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60 : Day -56 : Kokkai-gijidomae


「聞いたんだけどさ、あのひと、動物虐待とかもしてたらしいね」


 東京メトロ管区内で小田急製の車両に乗り、国会議事堂前駅を通り過ぎながら、チューヤたちは会話をつづけている。


「淫行と虐待の前科な。よく採用したよ、うちの高校もあんな代理教員。……だからって、この手でやったことの責任から逃れるつもりはないけどな」


 チューヤは自分の手をじっと見つめる。

 矢川を殺した瞬間の感触は、忘れていない。

 生命を最重要視するサアヤも、もちろん殺人を肯定するわけではないが、矢川に罰されるべき要素が大きかったことは事実だ。


「それなんだけどさ、あの先生、もう()()()()んじゃないかな? 悪魔に取り憑かれた時点で、人間としては終わってたような気がするよ。すくなくとも心は、悪魔に食われていた。もともとそういう人だったのかもしれないけど」


「殺してよかった?」


 さすがに首を振るサアヤ。

 どんな極悪人でも、彼女はあえて殺さないだろう。


「ううん……けど、なんて言うかな、情状酌量の余地はあるよ、チューヤには」


「はは、どうも。アメリカ人に聞かせてやりたいよ」


 アメリカでは、犯罪者はとりあえず射殺する、という文化がある。

 そこに良心の呵責などは、あまりない。すくなくともドラマにおいては。


 先日、アメリカの刑事ドラマを見ていた。

 すでに現場は制圧されている局面。事件の謎もあらかた解決している。

 そのとき犯罪者が銃に手を伸ばした。瞬間、炸裂する3点バースト。拳銃を狙うのではなく、迷わず致命傷を与えるやり方だ。

 ごく自然に、訓練された刑事は犯罪者の生命を奪う。


 謎は解かれているので、もう生かしておく必要はないから、殺しちゃっていいや。

 そんな演出上の都合でもあるかのように、簡単に射殺してみせる。

 犯罪者にもそれなりの事情はあったが、そんなものは関係がない。

 わざわざ殺さなくてもいいのに、と日本人のほとんどが思うだろう局面でも、アメリカ人は平然と殺す。

 そもそも、地面に落ちた銃をさっさと排除しない刑事側の危機管理の問題も大きいはずなのに、その結果、もたらされる犯罪者の死は妥当であるらしい。


 それでも射殺後に、多少の後悔や反省があるなら、まだ救いがある。

 その女刑事は、パートナーの男に対して、あなた危なかったわよ、あたしと組んでてよかったでしょ、うっふん、と色目を使いだした。

 ついいましがた、殺す必要があったのかどうかさえ怪しい人間の生命を、その手で直接奪った女が、男の手に抱かれるような動きで、エロい顔をしている。


 それを見た日本人的日本人チューヤは、思わずゾッとした。

 彼女にとって殺人は日常。

 しかも驚くべきことに、彼女は犯罪者ではなく主人公、正義の執行者たる刑事なのだ。

 その立場で、このありさま。

 彼女は殺しを正義だと思い、良心の呵責の一片さえなく、人を殺したその夜はお楽しみ。そんなドラマが、平然とまかり通るアメリカ社会。

 ほんとうに恐ろしいな、と思った。


 だが世界は、残念なことに、この「ふつうに殺す」世界観へと傾斜を強めている。

 相手が武器に手を伸ばした時点で、射殺していいという文化。

 いや、じっさいに武器をもっているかどうかさえ、関係がない。危ない犯罪者、武器をもっているという「疑い」だけがあればいい。

 その後、自分の罪をふりかえることなく、むしろ殺人は栄光であり勲章だとでも言わんばかりに、誇らしげに日常にもどる刑事の姿が、「ふつう」にある社会。


 世界に悪魔というバイアスがかかるとき、召喚士は、このパラダイムのシフトを自覚しなければならない。

 殺されるまえに殺せ。

 脳内で、ナノマシンがそう囁いている──。




 代々木上原を過ぎて下北沢へ。

 窓の外、謎の宮殿が見えてくる。

 危ない気配を感じて、チューヤはゆっくりと目をそらす。

