93 : Day -53 : Sangenjaya
三軒茶屋は、おしゃれな街だ。
地図アプリを起動して、目的の場所、株式会社タイタンを探す。
チューヤは、路線図なら全部頭にはいっているが、住宅地図までははいっていない。
「……ここか」
なにも考えず、会社の正面玄関からはいって、受付に来意を告げる。
「室井ですか? 外出していますが」
シンプルに撃沈した。
それ以外のスタッフに会ってどうこうも考えたが、そもそも室井氏にツテがあるわけでもない。
いつもゲームやってます! と突然、訪問されても、相手も困るにちがいない。
大井町まで行く計画を捨て、自由が丘で乗り換えて渋谷、そこからまっすぐ三茶にくるという良識を見せたつもりのチューヤ。
もちろん二子玉までもどって三茶、という最短距離は考えもしない。
帰りは無論、世田谷線だ。揺られ揺られて下高井戸、明大前までもどって吉祥寺、それから西荻窪にもどろうか、という計画だった。
最短距離?
なにそれおいしいの?
周囲をうろついて時間をつぶしてみようか、とおためごかしに理由をつけてみたが、路面電車を見よう! という結論ありきだった。
そもそも悪魔が駅を支配する以上、鉄道周辺は常に危険エリアなのだが……。
だから、世田谷線をうっとりと眺めながら、三茶あたりをフラフラ歩いていた彼が、気が付けば境界の向こう側にいたとしても、むべなるかな。
「ぎゃあぁぁあーっ」
悲鳴。
ハッとして、本能的にナノマシンを起動する。
境界化──先週以来、この「侵攻」の頻度はあきらかに増している。
空には悪魔が舞っている。地上の餌を探しているのだろう。
ここは東京であって、東京ではない。
現世と異界の世界線が交錯し、新たな魔都を形成している。
目線を下げる。そこにも悪魔の群れ。
「行くぞ」
先刻来、古い仲間とはどこかぎくしゃくしているので、チューヤは新しいナカマをつくることに集中した。
一種の現実逃避かもしれない。
途中、おでんの屋台のまえで行き倒れていた、ひとりの雪だるまに声をかけた。
アツアツのおでんを口にして、思わず溶けかけたのだという。
亀有のおでん屋、いつかぶっ潰す、と言っていた。チューヤには、まだ意味はよくわからなかった。
「ヒーハー、オイラはジャック・ウィルソン。三茶じゃ、ちょっとは知られた顔だぜィエァ、ハァ?」
雪だるまはそう言って、チューヤのストックに加わった。
しばらく行くと、再び敵の群れに遭遇したが、
「ヒーハーァア! やっちまいな!」
その攻撃の切っ先は、別の方向に向いている。
「た、助けてくれ……」
群れのまんなかには、ひとりの人間が倒れ、命乞いをしていた。
チューヤはやれやれと肩をすくめ、歩み寄る。
「あーこれこれ、ヒーハーくんや。かわいそうな大人をいじめるのは、やめなされ」
ふりかえる雪だるまたち。
青い帽子がセクシーだ。
「なんだこぞう、おめーにゃ関係ねえだろ」
「そうだ、あっちいけ、ヒーハーァア!」
「どっちかというと、おまえらがこぞうだろ。……召喚、ジャック・ウィルソンくん」
「オウイエ! ヒーハァア! オイラのともだち、出てこい、チュータくん!」
出てきたのは、どちらかといえばヒーハーくんのほうだ。
「チューヤな」
「ヒー、ハァア?」
聞こえません、のポーズをとるので、しかたなく乗っかるチューヤ。
「おれっち、ともだち、チューYa! よろしく!」
ヒップホップのノリが、どうやら三茶では重要らしいと気づく。
この手の妖怪は歴史的に存在したのだから、しかたない。
「なんだよ、ヒーハァア! おまえのダチかよ、この野郎」
「人間なんかと仲良くしやがって、気に食わねえ!」
敵の群れがチューヤを半包囲してきた。
「ハァア? ヒィア! ウィ、ゴウ!」
ナカマの剛腕が振り回され、相手のひとりが吹っ飛ばされる。
半ば取り囲まれている状態で無謀なヒーハーくんに、どきどきするチューヤ。
