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「どぉ~ぐや~、いいどぉ~ぐあるよ~ぉ、箱だけ♪」
いい声で、屋台の主はそんな売り声を奏でていた。
「石焼き芋じゃないんだね……」
どこかがっかりした表情で、サアヤは言った。
店主はくたびれたおっさんだった。
薄汚れたどてらに、ハゲ散らかした頭と不精髭、下町の雑貨屋店主を思わせる。
屋台は軽トラを改造したもので、もともと石焼き芋の屋台だったところに、各種道具を詰め込んでいるようだ。
自転車で引いていた回復屋台に比べると、規模は大きい。
店主は、チューヤたちの一行をちらりと一瞥すると、
「いい道具あるよ」
と言いながら、荷台の覆いをめくった。
そこには左右にうずたかく、いろいろなモノの箱が積まれていた。
中身はよくわからないが、薬からプラモデル、キッチン用品、食料など、なんでもそろっている感じであり、必要なものは何もない感じでもある。
「……箱だけ?」
「箱だけ買ってどうするんだよ!?」
語呂のいい売り文句に、素直に突っ込むチューヤ。
「オークションでたまに売ってるぞ」
「犯罪の萌芽だから! そういうのやめて!」
人気の商品には、箱にまで高値がついたりする。
「まあ、いい道具は箱だけだが、ふつうの道具はふつうにある」
「なんじゃそりゃ!」
一応、店主にも突っ込んでから、チューヤはあらためて荷台の道具を見わたした。
「お芋は?」
「……早くー来ないとーなくなーるよー」
サアヤの問いに、飄々と歌って答える店主は、やる気がないのか、商売っ気がないのか、よくわからない。
「箱だけなくなるか!」
「とにかくチューヤさあ、体力とか魔力を回復できる道具を買ってよ」
「ああ、だな。店主、体力と魔力の回復系ドリンク類を頼む」
「あいよ、マッチョルドリンコと金丹ゴールド、1200マッカだ」
ポケットから財布を取り出しかけたチューヤは、動きを止める。
「マッカ?」
「……冷やかしはお断りだよ」
厳しい表情で口を閉ざす店主。
ふりかえり、パーティ会議を催さざるを得ないチューヤ。
「マッカなんて持ってる?」
「なんか、魔界の通貨みたいだね」
「ケートはカードで払ってたろ」
「それならば、マッカインですな。マッカ・イン・チェーンともいいます」
ちょうどいいことに、ここには魔界の給与支払い係であるメルコムがいる。
境界の経済事情について、ひとしきり講義を受けなければならない。
「よっ、お金のプロ、心強い!」
軽口を吐くチューヤに、メルコムは首から提げた巨大ながま口をパコパコ鳴らしながら、
「しかし、マッカも持たずして、よくこれまでナカマを増やせてきましたな」
「メルコムは拾った魔石でナカマになってくれたよね」
「時価で判断しただけです」
「イヌガミなんか、500円玉1個でナカマになってくれたよ」
「なんですか、それは」
「ワンコ・イン」
「…………」
全員がチューヤから目線をそらす。
「と、とにかくメルコム、道具をちょっと買いたいからお金、貸してくれる?」
「なぜ私が金を出さねばならんのですか。そもそもあなた、とっくにチェーン持ちでしょう」
チューヤの腰に吊るされた三点セットを指さすメルコム。
「チェーン?」
「以前は魔貨と呼ばれていましたが、いや、いまも魔貨はマッカですが、最近はマッカインと呼ぶのが正しくなりつつあります」
マッカ・イン・チェーン。
いわゆるブロックチェーンの概念で構築された暗号通貨、電子マネーだという。
「これ、ただの定期だけど?」
「いや、もう一枚、裏に隠しているカードがあるでしょう。その〝想い〟の詰まったカードは、それだけで〝価値〟を集めるのです」
メルコムは、チューヤの手から三点セットを受け取り、パスケースから黒い別のケースで覆われたカードを取り出した。
それは一枚の古びたsuica。
「わー、なっつかしー。まだ持ってたんだね、それ」
サアヤが声を上げる。
出てきたのは、チューヤが小学6年生まで、毎日のように使い倒していた小児用スイカだった。
中学生になった時点で使えなくなるが、彼は切り替え手つづきをせず、干渉防止ケースに入れて、通常使用の定期といっしょに記念品として持ち歩いていたのだ。
「ま、思い出のカードだからな」
父がくれた、ほとんど唯一のうれしいプレゼント。
そのカードに、メルコムが自分の財布から取り出したICタグを、ぺたりと貼り付ける。
「これでよいでしょう。あなたの口座が使用可能になりました」
魔界の給料係らしい手際の良さ。
それは鎖をイメージした「魔」の刻印だった。
「立派な魔族になったもんだね、チューヤも」
「そういう言い方はおよしなさい」
夫婦の会話を無視して、メルコムがそのカードをリーダーにかざすと、すべての入出金記録が表示される。
明朗会計。ブロックチェーンの素晴らしいところだ。
日付を見ると、11日まえから、石神井公園での戦闘以来の記録らしい入金が、小刻みにつづいていた。
