくれているお手伝いのマーチャだけである。


 偏屈でぐうたらでだらしなく、主に孫に世話を焼かせるリカムと、兄のように慕う人の好いナルーカ。マーチャは料理上手で肝の座ったおばさんだ。


 家にたどり着くと、マーチャは今は竃の灰掻きで忙しい様子。

灰が舞って坊ちゃんが汚れてしまうから、とやんわりと追い遣られてしまった。

竃の掃除が終わったら、昼にリコの好きな挽き肉のパイ包みを焼きますからねと聞いて、だいぶ気分が持ち直す。


 昼時までには、まだまだある。暇を持て余したリコは、庭先で時間を潰すことにした。


 店と住まいの間にはささやかながら庭がある。

季節ごとに咲く素朴な花や数本の植栽があり、天気のいい日はよく草の上に寝転がり、空を眺めていたりする。


 手元にあるのは、分厚く重みのある古めかしい鉱物図鑑。これは祖父個人の蒐集品でリコのお気に入りの1冊でもある。

 金の箔打ちと渋い色使いで繊細な丁装が施されていて、しっとり深みのある濃茶色の革表紙にとても映える。


飾り文字も美しく、腕のよい職人の手によるものなのだろう。中の絵も緻密で色彩豊か。ここに載っている数多の鉱石が、磨かれてキラキラとした美しい宝石になったり、道具や武器の材料であったり魔導師の魔力の触媒となる魔石になったりする、らしい。


 頁を捲ると、本がリコに語りかけて来るような気がする。

難しい文字はまだ読めなくても、見ているだけでわくわくしてくるのだ。 

祖父も大切にしているので、なかなか触れさせてもらえない。だからこんな機会は滅多にないのだ。

勝手に彼の私室から持ち出したのが知られたら───拳骨をもらうだろうけれど。


 夏の初めの薄曇りだが心地よい天気。新緑の匂いを吸い込んで、リコは庭木の根元、柔らかな若草の上に腰を下ろす。

きれいで「おとなしくて」、ほんとに「お行儀のよい」本だ。 

にっこりして、小さな手でそっと表紙をなでた。


リコの淡い金茶色の髪をふわりと風がなでつけてゆく。


満足げに小さなため息をつき、大切に膝の上にのせた本をゆっくりと開こうとした。






        

        ©️2018秋雪

続きと思って読んで下さった方、申し訳ありません!!


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