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ようやく、鍋の時間がやってきた。
六角形のテーブル。中心に鍋。いつもの風景。
「……よし、じゃ食おうか」
料理人の許諾を得て、一同礼儀正しく席に着く。
開かれる鍋。
そこには無限の世界が広がっている。
無限に身を委ねてこその雑多な会話を、しばしお楽しみください。
「19種類ある。好きな具をとって、好きなスパイスで食ってくれ」
「自由っていいね」
「手抜きとも言える」
「安心しろ。みんな喜ぶレアおでん入れといた」
「レアおでんてなんだよ」
「赤おでんといってな、たいそう珍重されている……」
「元ネタはともかく、なんだよ赤おでんて」
「爆弾のように刺激的だぞ。ま、食べればわかるよ」
「私、辛いの得意ー!」
「見た目でわからぬ激辛のネタが入ってるってことか?」
「巾着的なものに入っている、という解釈でいいかな」
「さあ、どうだろうな? はんぺんの中にだって細工すれば入れられるぞ」
「いいから、自分の好きな具をとろうよ」
「あ、てめえマフユ、人が話してるときは食うな!」
「ざけんな、人が話してるからこそ食うんだろうが」
「おい、しらたきはボクのだからな!」
「北海道や東北では人気らしいね、しらたき」
「しらたきって、細工しようがなくないか? 安パイじゃん、よかったなチビ」
「落ち着きなさい、皆さん」
そう、鍋は盛り上がる。すばらしき鍋。鍋イズ人生。
今回はおでん鍋、そのテーマは、マインスイーパー。
ゲームマスターのリョージが立ち上がり、
「みんな大好き、卵と大根は鉄板すぎるので、今回は除外した。好きに食ってくれ」
全国のどの地方で聞いても、好きなおでんの具1位は大根、2位は卵、となっている。
「卵は溶いて食う派の俺、安心」
卵をとり、ダシに溶かしておく。これだけで、おでんの概念がだいぶ変わる。
もちろん、いいわるいの問題ではなく、好みの問題だ。
フライングした一部例外を除き、各々、とりあえず卵と大根を自分の皿に取り分ける。
新たなルールに基づき、つづいて、なにを取るべきか。
一同、箸を構えつつ考え込む。
卵、大根、こんにゃく、ちくわ、もち巾、はんぺん、牛すじ、ちくわぶ。
しらたき、がんも、厚揚げ、つみれ、ウィンナー、ロールキャベツ。
ごぼう巻き、こんぶ巻き、さつま揚げ、じゃがいも、さといも。
各具材、鍋の中でいい具合に煮えている。
リョージは、その様子を楽しそうに眺めながら、
「じゃ、そろそろゲームをわかりやすくしようか。じつは、細工しやすい6種類のネタのうちのどれかに入れてある。寄せるから、よく考えてくれな」
がんも。豆腐をつぶしてニンジン、レンコン、ゴボウなどを混ぜ油で揚げる。野菜揚げ。
厚揚げ。表面を油で揚げた豆腐。
つみれ。魚肉や鶏肉を団子状にしたもの。つくねは生地を丸めて成型。材料ではなく作り方のちがい。
さつま揚げ。魚肉のすり身を成型して揚げる。揚げかまぼこの一種。
ごぼう巻き。さつま揚げの一種。ゴボウを魚肉のすり身で巻いて揚げる。
こんぶ巻き。にしんを昆布で包んでかんぴょうで結ぶ。ちゃんとつくるといちばん手間がかかる。
「こ、このなかに」
ごくり、と息をのむチューヤ。
「爆弾入りはひとつだ。よーく考えて選んでくれ。あんまり好き嫌いもないネタだろ? あ、もちろんオレも参加するぜ。オレは正解知ってるから、最後にあまったやつをいただかせてもらうよ」
不敵に笑うリョージ。
一同に緊張が走る。
がんも。厚揚げ。つみれ。さつま揚げ。ごぼう巻き。こんぶ巻き。
なるほど、これらなら中に爆弾を入れやすく、外から見てわからない……。
「な、なにがはいっていますの?」
「だから食えばわかるって」
「一躍、このまえやった闇鍋くらいの緊張感だな、おい」
「エンターテイナーだね、リョーちん……」
「ええい、あたしは食う! いちばんでかいのを食う!」
真っ先に厚揚げをさらったのは、マフユ。
それに促されるように、残りの面々もつぎつぎとネタをもっていく。
やがて、残されたがんもどきを、リョージが無表情で自分の皿に移した。
「……いただきます」
合掌し、それぞれの選択を口に運ぶ部員たち。
──はむはむはむ。
静かな咀嚼音だけが響く室内。