「な、なにしやがる、この野郎!」
「おやじにも、おやじにもぶたれたこと、ないのに!」
大騒ぎの敵に対して、
「甘ったれんな、腐ったミカンどもが! チューヤくんは、スギナミ界隈じゃ知られたカオなんだぞ、この野郎」
胸を張るナカマのヒーハーくん。
チューヤのなかで記憶が思い起こされる。あちら側にもチューヤがいて、一部では知られた悪魔使いであった。
それとは関係あるのかな、ないのかな、などと考えている先で、ヒーハーくんたちの口先ラップバトルはつづいている。
「ああ? てめえドコチューよ!」
「スギチューごときが、イキがってんじゃねえぞ!」
「イモだっせえ杉並に帰れや! ナウなヤングの世田谷ナメんな!」
「Yo! ここは世田谷、向こうは目黒、渋谷の旦那は、オーガナイザー! 杉並なんざ、メじゃねえぜっ、Ya!」
「──この、ばかちんがァ!」
再び振り回される豪腕。
二匹目のヒーハーくんが吹っ飛ぶ。
ごろごろと転がり、ビルの壁に背中をもたせかける。
「な、なんじゃこりゃああ!」
あふれる鼻血を押さえ、叫ぶヒーハーくん。
チューヤの横では、拳を押さえて涙ぐむナカマのヒーハーくん。
「父ちゃん情けなくて、涙が出てくらあ……」
こうなったら乗り切ろうと、チューヤは声を振り絞る。
「みんなよく考えて! ヒーハーくんは、みんなのことを思って、ぶったんだよ! ぶったヒーハーくんの手のほうが、ぶたれたみんなより痛いんだよ!」
「ヒ、ヒーハァア?」
ざわざわと盛り上がる昭和テイストの三文芝居。
「お、思い出した、そいつ、悪魔使いのチューボーだ」
「なに、あのスギナミのモザイク野郎か」
「チューボーですか!?」
チューヤは努めて派手なリアクションで、ずいっとまえに出る。
「言われようはなんか気に食わんが、そうだ、俺が悪魔使いのチューヤだ!」
「控えおろう! こちらにおわすお方は、先のスギナミ国副大統領」
「あらせられされるれろうぞ!」
「コウモン! コウモン!」
「ケツにキスしろ!」
「ヒーハー!」
異常に盛り上がるオーディエンス。
頭が痛くなってきたが、とにかく空気をつかめばこっちのものだ。
「今夜はおごりだ! 飲み明かそうぜ!」
「ヒーハァアア!」
ナカマのヒーハーくんにマッカインをわたすと、親指を立て、他の面々と肩を組み、横に並んで去っていく。
不期遭遇会敵戦は、話し合いにて終了。
悪魔召喚プログラムのオートクロニクルが完了する。
──そこで、ヒーハーくんにいじめられていた大人が、ゆっくりと起き上がった。
「……まったく、笑いをこらえるのが大変だったぜ」
カチンときたチューヤ。
「なんて大人だ! 助けてもらって、礼の一言も言えないのか」
心は悪魔に染まっていく。人間なんてラララ。
「助けた? で、どうやってここから出るつもりだ?」
顔を上げた男は、中年の、どこにでもいそうなおっさん。
ひねくれた会社員といった風体だが、スーツは着乱していて、まともなサラリーマンには見えない。
「そういえば……」
ジャックフロストを仲間にした以上、三軒茶屋のイベントはクリアしていてもよさそうなものだが。
「閉塞がスライドしたのさ。よく考えろ。東急世田谷線の三軒茶屋と西太子堂の距離を」
三軒茶屋を起点とするキロ程は0.3km。
ということは、この2つの駅は、その中間地点からの距離で、300メートルしか離れていない。
もともとはもっと離れていたが、三軒茶屋の駅前開発に伴い、西太子堂寄りに移転した結果、このような距離感となった。
では、ジャックフロストが境界化の根源と考えるのは早計、ということか。
西太子堂の悪魔の関与についても、考慮する必要があるな、と思考は進んでいく。
「……あんた、何者だ?」
チューヤの問いに、男はゆっくりと立ち上がり、言った。
「株式会社タイタン、第2開発室、チーフプログラマー、室井だ。はじめまして、悪魔使いクン」
運命は必然によって、結ばれる。




