1. 戸締まりはしっかり確認しましょう
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「───あれ?かぎ、あいてる・・・。」
その日は、店主のリカムが珍しく急な用向きで朝も早くから留守にしていた。
いつもなら代わりの店番を任される親戚のナルーカという青年も都合がつかず、来られなかった。
いつも閑古鳥の鳴く開店休業状態、それでもなぜか年中無休───果たしてこれで商売が成り立っているのかは首を傾げるところである───が常のこの店にはめったにない休店日となった。
普段のぐうたらぶりに反して何故か戸締まりにだけは用心深い店主だが、めずらしく店の裏口の鍵をかけ忘れていた。それほど慌ただしく出掛けたのだろう。
それは取り扱う品物の「性質上」あまり宜しくない状況である。
取り扱っている商品の中には非常に希少価値が高く、蒐集家や実際に商売道具として使いこなす者によってそれは高価な値で取り引きされるものもあるので、コソ泥やら窃盗団やらに狙われ易い店ではある。が、盗みの類の心配というなら、全くと言っていい程ない。但し、「主」や「店番」の不在時にうっかりにしろ故意にしろ入り込んでしまった者の身の安全が、全く保障されない物騒な環境なのである。
以前盗みに入り込んだ不届き者数名は次の朝、心身共に衰弱し全くの無傷であるにもかかわらず、痩せ細り瀕死の状態で倒れていた。さして広くもない店の中は何一つ手付かずのまま。
それを朝一番に見つけた店主は舌打ちし、至極うんざり顔で面倒くさそうにそれらをつま先でつついた後、近所のやぶ医者の手配をしていた。
またあるときには入り込んだはいいが、絶叫しながら店の裏手にある住居に逃げ込んできた輩もいた。
真夜中に戸口を壊さんばかりのい勢いでぶち当たり転がり込んで来た挙げ句、何やら訳が分からないが泣き喚き続けている。
酒を飲んでいてごきげんに酔っぱらっていた店主も瞬時に酔いが冷める程だった。その彼の孫にとっては安眠妨害もいいところで、何事かと飛び起き祖父の居る小さな台所兼食堂へかけ込んだ。
髭面のむさ苦しい中年男が涙鼻水涎を垂れ流し蹲り、幼子のようにしゃくり上げる姿は異様であった。
だがそれを見て最初はあんぐりと口を開け固まっていた幼い孫息子は、だんだん可哀相になってしまい、しまいには優しく背中を撫でさすりなだめ、よしよしと本気であやしてしまう程だった。
一方側らの祖父はフンと盛大に鼻をならし、そんなもん放っとけ!!と不機嫌に酒をあおり続けていた。
こちらも扱いに非常に困り、魔道具からの通報をうけ身柄を引き取りに来た警邏の年若い騎士二人もなんとも複雑な表情をしていた。
後で聞いた話では、精神年齢が本当に幼児にまで後退してしまっており、取り調べもままならなかったとか。
・・・彼らの身に一体何が起こったのか正確には誰も知らない。本当にここの「商品」は質の悪いものが多いのだ。
他にも状況は違えども侵入者が手酷い目に遭い発見されることが度々あった。
口にするのが憚られるような現場だったこともある。
その度に店主は仏頂面でぶつくさ悪態をつきながら、億劫そうに哀れな侵入者達の後始末をしていた。
毎度毎度まともに取り調べもできないような犯罪者なのか、はたまた被害者なのかよく分からない、対応に困る人間を押し付けられる下町警邏の騎士のお方々には、地味に嫌がられている。
唯一の救いは、今まで命を落とした者が一人もいないことぐらいか───そんなことが度々あって“リカムの店”は下町界隈のその筋の者達から、手を出すと洒落にならない事態になると認識されるようになったらしい。この所は静かなものだった。
店主とその孫が2人きりで暮らすこじんまりとした住居には、近所から通いで来ているマーチャという家政婦がいる。
彼女は朝、急ぎ出かける雇い主より店の「外側から」戸締まりの確認を頼まれていたが、滅多にないことなのでそれもうっかり後回しにされていた。
そして、その裏戸の鍵の掛け忘れに彼の孫が気付いてしまった。
その店の裏口───ここは小国ギルシフ王都の外れ。多種多様な人種に様々な商人・職人達の専門店がひしめくように軒を連ねる、下町土竜横丁の一角。
“デルシュビア魔道古書店”の。
©2018秋雪
呼んで下さった方に感謝を!!!