ほどなく、ぱたり、とひとりの男が床に倒れた。
「り、リョージ! しっかりしろ!」
「なんだよ、結局自分が引いたのか」
「男らしい……ちゃんと全部食べてる……」
リョージは、瀕死の人のようにハアハアと短い呼吸をくりかえし、水を求める。
ペットボトルをわたしてやると、彼は顔を真っ赤にしながら、一気に一本がぶ飲みした。
「ぷはーっ、くっそ、おまえら、引き強いな! 自分で仕込んどいてなんだけど、こいつはすげえ、というか痛え!」
この反応は、どこかで見たことがある。
チューヤは声をふるわせながら、
「ま、まさかリョージ……」
「ああ、使わせてもらったよ、サアヤ」
うなずき、リョージが顎をしゃくった先、鍵のかかる戸棚がある。
「えー? リョーちん、もしかして私のソース、勝手に使ったのー?」
辛いの大好きっ子であるサアヤは、尋常ではない辛みソースを、自分用に確保している。
その攻撃力があまりにもすさまじいので、安全のため、だれにも触れないように戸棚のなかに鍵をかけてしまってある。
その封印を此度、リョージが解き放ったということだった。
「サアヤに当たらなくてよかったな。こいつ、ふつうに食いそうだし」
「おいしいでしょ、デクソース!」
「いや、辛みと苦みとエグみが、絶妙にフィットしてる……」
「どんなネタだよ、ったく」
「お嬢に食わせたかったな」
「その言葉、おぼえておきますわ、西原くん」
そうして、楽しい部活のひとときが過ぎていく。
本日のエンターテインメントは、こうして幕を閉じた。
あとはいつもどおり、和気藹藹で鍋は進む。
はむはむとはんぺんを噛みながら、サアヤは言った。
「へー、きのうの記者の人って、月刊『ヌー』の編集長だったんだね。サインもらっとけばよかったな」
話題はきのうの顛末、いまだ謎に包まれているケートとサアヤの面会した犯罪者の関係から、解きほぐされている。
「え、サアヤ、ヌーとか読むの?」
チューヤの問いに、サアヤはあっさり、
「いや、うわさだけ。読んだことないし、興味もないけど」
「その、よく知らんけど有名人らしいからサインもらっとこ、っていうミーハーな態度やめたら!?」
ひとしきり突っ込んでから、ケートに視線を移す。
「けど、ケートがオカルト雑誌とか見るとは思わなかったな。ガチのサイエンスばっかりかと思ってたのに」
ケートは、好物のしらたきに染みたダシを味わいながら、
「いや、『ヌー』はサイエンスも取り扱ってるぞ。量子論的異世界とか。まあ、たしかにガチではないかもしれんけどな」
「いいと思うよ、俺も『ヌー』好きだし。リョージは?」
「UFOとかUMAとかはオレも好きだぜ」
「オカルトとプロレスファンの親和性は高いらしいな」
プロレス雑誌とオカルト雑誌をいっしょに買う人口は多い、という統計がある。
そうして男子の話題が集まるのを、女子は、さして興味もなさそうに眺めている。
「男子ったら、やーねー」
「つまらんものを読むよな、ほんと」
「殿方には殿方の世界があるのでしょう」
一方の男子の結束も、怪しいものではある。
「女にはわからんのですよ、大佐」
「いや、ボクも『ヌー』が取り扱うようなネタ全部に食いつくわけではないが」
「アトランティスとか未確認生物とか都市伝説とか、いろいろあるからな。オレは、UMAネタはけっこう好きかな。サスカッチとガチバトルしてえよ」
彼らの間でも、オカルトに対する趣味は分かれるようだ。
とはいえ、男子と女子の懸崖はさらに深い。
「男たちはアドベンチャー! この世の謎と不思議を解き明かすのだ。女はファッション誌とハーレクインでも読んでろ」
「なんだと、チューヤのくせに! まあ芸能雑誌は読むけども」
騒がしい夫婦を無視して、ケートは静かに言った。
「ま、ボクが『ヌー』の編集長を知ったのは、もともとはネオグラつながりなのさ。アメリカの雑誌でな。聞いたことないか、〝衝撃のベルエア〟」
「もちろん、存じ上げています」
インテリ側のヒナノがうなずいて応じる。
「というか、それ超有名じゃね? ベルエアって、隕石だよな?」
「ああ、なんか地球に衝突するとかなんとか、聞いたことあるような」
マフユすら知っているのだから、もはや社会常識といえる。
ケートは大きくうなずいて、
