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02


 ふりかえり、メンバーを見つめる。

 このまま進むと、多くが死ぬが、ケートとマフユだけが残る。

 どういう物語が、このなかで紡がれた結果かはわからない。

 だが、彼らふたりが大きく関与する物語ではあるのだろう。


「やめておこう」


「……え?」


 一同の視線は、セーブ屋が屋台を引いて消えた虚空から、チューヤに引きもどされる。


「この先に行くと、ろくなことがない、ような気がする」


「どういうことだよ?」


「多元宇宙か。並行世界の確率を見てきたな」


 ケートは真相を察知している。


「え、わかるの、ケート」


 チューヤの世界の主人公は、その世界の理解を仲間に依存する。


「宇宙は無限にあるんだ。そのひとつひとつを、われわれは選択しつづけて生きている。その可能性の濁流の一筋を選ぶのに、助けになる方法を考え出そうという輩がいても、不思議はない」


 天才数学者にとって、この手の概念は自家薬籠中の物だ。

 ──失敗したらやり直す。ただのセーブ、と言い換えることもできる。

 とはいえ、自分自身がやり直すことはできない。

 別の並行世界に住む、別の自分に対して、そういう可能性もあるのだと助言できるというだけのことだ。


 まちがったらやり直せばいい? 否。

 そんなに人生は甘くない。

 だからセーブ屋は「書くだけ」なのだ。


 目のまえの現実をやり直させることなど、けっしてできはしない。

 だが、その現実をかつて体験した人が、無限にある並行世界のどこかにいて、その人の残した忠告を伝えることくらいは、できる。

 いずれはチューヤも、その無限の並行世界に対して、助言になる言葉を残せるかもしれない。

 セーブ屋は、そのためにある。




 この先へは行かない。

 ならば、どうするか。


「うちに来いよ。パパの主催で、ささやかなパーティがある」


 ケートが代案を提出してくれた。


「パパ? ケート、たしか一人暮らしだろ。帰国してるの?」


「ああ、いや、本当の父親じゃない。みんながそう呼ぶんだよ、彼のことを、ラーマパパってな。ボクの後見人みたいな感じで、近所に住んでる天文学者だ」


「お邪魔していいの?」


「サアヤはきのう、誘った。鍋のあと連れて行くつもりだった。どうせチューヤもついてくるだろうと思って、勘定には入れてある」


「そりゃどうも」


「オレたちもいいのか?」


 リョージが言った。

 ケートはめんどくさそうにふりかえって、


「ま、いいだろ。無駄に広い家だからな。プラネタリウムもあるんだぜ」


「それね! きのう聞いてから、楽しみなんだよね。ロマンチックだよねー星空」


 サアヤはノリノリで、アホ毛をぶんまわしている。


「ラーマパパ、ですか」


 しばらく考えていたヒナノは、つづけて言った。

「わたくしも、お邪魔してよろしいのね?」


 ケートは一瞬、間をおいてから、


「まさか、お嬢が来てくれるとは思わなかったよ。よろしければ、どうぞ」


「しかたないな。サアヤが行くなら付き合ってやるか。うまいもの山盛りで用意しとけよ」


 サアヤの頭を抱き寄せて、当たりまえのように言うマフユ。


「……おい、蛇。だれがおまえを招待した」


「ああ? ひとりだけ仲間外れにしようってか?」


「だれが仲間だ!」


「まあまあ、ケート。このさい、ひとり増えるも5人増えるも同じだろ。ここでマフユだけハブったら……いろいろあるぞ」


「……ふん。勝手にしろ。ボクの家じゃないしな」


 めんどくさくなったケートは、さっさと状況を受け入れた。

 意外な展開で、意外な場所へ。




 この6人が、同じ電車に乗るのは、もしかしたらはじめてかもしれない。

 騒がしい高校生たちの周囲には、自然に空間が空いている。


「なんか腹減ったな。本来、もう食ってる時間だ」


「どういう腹時計だ。だから鳴らすな、腹を!」


「もう、しょーがないな、フユっち。おせんべ、食べる?」


「おう、さすがサアヤ!」


「みんなもどうぞ」


「車内で飲食はお控えください!」


「ふーん、草加せんべいか。ばりぼりばり」


「ばりばり」


「むしゃむしゃ」


「無視すんな!」


「なんでせんべいだよ。年寄りか」


「サアヤんちの実家が、草加なんだよな」


「よくもらってくるよー」


「ダサイタマらしい雑な土産だ」


「草加ばかにしないでよ!」


「そうかそうか。ばりばり。なんだよ、ただのせんべいじゃないか」


「だからせんべいだって言ってるでしょ」


「地名をつけるくらいだから、なんか特殊なせんべいかと思うだろ」


「このまえ、リョージがせんべい汁なんかつくるから、ケートが、せんべいに対して変なイメージを持つんだぞ」


