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 結局、救えた人間の数は多くなかった。

 死神は、あまり好物を最後まで残しておくタイプではなかったようだ。


 それでも、始末をつけなければならない。

 チューヤたちは高架駅であるホームから降り、地下コンコースへと戦場を移動する。

 敵が、この境界をどうやって構築し、維持しているのか、戦いの中でチューヤの目にも見えてきた。


 まず、巻き込まれた人間の数は、かなりかぎられている。

 事故の起こった駅は混雑しており、それほどたくさんの人間をまとめて巻き込むことは不可能なのか、あるいは何らかの「調整」が行なわれているのか、実際のところはわからないが、見るかぎり、マカーブルの仲間が数匹、その数だけの人間を餌にすべく、境界に引きずり込んだだけと見るのが正しいようだ。


 駅ホームで巻き込まれた数人の人間は、なんとか助けることができた。

 もちろん助けられなかった者も多くいる。

 だが、カタキは討ってやった。


 境界の駅は、新しい設備と壊れた古い設備が混在しているような状態だった。

 悪魔たちのやってきた「向こう側」の世界では、壊れた駅舎の姿が本来なのかもしれない。

 そこに、繁栄する「こちら側」の駅舎が溶けて混ざっているような印象。

 彼らに言わせれば、そうやって「富の再配分」が行なわれるのだ、という。

 妖獣ヌエと魔獣イヌガミに、左右から身体を抑え込まれたマカーブルが、いまいましげに吐き捨てる。


「さっさと殺せや、ナカマになんかならねえぞ、オラァ!」


 悪霊はかたくなな態度を崩さない。

 一方のチューヤには、一連の戦闘の中で新たに引き入れたナカマが二匹いる。

 前衛を任せるのに優れたヌエに加えて、細長い日本の妖怪イヌガミ。

 さらに後衛を任せるのに適したハトホルに加え、金勘定の得意な世故に長けた堕天使メルコムだ。


「うるさいな、わかったよ。自分の支配駅で、そう簡単に降参できないってわけだろ」


 チューヤはやれやれと首を振る。

 数匹のマカーブルを倒すなかで、そのことは理解した。


「種族支配駅における境界化の場合、境界の形成に参加した悪魔全員を殺すか、屈服させることが、境界から抜ける条件ですぞ」


 メルコムが背後から解説してくれる。

 マカーブルは不快げに、人間側に立つ悪魔の態度を唾棄する。


「堕天使ごときが、人間になびいてんじゃねえよ、勝手に俺たちの駅で餌をあさってやがったクズがよォ」


 もちろんそう言うこの悪霊自身、他の悪魔の支配領域で適当に餌をつまみ食いしているのだから、お互い様ではあるのだが。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

