のろいのいずみ
第二十八回開催は3月17日(土)
お題「変わってるっていいと思う」/光
3月14日は国際結婚の日、3月18日は精霊の日です。
皆様の参加をお待ちしております。
作業時間
3/17(土)
18:35〜19:19
「どうしてわたしをいじめるの?」
その少女の第一声はそれだった。
森深く木々が身を寄せ合うそこには、人の出入りを慎重に、厳重に拒んでいた。時には魔物が棲まうと恐れられ、時には神が住まうと畏れられた。
そんな中、一人の青年が森の中を彷徨い歩いていた。青年は、旅をするには軽装で、足は編み上げたサンダル、服は薄い綿の上衣と、麻の下衣という出で立ちであった。手には杖を持ち、背と腰には獣の皮で拵えた荷入れを。ふらり、ふらりと歩いてゆく。
時折、周囲を見回しながら何かを探しているようであった。やがて青年はその森の中で小さな泉を見つける。
青年は歩み寄り、その水を掬って掌に零す。泉の底は深くなるにつれて、薄青になり、泉自体が光を持っているようであった。青年は掬った水を口に含む。
腰の荷入れから小瓶を取り出すと慎重に泉の水を中に入れた。青年は身を翻したが、今しがた汲んだ泉の方からか細い声がした。振り返ると、光のヴェールのような薄布を纏った、あどけない少女がそこに居た。
少女は泉の汀に立っていて、白い肌、周囲に溶けてしまいそうな程透き通る白金の髪、それに泉と森を切り取ったかのような緑と青、左右、違う瞳の色をしていた。
「どうしてわたしをいじめるの?」
銀鈴の鳴るような、か細い、けれども美しい声だった。少女は人の半分位の大きさしかなく、一見すると子供のようだった。
「妖精……!」
青年は驚倒し、後退った。幻を見ているような気もして、目を何度も擦った。けれども、少女、妖精はそこにいる。
「本当に、いたんだ」
青年は妖精の美しさに見蕩れていたが、急に気を引き締めて言った。
「ここはもう、人に知られた。だからお前はお逃げ」
妖精は悲しげに微笑んだ。
「いいえ、いいえ。わたしは泉の精。ここから逃れることはできません」
妖精は目を閉じ、長い睫毛の先を震わせた。
「やがて人の子がこの泉を見つけて、略奪が始まるでしょう。あなたがここに辿り着けたのなら、他の者にだって可能なはず。お行きなさい。間もなくわたしは消えるでしょう。アクア・ヴィタエもただの水に戻ります」
妖精はそう言うとさめざめと泣き始めた。少女の零した涙はきらきらと森の光を反射し、翠玉となって落ちてゆく。
青年は少女に歩み寄ると、その細い肩に手を載せた。
「ぼくは君に恋をした。その可憐な姿に見蕩れてしまった。君を愛しても、いいかい」
少女は顔を上げて、青年を見た。気付くと青年は荷入れから小刀を取り出して喉許にあてがっていた——。
泉の水に、紅の線が幾筋もたゆたう。
その泉の水を飲んだものは、呪いに掛かる。妖艶な美少女に心を奪われ、常世へと連れて行かれる。
青年はその呪いに掛かり、少女に常世へと連れて行かれたと。その泉の水を求める者は、今は居ない。
泉の汀に青年と少女がふたり。睦まじく暮らしていた。
「あの時ぼくが命を絶った事は間違っていなかった」
青年は少女の手を取り囁いた。
「変かな」
少女——今は泉の主であり、妻である——は、首を振る。
「変わってるって、いいと思う」
今日も青年と少女は泉の汀で飽くことなく語らい合う。