表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
63/384

62


 ホームに踏み出した瞬間、チューヤはなにか、うすら寒いものを感じて足を止めた。

 罠が、張られている。

 わずかに腰を落とし、鋭い視線を周囲に振り分ける。


 悪魔使いならではの、悪魔の姦計に対する本能的防御反応。

 それがつねに奏功するとはかぎらないが。

 事実、マカーブルは即座に動いてきた。


 境界に片足を踏み込んだその腕が、懐から取り出した──肉塊。

 ぎくり、とチューヤの背中がふるえる。

 先刻、警視庁で受けたばかりの取り調べが、脳内に反芻された。


 バラバラになった、代理教師の肉塊。それを東京の各所に捨てた「悪魔」がいる。

 別の部分が、別の場所に捨てられている可能性がある。

 もちろん犯人がまだ、それを所有している可能性も。


 ──はあ? メガネに被疑者の指紋? メガネなんて、どこにでも置き忘れる可能性のあるものですよ。それを手にしたことがあったら犯罪ですか? 死体のそばに落ちていた? 状況証拠にすぎません。単なる偶然でしょう。彼の犯行を証明できますか? むしろ被害者なのかもしれない。邪悪な犯罪者にハメられたのかもしれない。いずれにしろ挙証責任を果たすべきは警察ですぞ、もちろん、このような取り調べは断固として無効です!


 悪魔の弁護士による弁論は、ただちにチューヤの拘束を解き放ったが、彼がハメられたとするなら、ハメた者がいる。

 たとえば、ここに──。


「集めたら復活するかもしれないぜ? なあ」


 一瞬、だれの声かわからなかったが、どうやら仮面の向こう、悪魔がしゃべったらしいという理解が、遅れてやってきた。

 マカーブルは言った瞬間、その手にある死体の破片をチューヤに向かって放り投げた。

 それは途中から急激に現実味を増し、たしかな物体としてチューヤの身体に当たる。

 ぽたり、と落ちる肉片。


 チューヤはすばやく周囲を見まわす。

 まずい。何人かの目が一連の出来事をとらえている。

 さらにわるいことに、そもそもホームは全域がカメラで撮影されている。

 警察官も数人いる。先刻の事故の目撃者を募っているが、新たな事件の素材が投入されれば、当然そちらに集中する。


 その肉塊には、見覚えがある。

 あの下品なマニキュアの色、病的に変色した皮膚。


「矢川……」


 短い悲鳴が聞こえる。

 ざわめきは、さざなみのように広がり、人々の視線が地面に集まる。


「なにあれ……っ?」


「さっきの事故?」


「だって、そんなバラバラになってないよね?」


「おえ、きもーぉ」


 まずい。この肉片はフェイクではない。

 本物の人間の手首。もし、だれのものかバレたら。


 人々の流れと視線が、チューヤのうえに交錯する。

 だれかが彼を指さしている。

 ざわめきはさざ波のように広がり、集団のひとりが注目を浴びるという情勢が形成される。


 あの高校生の足元だよ。手首だろ、あれ。

 ほんとかよ、さっきの事故のやつじゃないの?

 あたし見たし! 服のところから、落ちてきた!


 人々の思考は、言葉となって流れをつくる。

 全体の動きが変化する。

 そのなかから、チューヤの視線は特に重要な動きを、ただちに把握する。

 あの独特に膨らんだ背広、すり減って薄汚れた靴、なにより、どこかで見覚えのある顔。


「一課……か」


 そもそも組対四課が動いたことが、一課にとっては不愉快だったはずだ。

 バラバラ殺人事件ほど、警視庁捜査一課が喜んで動く事件はない。

 もちろん組織犯罪が疑われれば、組対や所轄も当然に動きはするのだが。


 重要参考人に尾行をつけるのは、警察の定石だ。

 その行動のなかで、証拠隠滅に類する行為が発見されれば、まんまと御用。

 今回のように、証拠物件を押さえられれば万々歳。


 どうする? 下手に動いたら、余計にまずくないか?

 だが現状、言い訳の余地があるか?