「……どういうこと?」
「価値を集めるカード、ということですよ。敵を倒せば自動的に、それなりの価値を得る」
「スマートな追剥だね」
「冒険者は殺して奪い取ってもいい、というルールになっているからな……」
冷静に見るまでもなく、ほとんどのRPGは「敵をぶっ殺してその所持金と経験値をぶんどる」ことを、あたりまえのようにくりかえす仕様になっている。
財布から現金を抜き取るのは生々しいが、倒した瞬間にデータとして移行してくれるならありがたい。
「世界って殺伐だね」
「そろそろ慣れようぜ」
立ちはだかる現実のまえに、いいことかわるいことかは別なのだ。
「ともかくこれは、とても便利なシステムなのですよ。現在、地球の国家もつぎつぎ、こちらの方向へ踏み出しているのではありませんかな」
通貨を廃止し、電子マネーに移行する、という国や自治体が増えている。
インドでも高額紙幣が廃止され、電子マネーの存在感は日々、増すばかりだ、とケートが言っていた。
「ケートの持ってたカード、これだったのか」
「マッカインのシステムは、インドでつくられたようなものですからな。たしか、そっち系の投資ファンドがそうとう噛んでいたはずですぞ」
ケートの巨大なバックボーンが見え隠れする話だ。
「7万8946マッカイン。これって、大金?」
「まあ、それなりのものは買えるでしょう」
メルコムは言いながら、リーダーを財布にもどした。
「さすが俺、気づかないうちに貯めてたんだな」
うんうんとうなずくチューヤの背後から、したり顔で現れるサアヤ。
「だから昔から言ってるでしょ。お年玉はお母さんが預かっておきます、そうすれば将来きっと感謝するわよって」
ぞくり、と寒いものを感じるチューヤ。
「……サアヤママ、そうやって俺のお年玉をかすめとって、使い込んだ過去を正当化する気?」
「失礼ね! 共同事業に投資しただけでしょ」
向かい合う幼馴染ふたり。
彼らの過去には、いくらでもネタが転がっている。
「お菓子ビンゴとかいう謎のゲームで、使い果たしたんじゃ!?」
「当たれば一攫千金という夢への投資です。チューヤだって同意したじゃん」
「させられました! そしてもらったお菓子、あなた全部食べましたよね!」
「あげたでしょ」
「バレンタイン割合でね!」
「なによそれ」
「あなたチロルチョコくれて、お返しに3000円もする巨大マシュマロマン要求しましたよね!」
「30倍返しは基本でしょ!」
「はああ!?」
ナカマになったばかりのメルコムとイヌガミが、口を開けてその様子を眺めている。
「……で、その痴話げんかは、いつまでつづくのですかな」
くるりとふりかえったチューヤとサアヤは、
「これ、うちらの日常だから。慣れて」
言って何事もなかったように、先刻までのトーンにもどる。
堕天使はやれやれと首を振り、話をつづける。
「大切なカードであればあるほど、性能が上がります。回収率100%、それがカード事業者たちの夢でもあります」
回収率とは、戦闘終了時に相手の持っていたマッカインをどれだけわがものとできるか、というほどの意味だろう。その裏にあるメタファーについては、
「掘り下げると面倒くさそうだから、結論だけ言ってくれる? つまり、このカードは」
「戦闘終了と同時に、自動的に当該価値を回収します。ゴールドカードですよ。たいていの取引で使えます。高い信用でね」
それを聞いて再び、にやり、と不気味な笑みを浮かべたのはサアヤだった。
「ゴールドかァ。じゃ、まだ上があるね」
「……まあ、ありますが」
サアヤは、チューヤのカードを受け取って眺めながら、
「最近多いよね。だれでもつくれる、なんちゃってゴールドカード」
チューヤは内心、いやなものを感じている。
「ちょっとそれ、返していただける?」
必死でとりもどしたカードを、急いでパスケースにもどす。
「ケーたんはブラックだったね」
「よく見てんな、女子怖っ!」
「えっへへー」
「ほめてねえよ!?」
女子は、男子の支払い能力を見極める決意と能力にかけては、数万年の人類史をかけて積み上げてきた実績と、それを裏付けるほとんど超常能力に近い嗅覚がある。
DNAレベルの男子活用本能。サアヤももちろん、その例に漏れない。
「ほむほむ。そうかそうか。そんなにお金があるとわかれば、私のために使いたいと思うのは、もう避けがたい男子の甲斐性ってやつですな」
「……その両手いっぱいのお道具は、はたしてなんのつもりですかな、サアヤさん。勝手に商品に触れたらいかんじゃないですか、あなた」
「店主、このアイテムはどういう効果だい?」
「効果も知らなくて買おうとするなよ!」
「だってチューヤのお金は私のお金、私のお金は私のお金でしょ。使わないと損じゃん」
「どういう教育を受けたんだ、おまいは!」
とにもかくにも、つつがなく買い物を終え、回復アイテムによって体調をもどした一行。
戦いはまだつづく。