「1000メガショック! ってやつな。衝突の規模が997メガトンってんだから、まあ、けっこうな被害は出るだろう。アメリカのネオ・ジオグラフィックス社が、すっぱ抜いた記事だ」
現在、ロシアが保有する世界最大の破壊力を持つ核兵器が、20メガトンと言われている。それも法外な破壊力であり、通常の戦術核の破壊力はキロトンの域を出ない(広島のリトルボーイが12~18キロトン)。
「絶対ぶつかるって、『ヌー』は言ってるな」
「そりゃオカルト雑誌は言うだろ。やつらは煽るのが仕事みたいなもんだ。けどじっさいの確率は、450分の1以下だよ」
「それでもけっこうな確率だとは思うが」
「てか、ネオグラってそのネオグラかよ! 超有名な会社じゃん。ネットに違法にアップロードされたドキュメンタリー動画、よく見てるよ」
「違法動画を見るなよ……」
意外に盛り上がる。
ケートにとってはもちろん、全人類に関係するかもしれない話題だから、当然かもしれない。
ベルエア。
地球壊滅の原因になる可能性がある、と指摘されている小惑星。
かつて小惑星アポフィスが話題になり、衝突軌道にある地球近傍天体を取り扱った映画は、それこそ雨後の筍のようにつくられたこともある。
ベルエアの発見者は、アメリカの個人天文観測者で、クラシックカー愛好家でもある。彼の愛車はもちろん、シボレー・ベル・エアー。
世界的に観測され、NASAとヨーロッパ宇宙機関、およびJAXAが認定した。
最終的な衝突確率は450分の1とされ、トリノスケール2に分類された。
スケール1であれば、事実上の心配はほとんどない。2でも、まあ大丈夫、と考える人が多い。アポフィスは一時的に4と分類されて話題になったが、最終的には1に引き下げられている。
だが、ベルエアはぶつかる、と『ヌー』は断言する。
クラシックカーが壊れて、大事故を起こすように。
「で、そんな怪しげな雑誌の人と、拘置所訪問とは解せないな」
リョージが話題をもどす。
「だからネオグラつながりだと言ってるだろ。アメリカにも、その手の怪しげな記事を書く連中はいっぱいいるんだよ」
「フェイクニュースで話題になってるよね!」
「けどさ、ネオグラってちゃんとした会社じゃん。ドキュメンタリーとか」
「もちろん真面目な番組は多いが、なかには『ヌー』的なネタもけっこうあるだろ。……というわけで、ボクはそろそろ行くぞ」
立ち上がるケート。
たしかに、そろそろ解散の時間だった。
「ケートどこ行くの? また葛西?」
「いや、きょうは五反田だ。きのうの記者の会社があるんでな」
「え、『ヌー』の編集部って五反田にあるんだ」
「おまえもくるか?」
ごく自然に発された言葉に、なぜか部員たちが微妙に反応した。
「あ、うん、ええと……」
口ごもるチューヤ。
「わたくしも、きのうの仕事が、まだ残っておりますので」
ケートにつづき、立ち上がるヒナノ。
彼女の仕事の残りといえば、
「ええと、たしかガブリエルさんが」
「代々木上原、でしたか? わたくし電車では行けませんので、車で参りますが」
あなたが案内したいなら、電車に乗ってあげてもよくてよ。
そういうフリのような気が、しないでもない。
「ああ、そーいやチューヤ、赤羽のキャバ嬢にイレあげてんだってな?」
マフユがいやらしい方向から継続の弾丸を放つ。
「はああ? 意味わからん、人聞きのわるいことを言うなよ」
「なんとかいう女が、東十条で待ってるってよ?」
東十条は赤羽の隣だ。
月曜からの流れで、AKVN14(アカヴァネ・フォーティーン)との連想も働く。
「なんとかってだれだよ!?」
「日曜におまえが遊んでた、あの女だろ?」
ああ、と思い出す。
リリムを助けて、お店にきてね、と誘われた。
「なんなんだよ、もう……っ」
チューヤとしても、じつは個人的に行きたいところがある。
銀座の時計店だ。
月曜日、霞が関に(逮捕されて)行ったついでに行こうかとも思ったのだが、月曜は定休日だった。
祖父譲りの機械式鉄道時計のメンテナンスが、そろそろ必要な時期になっている。来店の案内も届いた。
祖父譲りの名機で、銀座の名時計師ご指名だ。近いうちに、行かなければならない。
「なんだよ、ベンサンの配達、手伝ってくれるんじゃなかったのか、チューヤ」
洗い物をしながら言うリョージ。
そういえば彼には、ベンサンをもらった借りがある!
