4 出来すぎた罠
玲子に血圧を測られた後は、ソファーに身を預けたまま動くことができなかった。
いつのまにか火のついたロングピースを口にくわえている。
事を終えてベッドに横たわる感覚。最後に味わったときを覚えていない。
「まずは、血圧を」 彼女の言葉が耳を離れない。「次」に用意されているのは、
採血かレントゲンかCTか、それとも心理テストか。
考えを巡らすのには二本目のロングピースが必要だ。
テーブルの上から指で挟み、据え置き型の重いライターを両手で掲げる。
着火しようとしたそのとき、三木三郎が部屋に入ってきた。
ノックをしないのは許すとして、問題は玲子が消えた扉から現れたことだった。
タイミングからして、三木と玲子が言葉を交わしたのは間違いない。
それだけならまだしも、肉体的な接触の可能性が頭の血を沸騰させた。
気を取り直して三木に目をやると、無断でタバコに手を出すな、と顔に書いてある。
無視して着火し、大きく吸い込んだ煙を最大限の風圧で吹きつけてやった。
最上級の快楽だ。
意外にも三木は微笑みながら、お行儀よく身の前のソファーに腰かけたる。
気味が悪い。
ひどい風体を除けば、ホストクラブの雰囲気が漂うのは気のせいか。
「あれですなぁ、城島さん。もし今後、病状回復に努めたいなら、
二通りの方法がありますなぁ。」
「二通りといいますと?」
「私が勤務する精神病院の外来にいらっしゃるか、
もしくは、この教会で牧師の私と会うかのどちらかですが、いかがでしょう。
もちろん後者をお望みなら処方箋は出せませんから、
そこは主治医の先生にお願いすることになりますね」
「あのぉ、その場合はカウンセリング料のようなものは・・・」
「それ点はご心配なく。あくまでも寄付というかたちで皆さんの意思に
お任せしていますから」
危ない。心配ないわけないだろう。
三木がどんどん饒舌かつ親身な営業口調に変わっていくのを
見逃すわけがない。
ここは冷静沈着に対処しなければ、取り返しがつかないことになる。
過去の経験からも明らかだった。
頭のなかで緊急警戒警報が鳴りっぱなしだ。
「寄付の金額は、千円の方もいらっしゃれば、十万の方もおられます」
たたみ掛けてきた。「十万」の声に若干ではあるがアクセントを感じる。
もはや玲子への執着を拭いきれない。問題は、訪問一回あたりの金額である。
それによって治療方針が大きく変わるのは明白だ。
もちろん、今日も寄付金を置いていかなくてはなるまい。
その金額は次回以降、下回ることのできない。
(つづく)