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 戦場はさきへ、そして終わりへ。

 便利なアイテムをがっぽりと手にしたパーティは、惜しげもなくそれらを使って、ついに最強のマカーブルを追い詰める。


「くっそどもが、これで終わりだと思うよな」


 叫ぶマカーブルの喉首に、チューヤはクチナワの剣を突きつけた。


「負けを認めてナカマになるって、少年誌の王道なんだけど」


 マカーブルは一瞬怒りの表情を見せ、すぐにいやらしく笑うと、右手を差し出す。

 一瞬、握り返しかけたチューヤの動きが止まる。


「いやー、よかったよかった」


 斜め後方、味方の回復で、だいぶ消耗していたサアヤが、額の汗を拭いながら安堵して身体の力を抜く。

 その場所は、マカーブルの鎌のちょうど届く範囲。


「ば……っ!」


 チューヤ自身は、決して悪魔に対して油断しない。

 だが、仲間の行動までコントロールできない。とくに「人間の」味方は。

 ざぐり、と鎌の先端がサアヤの胸を貫く。


「死を思え」


 悪魔は舞い踊る、死の舞踏を。

 ダンス・マカーブル(トーテンタンツ)は、ひとつの芸術まで昇華され、暗黒時代のヨーロッパにエブリマン劇を流行させた。

 もちろん死を思うことは、どの文明圏でも重要なテーマだ。

 超高齢化が叫ばれる日本でも。


「てめえ!」


 振り向きざま、チューヤの剣が、マカーブルの心臓の位置をまっすぐに貫く。

 それが致命傷になるとすれば、彼は報いを受けたことになる。


 昔、流行った言葉。メメント・モリ。

 人間という名の汚物袋は、生まれた瞬間から死へと突き進む、化学合成で動く機械。

 死はだれに、いつくるかわからない。

 不公平に見えるが、結局は避けられないという点では、公平だった。

 がくり、と頽折くずおれながら、


「死は解放だ。むしろ、不自然に生かそうとするほうが、まちがっているのではないか?」


 死神は自説を宣う。

 悪魔の言葉に耳を傾けてはならない──。


「不自然に生かそうとすることと、おまえの勝手で殺すこととは、まったく意味がちがう」


 悪魔の論法を速やかに分解して対応できるのは、チューヤがそうとう悪魔との付き合いに慣れてきていることを意味する。

 それでも、サアヤを守れなかった。

 ふりかえった場所。

 最悪のケースを覚悟したが、そこには、ふらりと立ち上がるサアヤの姿があった。


「勝手なこと、言わないで」


 彼女は胸の傷口を、自分の魔法で高速に癒しながら、ゆらりとチューヤたちの方向に歩き出した。


「無事だったか、サアヤ」


 安堵するチューヤを無視し、サアヤは無造作にマカーブルに近づく。

 断末魔の悪魔が、最期の一撃を繰り出すかもしれないリスクを警戒させたいが、そんな場合ではない迫力が、なぜかサアヤの側にある。


「なにが解放なの……死んじゃダメなのよ……生きてこそ……」


 サアヤとマカーブルの視線が交錯する。

 両者の思想的差異が、この対決を企図したかのようだ。


「そうかい、あんた、()()()()のやつか」


 マカーブルの仮面が、歪んだように見えた。

 それは哂笑しんしょうと軽侮をないまぜにした、不快な歪み。


「なんで殺すの、まだ生きられる、人を」


 寿命まで生きる。それがサアヤの信じる世界、そのあるべき姿。

 マカーブルは心臓に突き刺さった剣に手を当て、みずから動いて傷口を広げる。


「解放しろ」


 応じて、トドメを刺そうとするチューヤの動きを制したのは、サアヤだった。

 彼の剣を奪い取るようにして場を占め、回復魔法を執行する。


「もう、やめなよ。殺すのは、もう……」


「やめておけ、この傷は治らん。せいぜい……」


 苦痛を長引かせるだけ。マカーブルは言いかけたその言葉を飲み込んだ。

 彼女は自分を苦しませたいだけなのか。ならば、その思考体系は自分たちに似ているといえる。


「やめろ、サアヤ。そいつは」


 誇り高い死。それを求める悪魔もいるのだ。

 ただ、いたずらに生かそうとする、とにかく死を遠ざけようとするサアヤのやり方は、常に正しいわけではない。


「でも……」


 ふりかえって言いかけるサアヤの言葉にかぶせて、背後からマカーブルが冷たい言辞を連ねる。


「そもそも、俺らがてめえらの命を奪って、どこがわるい? 俺らは()()()()()()()()だけだぜ。てめえらが、俺たちから奪いつづけて、ため込んできたものを。この()()()()()()()()()()。すくなくとも、あと2か月で終わるんだよ、てめえらは」


 サアヤは悲し気に眉根を寄せる。

 彼女は目のまえの生命を保とうとするが、大きな世界の動きに関してまで言及する意思も能力もない。

 代わりに踏み出したチューヤは、


「ピクシーから聞いた。おまえらが、この世界を侵略する理由。だが、意味がわかんねえ。そんな理由、だれが納得するよ」


 再び死に近づいた自分の肉体に安堵しつつ、マカーブルは最期の言葉を吐く。


「すくなくとも、それが、こっち側の論理なのさ。そして、おまえらの側も、多かれ少なかれそれを認めている。じっさい()()()()()()()()()()()()()()ろうが」