 見える人にしか見えない悪魔が、にやにや笑ってこちらを眺めているんだなどと叫んだところで──。


 が、それ以上、悩む必要はなかった。

 別の動きが、状況を劇的に変転させたからだ。




「ぼくの、()()()()()だ!」


 小太りのあきらかにオタク男が、転がるように駆け寄ってきて、肉塊を拾い上げた。

 そして、周囲を一顧だにせず、駆け去っていく。

 チューヤに向かってきていた刑事たちの動きは、即座にそちらの方向に向き直る。


「追え、あの男だ!」


「所轄! 向こう押さえろ」


 ふたりの刑事が、それぞれに言葉を発しながら駆けて行く。

 注目の先はチューヤから、新たに現れたオタク、そして刑事らしい男たちに分散し、別の流れを形成する。

 視線を転じると、死神がつまらなそうにチッと舌打ちをするのが見える。


「なんだよ、ここにもマニアがいたのかよ」


 チューヤはすぐに動きを開始する。

 相手の思惑が外れたと見たら、思考を立て直されるまえに主導権を取り返すべきだ。


 ナノマシンを起動し、相手の悪魔の形成する力場に注意を集中する。

 境界化するなら、させてしまったほうが話は早いかもしれない。

 チューヤの背後にはサアヤが、盤石の態勢でバックアップの準備を整えている。彼女がいると思うだけで、生命の危機が遠のくのを感じる。


「おい、死神。なぜ、おまえが彼女の手を持っている」


「拾ったんだよ。だってここは東京だぜ。そこにもかしこにも、屍体と怨念が山積みされてるじゃないか」


 悪魔はにやにや笑いながら、新しい手首の切れっ端を拾い上げ、しゃぶる。


「それは……だれだ?」


 チューヤとマカーブルの会話が開始される。

 トークによって相手の立ち位置を知り、情報を仕入れ、アイテムや通貨などの交渉をし、場合によってはナカマに引き込む。

 それが悪魔使いの戦い方であり、生き様だ。


「さっきのオタク野郎が探してた()()()だろうよ。死体をばらばらにする人間というのは、昔からたくさんいてな。けっこう、いろんなところに埋められているんだぜ? 掘り返してみなよ」


 常磐線やTXの拡張のとき、南千住あたりを掘り返していたら、白骨がぞろぞろ出てきた、という話はチューヤも聞いたことがある。


「ここは、南千住じゃない」


 マカーブルはケラケラ笑い、鉄ヲタの知識を裏書きする。


「あのへんは二百年来の仕置き場で、怨念と屍体の大山脈だからな。ベルゼブブ大先生が取り憑きたがるわけさ。掘れば掘るほど味が出る、ってか」


「餌をバラバラにして、いろんなところに埋めて隠すなんて、動物みたいなやつだな」


 マカーブルの視線とチューヤのそれが、意識的に噛み合う。


「わかってきているじゃないか。俺たちは捕食者であり、おまえらは餌なんだってこと」


「──納得はしていないが、理解はした。それに、バラバラにしたのは人間なんだろう?」


「おっと、語るに落ちたか。なかなかやるじゃないか、人間のくせに」


「褒められていると受け取っておく。で、媒介した悪魔は?」


 悪魔のペースで話を進めていると思わせつつ、じつはチューヤが誘導している。

 悪魔が境界から死体をどちら側にも持ち出せることはわかったが、それをやっている悪魔の正体と動機が知りたい。


「悪魔が簡単に仲間を裏切るとでも?」


「思ってる」


「正解だ。おもしろそうだから、今回はおまえに乗ってやろう。……赤羽の周辺に巣食っている者どもは、本当に居心地のいい連中だぜ」


「ダークサイドが寄り集まっているわけだな。まあベルゼブブの名が出た時点で、予測はできたが」


 恐ろしげもなく大物魔王の名を口にするチューヤを、マカーブルはおもしろそうに眺める。


「こっち側にも、なかなかおもしろいやつがいるな。言っておくがベルゼブブは大ボスだぜ。ケチなバラバラゲームで遊んでるのは、もっと下っ端さ。赤羽あたりに巣食う邪神も、だいぶ絡んではいるようだがな」


「赤羽……ロキか」


「やつらは女衒ぜげんらしさを、フルスロットルで発揮しているだけさ。女をバラバラにして、男好きのするパーツを集めて、人気の出そうな肉人形をつくって売っている。板橋あたりの欲ボケどもが、発狂しながらハァハァなんとかタンを集めてまわってやがる。まったく、おもしれえかぎりだぜ、人間ってやつは」