マカーブル/悪霊/23/14世紀/ヨーロッパ/フランス詩/経堂


 中世ヨーロッパの宗教劇に登場した「死神」と同じ名前と姿を持つ悪霊は、人間を一瞬にして死に導く強い呪力を持つ。

 白い骸骨が描かれた黒い服を着て、人間の霊魂を刈るための長柄の大鎌をふりまわす。

 偉大なる「死」のためにダンスを踊るが、それは「死の舞踏ダンス・マカーブル」と呼ばれ、恐れられている。


「見たところ、あと1匹か2匹というところですな」


 マカーブルを無視して、メルコムは言った。

 周囲の境界化の気配から、空間を維持している悪魔の雰囲気がつかめるらしい。


「へっ、そう簡単には抜けらんねえよ! ボスはつえええからなあああ!」


 叫ぶマカーブルの喉首を、ヌエが噛み裂いた。

 戦闘終了。ナカマのレベルが上昇する。


 悪魔には基礎レベルがあり、最低でもそのレベルからスタートして、ある程度の強さまで成長することができる。

 なかにはピクシーのように、上位種族に進化する種族もある。

 だが進化しなくても、その種族として成長をつづけていけば、相当の強さに達することができる。人間がいくらでも強くなれるように。


「さーて、つぎの獲物はどこかな、ワンちゃん?」


 チューヤの言葉に、イヌガミがくいっと鎌首をもたげる。

 もちろん嗅覚に優れ、獲物を追いかけることにかけて、猟犬の右に出るものはない。

 イヌガミは、倒れているマカーブルに鼻を寄せ、くんくん嗅ぐと、ぐるり周囲を見わたす。


「かわいいワンちゃんだー」


 サアヤが頭を撫でようと近寄ると、イヌガミは一瞬、うれしそうに目を細めるが、その頭上にいるポメラニアンを見つけて、ハッとしてその場から飛びのいた。


「ちゃんと首輪つけとけよ、その野良ポメラ」


「んもう、ケルは怖くないよぉ」


 イヌガミの嗅覚は、しばらく周囲を泳いで、空気の流れを感じ取る。

 イヌが、どういうふうに世界を見ているのか、チューヤはこのとき知った。

 彼らは世界を、人間のように色彩豊かに認識することができないが、別の感覚によって、より合目的な把握をしている。


 臭いだ。


 空気が臭気の色彩を帯びている。

 だれかが歩いた痕跡は筋になって見えるし、それがいつごろに残されたものなのかも、におい分子のグラデーションによって把握できる。

 召喚魔術回路を経由して受け取ったイヌガミの感覚に、チューヤは自分の脳内マッピングデータを重ねる。

 ──駅の全景を俯瞰。


「駅はもうひととおり、まわったはずだが……ホームはもちろん、地階コンコースも……」


 無数の情報が展開する脳内地図から、ひとつのデータが選択され、収斂していく。

 イヌガミの超嗅覚と、男子特有の空間把握力。

 見出された答えが、目のまえにあるエレベーターだった。


「なーに? また上にもどるの?」


「……いや、地下でしょう」


 メルコムが言った。

 チューヤはうなずきながら、エレベーターの表示パネルを見つめる。

 一見するとエレベーターの表示は1から3までだが、操作盤を殴りつけると下部のパネルが外れ、B13という表示が現れた。


「地下13階? 経堂にそんな施設あったかな」


 つぶやくチューヤの脳内に、そういえば12匹のマカーブルをぶっ倒したな、という記憶がよみがえる。


「境界は、こちら側とあちら側の世界の合体です。こちら側にないものも、あちら側にはあるのですよ。まあたいていは、あなた方の世界にあるもののほうが多いので、われわれはそれを一方的にいただくことにしているのですがね」


「悪魔さんのご都合は理解しているつもりだよ。……よし、行こう」


 B13のスイッチを押す。

 がこん、とエレベーターが作動する。メンテナンスの行き届いた現世のエレベーターらしくない、老朽化した動きでずるずると箱は下がっていく。


「ねえチューヤ、私、疲れたんですけどぉ」


 密室の中、サアヤの苦言が耳朶を打った。


「だから、魔法節約って口を酸っぱくして言ってるでしょ」


「命の恩人に対して、だいぶつれないこと言うじゃんか」


 実際、サアヤに命を救われた回数など数える気にもならないくらいだが、彼女が自分の役割を果たしすぎるきらいがあることは、ある意味で問題でもある。


「屋台でも探すか」


「あーね、あれ便利だよね」


 永福あたりの地下で、回復屋が屋台を引いていた。

 屋台である以上、このへんで営業していてもおかしくはないはずだ。


「ああ、屋台ですか。そういえば、地下で見たような気がしますね」


 メルコムが言った。

 なんだよ、地下の存在を知ってたなら最初から言えよ、と思ったが口には出さなかった。

 エレベーターの開いたドアの先には、地下13階のダンジョンが広がっている。

 異世界の経堂地下は、このように開発されているということのようだ。


「悪魔の気配もだいぶ強いな」


「マカーブルがボスであることはまちがいないでしょうが、それ以外の悪魔ももちろん、たくさんおるでしょう」


「おかげで、きみたちをナカマにできたわけだしね」


 チューヤの言葉に、イヌガミが遠吠えを返す。

 基本的にニュートラルに近い属性の悪魔をナカマにしやすい傾向があるが、ライトの女神であるハトホルや、ダークの妖獣ヌエなど、バリエーションに富んだナカマを引き入れている。

 合体によって、さらに多彩なナカマを創り出すこともできるはずだ。


 そのとき、遠くから聞こえた声に、メルコムが人差し指を立てた。

 右手から聞こえる、どこかで聞いたことのある屋台の呼び声。


「ぇ~、早く~来ないと~、なくな~るよぉ~♪」


 なんかちがうような気もするが、とにかく声の方向に進んだところ、たしかにそこには屋台があった。


「回復……じゃないね」


 あきらかに、のれんの文字がちがう。


「私の記憶が確かなら、これはどう見ても」


 そこには「道具屋」と大書してあった。



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