「それも意味わかんねーんだよ。人類のなかの頭のおかしいだれかが、変なことしでかしたのかもしんねーけど、だからってそれは」


「ああ? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()から、受け取りにきてやったんだろうが」


 即答できない。

 決定的になにか、重要な話が出てきた気がする。

 もちろん事実を確認できないし、ゆえに認めることもできないのだが。


「……政府ってなんだよ。くそ、でっけえ話ほりこんでくるんじゃねーよ、この嘘つきが」


 悪魔はうそをつく。もちろん、この悪霊はうそをついている。そうに決まっているのだが、悪魔はうそを信じさせるために、しばしば真実の衣をまぶして吐き出す。

 どういうロジックで、どんなふうに、こちらの心を汚染しようとしているのか。慎重に判断しなければならない。

 悪霊は笑う。そして吐き捨てる。


「信じる信じないは、あなた次第です、ってか?」


「じゃあもう、うそってこと……」


「ごちゃごちゃうるせえな、すぐにわかるさ。──せいぜい生かせよ、俺以外をな」


 サアヤに視線を転じ、マカーブルはつづける。


「喜びな、()()()()()ぜ。あんた好きだろ、そういうの」


「え、それって」


 一瞬、希望らしき表情を浮かべたサアヤの表情が、すぐに曇る。

 マカーブルの懐から、バラバラと転がり出てきた肉塊。

 それは、かつて人間だったもの。悪霊が、しばしばオヤツとしてかじっていた破片だ。

 チューヤは眉根を寄せ、視線を逸らす。


「死体、バラバラ……。それを集めてるやつらが、いる」


()()()()()()があるからな。てめえらのぶっ殺したやつらの破片も、もしかしたら集められているかもしれないぜ」


 言いながら、マカーブルは自分の手首を切り落とす。

 もう、ほとんど血も流れない。


「手土産だ。持ってな」


 ぽうん、と放り投げられた悪霊の手首を、思わず受け取るチューヤ。

 文字通り、手の土産。


「どうしろってんだ、こんなもの」


()()()()が、豚みてえに働かされてんだろ、北のほうでよ」


「再生装置?」


「死体をつなげて動かそうって考えた、昔のエゲツねえ神様だよ。なあ、わかってんよな、エジプトの女神さんよォ」


 ぴくり、とハトホルの身体が揺れたことを、チューヤは感じた。

 肉体をバラバラにして、集めて復活させるという暴挙が、昔はよく行なわれていた。


「私たちは一枚岩ではない。あなた方の支配者が、どのような選択をしたか、私は知らない」


 ハトホルが、どこか言い訳がましい口調で言った。


「ケッ、神とかいう連中が、どんだけ日和ってやがるか、よくわかるぜ。まったく反吐が出るね」


 末期に近づくマカーブルの声は小さい。


「なんなの、どういう話なのよ、ねえ」


 サアヤがイライラして問いかける。

 死人を生き返らせる、という冒瀆的な話が片方で進んでいることは、なんとなく察している。


「死んだやつを生き返らせるために、神でも悪魔でもすがりついてやろうって話だ。条件がどんなにシビアでも、世界が地獄に落ちても、てめえさえよければいい。この苦しみの何倍も、全員が苦しめ! そう願うのが人間ってやつなのさ」


 悪魔が使いたがるこの手の論法に、チューヤは慣れている。


「そういう人間はいるかもしれないが、それが全体、どういう」


()()()()()、俺たちを、魔界を()()()()()よ。だから責任をとれ、おまえら全員でな。先に、逝ってるぜ、じゃあな……」


 ことり、と残ったほうの腕が落ちる。

 マカーブルは死んだ。

 戦闘終了。ナカマたちのレベルが上がる。




 境界が歪んでいく。解放が近い。

 見まわせば、この地下にはいるときに使ったエレベーターにもどっている。


「野郎、ふざけたことを言い捨てていきやがって」


 チューヤは何事かを考えながら、ふてくされたようにつぶやく。


「嘘つきだったの? あの悪魔……」


「悪魔はたいてい嘘つきだよ。だが」


「真実にくるんで嘘をつく、でしょ。だから、どこまで真実かって話よ」


 即答できない。

 できるくらいなら、こんなに悩んでいない。


「とにかく、死体の破片を集めてるやつらがいるのは、まちがいない事実だよ」


「気持ちわるいね、そんなことしてなにを」


「……聞いたろ」


 集めた死体をつなぎ合わせて、生き返らせる。

 サアヤは、チューヤの視線を真っ向から見返し、頬を膨らませて言う。


「なによ、その目は。私はしないわよ」


「そうだよな、サアヤがそんなことできるわけないよな」


「だからなによ、その、できるとしたらやっただろ、みたいな言い方は!」


 チューヤは、エレベーターが減速し、地階に到達するのを感じながら言う。


「ともかくさ、どんだけ死体をいじって、つなぎ合わせてみたところで、そしてもし、そのつないだ身体が動いたところで、もどってくるのは以前に知っていたやつじゃない。丹念に似せて新しい人形をつくっても、それは昔いっしょに眠った人形じゃないんだ。もちろんわかるよな、サアヤだって」


「うっさい。壊れたレコーダーみたいに、おんなじこと言うな」


 失われた命をとりもどす。

 それは彼女のような人間にとって、決して無視することのできないテーゼ。

 たとえ、絶対にできないんだ、というチューヤの「個人的意見」が、もしかしたら正しいとしても。


 エレベーターが開く。

 そのさきには、彼らの過ごしていた世界、本来生きるべき世界が広がっている。



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