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87 : Day -53 : Shakujii-kōen


 部室に行ったとき、そこではケートがひとり、モニターとにらみ合っていた。


「あれ、ケートじゃん。きょうは鍋ないぞ」


 火曜と木曜は自由集合なので、大半の部員は直帰するものだ。


「そっくり返す。キミらこそ、なにしに来たんだ?」


 ふりかえらずに言うケート。

 画面には東京の地図と、そこに描かれた逆さの五芒星。


「あ、それ東京魔法陣の元ネタになった逆さ五芒だ」


 チューヤは、買い物袋をサアヤにわたしながら画面を見やる。


「私たちは、リョーちんの指示で明日の鍋のための買い出しだよー」


 サアヤはちゃきちゃきと、冷蔵庫に袋の中身を移す。

 金曜は混むし高いので、木曜の特売を利用する、という賢い買い物戦略だ。


「あらためて見直すと、これはヤバイな。どうしてこんなものが、ふつうに運営されているのかわからん」


 ケートは画面を回転させる。

 五つの駅を頂点として、東京に悪魔が召喚された、という設定は『デビル豪』特有のものだ。


「なにをいまさら。『デビル豪』紹介してくれたのケートじゃん」


 ケートの隣の椅子に腰かけながら言うチューヤ。


「当時、めずらしいコンセプトのゲームだと思ったからな。三次元属性相関とかおもしろいアイデアだし、システム的にもまあまあ」


「β版ユーザー用の紹介特典あったのに、ケートアカウント、すっかりログインしてないみたいですけど!?」


 ぶーたれるチューヤ。

 友人がログインしてくれると多少は有利になるのだが、その特典を利用した経験がほとんどない。


「その代わり電車には乗ってるだろ。このまえもわざわざ西日本まで、動態保存のアオガエルに乗りに行ったんだぞ」


 唐突に放たれたケートのその言葉は、チューヤを激しく興奮させた。


「なに勝手にアオガエルとか乗ってんの!? 俺もまだ巡礼してないのに!」


 かつて渋谷の駅前にも静態保存されていた、有名な東急電鉄5000系は、ほとんどが廃車になっているが、熊本電鉄など地方で動態保存され、全国の鉄ヲタを誘っている。

 もちろんテツにとって、通過しなければならない巡礼先だ。


「男子ったら、やーねー」


 自分のついていけない話題について、女子は本能的に嫌悪する。

 ──高校入学時点で、三人の男子は別々の趣味を持っていた。

 その趣味が、お互いに一定程度、拡散していることは事実だ。

 ケートの場合、希少電車に乗ってくることでチューヤが地団太を踏んで悔しがるのを見るのが楽しいから、という理由のほうが大きいが。


 そのケートは、理系男子でプログラマ的な興味から、『デビル豪』というソシャゲをふたりに紹介した。

 しかし、リョージはもちろん、ケート当人さえ、ちっともやっていない。

 いわんや、彼らはゲームより有意義な人生を知っている種族、ということだ。


 プロレスが趣味のリョージは時々、有明や両国などへ観戦に行くが、あまり友達を誘うというタイプではない。

 その彼の薫陶を受けたチューヤは、有名なプロレスラー兼政治家兼ヨウチューバー、ダイコク先生のファンになって、リョージ以上に熱狂的に追っかけるようになった。

 もちろん、いちばん熱烈なのは本来の趣味、鉄道ではあるのだが。


「アーオーガーエールー!」


「嫉妬はみっともないぞチューヤ、なんとかしろ鉄嫁」


「鉄嫁ってなによ。そもそもケーたんの教えたスマホゲームのほうが、うちのチューヤを毒してるんですけど? この精神薄弱者、影響されやすいんだから、あんまり変な趣味、教えないでよね」