「ねーチューヤ、ここはひとつ占いで決めようよ。北綾瀬の母の占いは、ホントに当たるんだから」
女子はどうしても占いで未来を決めたいらしい。
はた、とチューヤは動きを止めた。
──たいへんな選択の場面。
長い前振りだった。
チューヤの眼前には、6つのルートが横たわっている。
チューヤ単独ルート。銀座の時計店。
サアヤ推奨ルート。北綾瀬の占い館。
リョージ推奨ルート。落合の便所サンダル。
ケート推奨ルート。五反田の『ヌー』編集部。
ヒナノ推奨ルート。代々木上原のモスク。
マフユ推奨ルート。東十条のキャバ嬢(赤羽の地下アイドル)。
「うおお、これがシナリオ分岐か、くっそォ、悩むなあ」
つねに分岐はしている。
彼がここにいる時点で、そうとうの分岐を乗り越えてきたのだ。
だが今回の選択は、これまでとちがうような気もする。
なぜか一同の視線が自分に集まっている、ということに耐えられなくなったチューヤは、運命の力に導かれるように言った。
「当たりを引いたのは、だれだ!?」
しばらく、ぽかんとしていた一同は、すぐにその意味を察して動き出した。
答えは出ている。
「じゃあな、ボクは行く」
「わたくしも、これで。ごきげんよう」
ケートとヒナノの動きは早い。
そもそも彼らはきのう、チューヤと行動を共にしている。
「なんだよケート、おまえは手伝ってくんないのか」
「なぜボクがベンサン宅配便の手伝いなんかしなきゃならんのだ」
「だって、もらったろ、ベンサン」
チューヤとしても、ケートが行動を共にしてくれれば心強い。
「だからって手伝うなどと言った覚えはない。さあ、帰ろうぜお嬢」
「よろしいのですか」
「いいのいいの、雑事は庶民にやらせときゃ」
富豪と貴族の行動は素早かった。
ひと気の減った部室、チューヤはリョージをふりかえり、
「まあ、きょうはリョージに付き合うよ。当たりを引いた男だしな」
「残り物には福がある、ってか。サンキュ、助かるぜチューヤ」
ちょうど洗い物を終えて、リョージも帰り支度を始める。
すると、マフユがやおら立ち上がり、
「あたしも付き合ってやるよ、リョージ」
めずらしいことを言った。
「マフユが課外活動に付き合うなんて、めずらしいな」
「落合だろ? どうせ赤羽に行く予定だし、ついでだ。ベンサンももらったしな」
と言いながら、チューヤを蹴り倒し、彼が履いていた真新しい便所サンダルを奪った。
「な、なんだよ! ベンサンほしいだけかよ!」
「まあ、余ってるからやるけどさ。話、聞いてたか? 仕分けと宅配の手伝いだぞ」
リョージは、ロッカーから別の新しいベンサンをチューヤにわたしながら言った。
「サアヤも行くんだろ? それなら付き合う」
「しょーがないなー、私の分のサンダルはフユっちにあげてね、リョーちん」
サアヤが部室の鍵をかけながら応じる。
「おっけ。4人もいたら、だいぶ早く片づくよ。仕分けだけちょっと手を貸してくれたら、あとはそのまま行きたいところ行ってくれていいから。とにかくさ、手が足りないみたいで」
リョージはうれしそうに、部活の仲間たちを案内して歩き出す。
「ふん、あいかわらずお人よしだな。これから人手は減りつづけるんだ。それで困ってる連中を助けていたら、身が持たないぞ」
後を歩きながら、闇の女王が、うすら寒いことを言った。
リョージは苦笑し、
「まあ、できるうちは手伝おうぜ。情けは人の為ならず、ってな」
「それって、情けをかけるのは人のためにならないからやめとけ、ってことじゃないの?」
「ちがう。情けをかけて、いいことをしてやれば、いずれ巡り巡って自分にもどってくる。つまり情けをかけるってことは、結局は人のためではなく、自分のためなんですよ、って意味だよ」
「へー、そーなんだー、勉強になったよ」
「なんだよ、結局、前貸ししてるだけか。ちゃんと回収できるようにセンサー張っとけよ」
「ははは、まあそういうことだな。貸し倒れないように気を付けるよ」
高校生たちが学校を出たのは、午後6時をまわっていた。
今夜も長い夜になるのかもしれない──。