「……貴様も噛んでいるんだろうが」


 チューヤのなかに、鬱勃として怒りが沸き上がる。

 こいつは忌まわしい敵だ。

 悪霊というその性質上、やっていることが邪悪なのは当然といえば当然なのだが、それにしても人間の良識を逆撫でしすぎる。


 この会話のなかで最高潮に、両者の視線が戦意を帯びた。

 ナカマになれ、とは言いたくない気分だし、そもそもそういう状況ではない。


「ああ? やんのか、おい」


「退治してやるっきゃ、ないようだな」


 じわり、と片足を下げつつ、召喚の準備をする。

 マカーブルは一瞬、何事かを考えたようだが、チューヤから向けられたある種のプレッシャーに、応じる決意を固めた。


 底意に対して意識的かはともかく、チューヤが会話から戦闘までを誘導している。

 悪魔使いの真骨頂。それこそ「場の支配」だ。

 もちろん相手にも主張がある。互いの意思をすり合わせ、落としどころを探る。このような「交渉」ができなければ、悪魔使いはできない。


 相手の握っているオプションを局限し、自分の行使しうる幅だけを広げる。

 重要なのは、そこだ。

 ここで相手に「あちら側」に隠れられたら、また駅のホームを歩きまわって境界の扉を開き、無理やり引きずり出さなければならない。

 それはそれでいいが、余計な時間がかかる。

 相手からこの場を境界化させ、タイマンの場をつくる。

 それがチューヤの目算だった。


「わるい子を退治するんだね」


 背後から、サアヤの声がする。

 チューヤはふりかえらず、うっすらと笑う。


「どうやら境界に引きずり込まれたらしい。生きて帰りたかったら、そうするしかないぜ」


「もう、狙ってたくせにぃ」


 同じことは石神井公園駅でもあった。

 悪魔に言うことを聞かせる最短距離は、じっさい戦って強さを誇示するのが、結局のところ最善なのだ。

 さて、と悪魔召喚を実行しようとした瞬間、チューヤはぎくりと震えた。


「きゃーっ!」


「うわああ」


「ぎゃあぁあ!」


 全方位から悲鳴。慌てて視線を走らせる。

 どういうことだ?

 見まわせば、境界化された範囲に多くの人間が巻き込まれている。

 1対1で決着をつけてやる、というチューヤの思惑は、完全に裏切られた。


「てめえ、死神……っ」


「なんだよ。境界化ってのはパワー使うんだよ。この程度の餌を捕食しなきゃ、費用対効果に合わねえだろうが」


 駅の支配、という言葉の意味がまだよくわかっていなかったことを、チューヤは反省する。

 じっさい悪魔は石神井公園そのものを境界化して、多くの人間を「行方不明」にした。

 同じことをこの場で実行する可能性は、当然に考えるべきだった。


「てめえ、ぶっ殺──」


 目のまえの敵を、まずは屠る。

 挑発に乗ったチューヤの敵意に、真正面から立ち向かおうとした。

 それが、マカーブルの敗因だった。


 がぶり。

 敵の喉首に食らいついたヌエが、一気に引きちぎる。

 チューヤの死角から隙をついてふりまわそうとした巨大な鎌が、ぽとりと地面に落ちる。


 彼は気づいていた。

 マカーブルが影に腕を落とし、死角から斬りかかってこようとしていたことを。

 機先を制したのは、まさにその夜の闇に紛れてうごめく妖獣ヌエの本領。

 マカーブルは一匹であり、二つの目しか持たない。

 だが悪魔使いは、召喚できる悪魔たちの視線のすべてを持っている。


「意外に……冷静じゃねえかよ、悪魔使い……」


 狩ることはあっても、狩られる経験はなかったマカーブルから、魂が抜けていく。

 故郷の地獄へ帰ったのだろう。

 倒されたその死体を、しかしチューヤは見ていない。


 いま、ここで戦う力があるのは自分たちだけだ。

 こいつはボスじゃない。

 マカーブルは一匹の悪魔の名前ではなく、種族の名前だからだ。

 ここは死神の巣。一匹や二匹倒したところで、ゲームは終わらない。

 見れば、踊り狂う死神の数は──。


「わかんねえけど、とにかく近くから片づけていくぞ」


「おっけ、がんばろう!」


 地獄と化した境界の経堂駅を、人を救うため、悪魔使いは駆け巡る。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