65
戦場はさきへ、そして終わりへ。
便利なアイテムをがっぽりと手にしたパーティは、惜しげもなくそれらを使って、ついに最強のマカーブルを追い詰める。
「くっそどもが、これで終わりだと思うよな」
叫ぶマカーブルの喉首に、チューヤはクチナワの剣を突きつけた。
「負けを認めてナカマになるって、少年誌の王道なんだけど」
マカーブルは一瞬怒りの表情を見せ、すぐにいやらしく笑うと、右手を差し出す。
一瞬、握り返しかけたチューヤの動きが止まる。
「いやー、よかったよかった」
斜め後方、味方の回復で、だいぶ消耗していたサアヤが、額の汗を拭いながら安堵して身体の力を抜く。
その場所は、マカーブルの鎌のちょうど届く範囲。
「ば……っ!」
チューヤ自身は、決して悪魔に対して油断しない。
だが、仲間の行動までコントロールできない。とくに「人間の」味方は。
ざぐり、と鎌の先端がサアヤの胸を貫く。
「死を思え」
悪魔は舞い踊る、死の舞踏を。
ダンス・マカーブル(トーテンタンツ)は、ひとつの芸術まで昇華され、暗黒時代のヨーロッパにエブリマン劇を流行させた。
もちろん死を思うことは、どの文明圏でも重要なテーマだ。
超高齢化が叫ばれる日本でも。
「てめえ!」
振り向きざま、チューヤの剣が、マカーブルの心臓の位置をまっすぐに貫く。
それが致命傷になるとすれば、彼は報いを受けたことになる。
昔、流行った言葉。メメント・モリ。
人間という名の汚物袋は、生まれた瞬間から死へと突き進む、化学合成で動く機械。
死はだれに、いつくるかわからない。
不公平に見えるが、結局は避けられないという点では、公平だった。
がくり、と頽折れながら、
「死は解放だ。むしろ、不自然に生かそうとするほうが、まちがっているのではないか?」
死神は自説を宣う。
悪魔の言葉に耳を傾けてはならない──。
「不自然に生かそうとすることと、おまえの勝手で殺すこととは、まったく意味がちがう」
悪魔の論法を速やかに分解して対応できるのは、チューヤがそうとう悪魔との付き合いに慣れてきていることを意味する。
それでも、サアヤを守れなかった。
ふりかえった場所。
最悪のケースを覚悟したが、そこには、ふらりと立ち上がるサアヤの姿があった。
「勝手なこと、言わないで」
彼女は胸の傷口を、自分の魔法で高速に癒しながら、ゆらりとチューヤたちの方向に歩き出した。
「無事だったか、サアヤ」
安堵するチューヤを無視し、サアヤは無造作にマカーブルに近づく。
断末魔の悪魔が、最期の一撃を繰り出すかもしれないリスクを警戒させたいが、そんな場合ではない迫力が、なぜかサアヤの側にある。
「なにが解放なの……死んじゃダメなのよ……生きてこそ……」
サアヤとマカーブルの視線が交錯する。
両者の思想的差異が、この対決を企図したかのようだ。
「そうかい、あんた、そっち側のやつか」
マカーブルの仮面が、歪んだように見えた。
それは哂笑と軽侮をないまぜにした、不快な歪み。
「なんで殺すの、まだ生きられる、人を」
寿命まで生きる。それがサアヤの信じる世界、そのあるべき姿。
マカーブルは心臓に突き刺さった剣に手を当て、みずから動いて傷口を広げる。
「解放しろ」
応じて、トドメを刺そうとするチューヤの動きを制したのは、サアヤだった。
彼の剣を奪い取るようにして場を占め、回復魔法を執行する。
「もう、やめなよ。殺すのは、もう……」
「やめておけ、この傷は治らん。せいぜい……」
苦痛を長引かせるだけ。マカーブルは言いかけたその言葉を飲み込んだ。
彼女は自分を苦しませたいだけなのか。ならば、その思考体系は自分たちに似ているといえる。
「やめろ、サアヤ。そいつは」
誇り高い死。それを求める悪魔もいるのだ。
ただ、いたずらに生かそうとする、とにかく死を遠ざけようとするサアヤのやり方は、常に正しいわけではない。
「でも……」
ふりかえって言いかけるサアヤの言葉にかぶせて、背後からマカーブルが冷たい言辞を連ねる。
「そもそも、俺らがてめえらの命を奪って、どこがわるい? 俺らは返してもらってるだけだぜ。てめえらが、俺たちから奪いつづけて、ため込んできたものを。この世界は、悪魔に返される。すくなくとも、あと2か月で終わるんだよ、てめえらは」
サアヤは悲し気に眉根を寄せる。
彼女は目のまえの生命を保とうとするが、大きな世界の動きに関してまで言及する意思も能力もない。
代わりに踏み出したチューヤは、
「ピクシーから聞いた。おまえらが、この世界を侵略する理由。だが、意味がわかんねえ。そんな理由、だれが納得するよ」
再び死に近づいた自分の肉体に安堵しつつ、マカーブルは最期の言葉を吐く。
「すくなくとも、それが、こっち側の論理なのさ。そして、おまえらの側も、多かれ少なかれそれを認めている。じっさい俺たちを呼んだのはおまえらだろうが」
「それも意味わかんねーんだよ。人類のなかの頭のおかしいだれかが、変なことしでかしたのかもしんねーけど、だからってそれは」