「す、すまん。たまたまお土産にもらってな、南部せんべい」


「謝ることないよ、わるいのはケーたんだし」


「はいはい、すいませんでした。ただの醤油せんべい、おいしいな!」


「そーいやさっき、セーブ屋の人に、磯部せんべいもらったぞ。これなら、ケートも満足じゃないかな」


「磯部せんべい?」


「牛乳に漬けて食うとうまい、と変な群馬の人が言ってた」


「変な人の意見に従うなよ」


「いやケートにピッタリかと思って」


「否めないな。牛乳だいすき」


「それにしては身長伸びないな」


「そこになおれ、たたき切ってくれる」


「ぱりぱり……。なるほど、牛乳に合いそうだな」


「ふやけた感じがいいかもね!」


「ぱりぱりが好きな人もいるぞ」


「てか、チューヤも食ってんじゃん」


「常識的な飲食はよろしい。そもそも車内でお食べくださいと駅弁を売ってるわけだし、対面シートにはテーブルもあるわけだから。お菓子類は、まあOK! 満員電車で幕の内弁当を食うとかはダメ!」


「映画館では、せんべいこそNGだぞ」


「場所によるよね!」


 騒がしい一行の車内作法に口出しできる一般人などいない。

 電車は淡々と進み、会話も転々と転がる。


「で、ケートとサアヤはきのう、なにしてたの?」


 聞き捨てならない、と乗り出したのはマフユ。


「あ? クソチビ、あたしのサアヤを、なに勝手に連れまわしてんだ」


「おまえんじゃねーよ。チューヤに言われるならともかく」


 マフユはしかたなく、チューヤを引きずってきて、どたまをひっぱたく。


「言ってやれ、チューヤ!」


「あー、ま、そのー、ですね……どこ連れて行ってもらったの? サアヤ」


「しばくぞ!」


「痛っ! だって本人に聞くのが、いちばんでしょ」


「えっとねー、なんかー、ビルがいっぱーい」


 サアヤの頭の周囲には、ぴよぴよとヨタった鳥が飛んでいる。


「アホな子か……。で、ケート、どこよ?」


 そもそもサアヤに地理的な回答を期待すべきでないことを知悉するチューヤは、ケートに視線を転じる。


「天王洲の高級ホテルに連れ込んでしっぽりと……いててて、冗談だ冗談、ばかたれ、本気で絞めるんじゃないよ」


 鬼のような顔で、男たちを絞め殺そうとする大蛇の眼光は鋭い。


「冗談は身長だけにしておけクソチビ」


「殺して皮を剥ぐぞ毒蛇。──とりあえず天王洲の境界の悪魔に、ちょいと話を聞いただけだ。早めに送っていったから安心しろ」


 もちろん、サアヤを知らないところに連れて行ったら、ちゃんと連れて帰らないと大変なことになる。


「ケーたん、車の運転とかしたらだめだよー」


 すこし真面目な顔にもどって、サアヤは言った。

 アホな子にも、倫理というものはある。


「いいだろ。免許持ってるんだから」


 ユナイテッド・ステイツのドライバー・ライセンスは、州にもよるが、基本的に16歳で取得できる。

 仮免は14歳からとれるので、その意味では、ケートは17歳をまえにして、すでに運転歴3年だ。


「日本で運転したらダメでしょう」


 的確な指摘をするヒナノに、


「わかってるよお嬢。酒豪のきみが、日本で飲酒できないのと同じにね」


 論理の力による反撃が刺さる。


「だ、だれが酒豪ですか」


「お酒も16歳からいいの?」


 首をかしげ、問うサアヤ。


「ヨーロッパの多くの国では、そうです。けれどアメリカは、たしか飲酒には厳しいはずですよ」


 ヒナノは言いながら、食わないならくれよ、という顔をしているマフユに、両手の草加せんべいと磯部せんべいを分け与えた。


「禁酒法の国だからな。たしかに、アメリカで飲酒は21歳ってところが多い。お国柄、文化ってやつだ」


「日本においては日本の法律に従う。それが、国際ルールです」


 アメリカ派とヨーロッパ派の見解が噛み合った。


「そうなんだー。ヒナノンって酒豪だったんだー」


「だから、ちがいます!」


 マフユは、ばりばりとせんべいを噛みながら、


「酒なんて、みんなガキのころから飲んでるだろ。うちの近所のクソガキは、中2で禁煙に成功したと自慢していたぞ。吸いたければタカるかパクればいいだけなのに、バカなやつだ」


「バカはおまえだ」


 チューヤたち数人の見解が一致する。


「マフユの周辺社会って、どうなってんのかね」


「教えてやるから来いよ」


 マフユの視線は、深い闇の底から誘いの舌先を伸ばしている。


「ええと、その、また来世ね……」


 チューヤには、行くべき理由があるのだが。

 ──変態加速で知られる川の手線が、加速と同じ4.0km/h/sで減速する。


「千歳烏山、ちとせからすやま。京王線はお乗り換えです」


 そこはケートのホーム。



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