「どんな色にも染まる、柔軟な思考の持ち主と言っていただきたい!」


 プロレス的ポーズをマッチョにキメる。

 まったくキマっていないところが、だれよりチューヤらしい。


「とくに、このへんひどいよな。なんだよ、この悪魔……てか、悪魔か?」


 ケートが画面を操作して表示されたのは、霞が関エリア。

 サアヤは、月曜日にチューヤが霞が関エリアで、ゲーム画面を見て顔面を引きつらせていたことを思い出し、


「そーいえば、あのへんって、なんか大変なことあんの?」


「というか、ただのゲームの設定っちゃ設定なんだが……」


 ケートの指さす画面上、支配駅のうえに表示される名前が、たいへんラディカルなのだった。


悪魔名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

アッラーフ/神霊/99/6世紀/メッカ/コーラン/赤坂見附

パーテル/神霊/98/1世紀/エルサレム/新約聖書/霞が関

フィリウス/神霊/97/1世紀/ヴァチカン/新約聖書/溜池山王

スピリタスサンクス/神霊/96/1世紀/サンティアゴ・デ・コンポステーラ/新約聖書/国会議事堂前

ヤハウェ/神霊/95/前10世紀/ユダ王国/文書仮説/永田町


「な、なによこれ……」


 朴訥な仏教徒であるサアヤにもわかるほど、そこには剣呑な名前が並んでいる。


「一神教のカミサマだよ。パーテルは父、フィリウスは子、スピリタスサンクスは聖霊だな。もちろん、ヤハウェやアッラーフは言うまでもない。唯一なる神、宗教ごとのそれぞれの呼び名が並んでござる」


 口にするのも恐れ多いとされる名だが、無宗教国家日本においては無問題ということか。


「いかに日本が非宗教的な国とはいえ、これはマズくない?」


「そういうレベルの話ではない。ボクとしては、製作者は殺されていてもおかしくはないと思う。寛容な多神教のインド人さえ、ヴィシュヌ神をあんまり萌えキャラにされたら苦言を呈するしな」


 そこで、鬼の首を取ったように胸を張るチューヤ。


「こんなこともあろうかと! 持ってて安心、レリジョン・フリーモード!」


 宗教的な危険を回避する、それは必殺のプログラム。


「レリジョン・フリー?」


「これをオンにすると、あーらびっくり、名前が変わりまーす」


 チューヤが設定画面を開いて操作すると、表示される名前が切り替わった。

 フィリウスはドーターに、パーテルはマザーに、スピリタスサンクスはスピリットオブラブに、それぞれ置き換わっている。


「なんだこりゃ?」


「いいでしょ。あんたらがケチつけんのは()()だから。だったら名前がちがければ、なんの問題もないわけ。不安な外国のお方には、こちらのモードでプレイいただければ安心でございます。ハラル認証も受けられんじゃね?」


「アッラーフはどうなってんだよ」


 赤坂見附の悪魔の名は、アラマーになっていた。

 悪魔事典の解説では「アッと驚く気持ち。そこに取り憑く魔」と書いてある。


「なによそれ……ふざけてんの?」


 まさに小手先でごまかされている気分だ。


「あらまー」


 さすがのケートもあきれ果てた。


「難易度調整、年齢制限、宗教対策は21世紀ゲーム界の基本ですよ!」


 チューヤ的には、これで問題は全面解決、ということらしい。

 ──通常プレイの場合は、もちろんヤハウェやアッラーフがそのまま出てくるが、それを問題と感じる人はフリーモードでプレイすればいいだけで、問題がないと思う人は自分のスタイルでプレイすればよい。

 他人の思想信条にまで介入する資格は、だれにもない。


 クジラが大切ならあなたが食べなければいいだけで、私が食べることにまでごちゃごちゃ言われる筋合いはない。その代わり絶滅させない責任は私が負う。

 ──ところで著作権フリーの神さまの名前を使うと、その名前が絶滅しますかね?

 彼らが言いたいのは、つまり、そういうことだ。


「ほんとラディカルだなおい。日本じゃなかったら開発さえ許されんぞ」


「いいでしょ。もう売られてるんだし。既成事実には勝てないよ」


 悪魔使いとしては、もうこの程度の背徳には平然とするしかない。


「個人のレベルではいいけど、プレイ動画の配信とかではどう対応するんだ?」


「サイト側のポリシーと包括契約および配信者の良識に依存します、って言ってた」


「なんか、うまうまとした感じだね」


「うまー!」


 この悪魔使いの一言が、すべてを象徴していた……。



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