「ああ? おまえらの政府が、国民の命を、俺たちによこすって約束したから、受け取りにきてやったんだろうが」
即答できない。
決定的になにか、重要な話が出てきた気がする。
もちろん事実を確認できないし、ゆえに認めることもできないのだが。
「……政府ってなんだよ。くそ、でっけえ話ほりこんでくるんじゃねーよ、この嘘つきが」
悪魔はうそをつく。もちろん、この悪霊はうそをついている。そうに決まっているのだが、悪魔はうそを信じさせるために、しばしば真実の衣をまぶして吐き出す。
どういうロジックで、どんなふうに、こちらの心を汚染しようとしているのか。慎重に判断しなければならない。
悪霊は笑う。そして吐き捨てる。
「信じる信じないは、あなた次第です、ってか?」
「じゃあもう、うそってこと……」
「ごちゃごちゃうるせえな、すぐにわかるさ。──せいぜい生かせよ、俺以外をな」
サアヤに視線を転じ、マカーブルはつづける。
「喜びな、死人も蘇るぜ。あんた好きだろ、そういうの」
「え、それって」
一瞬、希望らしき表情を浮かべたサアヤの表情が、すぐに曇る。
マカーブルの懐から、バラバラと転がり出てきた肉塊。
それは、かつて人間だったもの。悪霊が、しばしばオヤツとしてかじっていた破片だ。
チューヤは眉根を寄せ、視線を逸らす。
「死体、バラバラ……。それを集めてるやつらが、いる」
「処理する機械があるからな。てめえらのぶっ殺したやつらの破片も、もしかしたら集められているかもしれないぜ」
言いながら、マカーブルは自分の手首を切り落とす。
もう、ほとんど血も流れない。
「手土産だ。持ってな」
ぽうん、と放り投げられた悪霊の手首を、思わず受け取るチューヤ。
文字通り、手の土産。
「どうしろってんだ、こんなもの」
「再生装置が、豚みてえに働かされてんだろ、北のほうでよ」
「再生装置?」
「死体をつなげて動かそうって考えた、昔のエゲツねえ神様だよ。なあ、わかってんよな、エジプトの女神さんよォ」
ぴくり、とハトホルの身体が揺れたことを、チューヤは感じた。
肉体をバラバラにして、集めて復活させるという暴挙が、昔はよく行なわれていた。
「私たちは一枚岩ではない。あなた方の支配者が、どのような選択をしたか、私は知らない」
ハトホルが、どこか言い訳がましい口調で言った。
「ケッ、神とかいう連中が、どんだけ日和ってやがるか、よくわかるぜ。まったく反吐が出るね」
末期に近づくマカーブルの声は小さい。
「なんなの、どういう話なのよ、ねえ」
サアヤがイライラして問いかける。
死人を生き返らせる、という冒瀆的な話が片方で進んでいることは、なんとなく察している。
「死んだやつを生き返らせるために、神でも悪魔でもすがりついてやろうって話だ。条件がどんなにシビアでも、世界が地獄に落ちても、てめえさえよければいい。この苦しみの何倍も、全員が苦しめ! そう願うのが人間ってやつなのさ」
悪魔が使いたがるこの手の論法に、チューヤは慣れている。
「そういう人間はいるかもしれないが、それが全体、どういう」
「そいつらが、俺たちを、魔界を呼んだんだよ。だから責任をとれ、おまえら全員でな。先に、逝ってるぜ、じゃあな……」
ことり、と残ったほうの腕が落ちる。
マカーブルは死んだ。
戦闘終了。ナカマたちのレベルが上がる。
境界が歪んでいく。解放が近い。
見まわせば、この地下にはいるときに使ったエレベーターにもどっている。
「野郎、ふざけたことを言い捨てていきやがって」
チューヤは何事かを考えながら、ふてくされたようにつぶやく。
「嘘つきだったの? あの悪魔……」
「悪魔はたいてい嘘つきだよ。だが」
「真実にくるんで嘘をつく、でしょ。だから、どこまで真実かって話よ」
即答できない。
できるくらいなら、こんなに悩んでいない。
「とにかく、死体の破片を集めてるやつらがいるのは、まちがいない事実だよ」
「気持ちわるいね、そんなことしてなにを」
「……聞いたろ」
集めた死体をつなぎ合わせて、生き返らせる。
サアヤは、チューヤの視線を真っ向から見返し、頬を膨らませて言う。
「なによ、その目は。私はしないわよ」
「そうだよな、サアヤがそんなことできるわけないよな」
「だからなによ、その、できるとしたらやっただろ、みたいな言い方は!」
チューヤは、エレベーターが減速し、地階に到達するのを感じながら言う。
「ともかくさ、どんだけ死体をいじって、つなぎ合わせてみたところで、そしてもし、そのつないだ身体が動いたところで、もどってくるのは以前に知っていたやつじゃない。丹念に似せて新しい人形をつくっても、それは昔いっしょに眠った人形じゃないんだ。もちろんわかるよな、サアヤだって」
「うっさい。壊れたレコーダーみたいに、おんなじこと言うな」
失われた命をとりもどす。
それは彼女のような人間にとって、決して無視することのできないテーゼ。
たとえ、絶対にできないんだ、というチューヤの「個人的意見」が、もしかしたら正しいとしても。
エレベーターが開く。
そのさきには、彼らの過ごしていた世界、本来生きるべき世界が広がっている。