 反対側の線路に目を転じると、ベージュとメタルの模様が走り去っていく。

 いつもの小田急だ。


「他形式と混結すんなよ」


「混血? 大丈夫だよ、私、身も心も日本人だから」


 チューヤとサアヤと会話が噛み合わないのは、いつものことだ。


「なんのこっちゃ。だいたい、おまえは他種族と混結してるじゃないか。俺にしか見えないとはいえ、頭にケルベロスを乗っけるのはやめろ」


 サアヤの頭のうえには、ポメラニアンの仮面をかぶったケルベロスの分霊が、のっぺりと張り付いている。

 もちろん、見える人にしか見えない。


「えっへへー。ケーたんがウニ乗っけてるの、じつはちょっとカッケーな、とか思ってたんだよね」


「カッケーか、あれ? それにあれはウニじゃなく、古生物ハルキゲニアだ。俺としては、やっぱりお嬢のカーバンクルが、鉄板すぎてな……」


 ふたりの脳裏に、金髪縦ロール高校生お嬢の肩に生息する、カワイイ系の謎生物カーバンクルの姿が思い浮かぶ。

 どう見ても、どこぞの魔女っ子アニメだ。


「あーね。あの、かーばーん! っての、反則だよね。かわいすぎる。けど、これで私も、ガーディアン持ちの仲間入りだし」


「ふーん。俺なんか、神さまに守ってもらってるし」


 ポン、と腹をたたくチューヤ。

 そこには当然のように、腰痛部のプレゼントに応募して当たったチャンピオンベルトが巻かれている。


「腹巻とか、おっさんくさーい」


「腹巻ちゃうわ」


「いつもつけてるの? ちゃんぴょんベルト」


「つねにつけないと意味ないだろ、腰痛ベルトは」


 しかもこのベルト、オオクニヌシの守護つきだったからチューヤも驚いた。

 腰痛ベルトを巻いた当日、土曜日にナミがチューヤの背後を見て、それらしいことを言っていた言葉の意味を、遅まきながら理解したのが翌朝。

 たしかにチューヤには、「オオクニヌシ」の守護がついていた。


 ダイコク先生と、あまりにも結びつく名前、オオクニヌシ。

 いずれこのガーディアンの秘密も、解き明かさなければならないときがくるだろう。


「すごい体力増えてるよね! それつけてると、ほんと殺しても死なないっぽいよ、チューヤ。いいことだ」


 満足げに笑うサアヤ。彼女にとって、死から遠ざかるのは常にいいことだった。

 たしかにオオクニヌシは、何度殺しても死なない、またはすぐに生き返る、不死身の国つ神として有名である。


「……まあ、わるくはないけど、ほんとはニャンコに取り憑いてもらいたいんだよな」


 ネコマタ、センリ、バステトなど、猫系の悪魔は数多い。


「チューヤって、ほんと猫派だよね」


「サアヤは犬派な」


「うん、でも動物は全部好きー。ウサギだってオケラだってアメンボだって」


「ミミズは嫌いなのか」


 耳ざとく、省かれた生物の肩を持つ。


「べ、べつに、嫌いじゃないよ、ではしないけど」


「俺だって犬も好きだぞ。どちらかといえば猫ってだけで」


「永遠のテーマだよね! まあ動物好きは、犬も猫も愛するけど。私、純粋な猫派に対しては、ちょっと懐疑的なのよね」


「なんだよ、どういう意味だ」


 犬派と猫派の対立構図が、ここにもあった。


「つまりさ、たとえば犬派でも、猫が虐待されてたら怒るし、止めるし、助けるじゃない」


「いや俺だって、猫だろうが犬だろうが、虐待されてたら怒るし止めるわ」


「ま、ふつうはそうなんだけどさ。犬派は猫がいじめられてても助ける人が多いけど、猫派は犬がいじめられてたら助けない確率が高い気がしない?」


「おい、無礼なことを言うなよ」


「うーん、なんか見たからさ、そういう人」


 彼女が見た「猫派」が、どんな邪悪な猫派だったか、チューヤは知りたくもない。


「そりゃ、いろんな人間がいるだろ。何派だろうと、いじめる腐れ外道は必ずいる」


「うん、けどさ、動物を虐待する変な人を、強いて犬派と猫派にわけたら、猫派のほうが多いと思わない? チューヤも、身内以外に対しては冷酷なところあったりするし」


「失礼なことを言うな! おまえ猫派に消されても知らないからな!」


「そうなのよ。猫派は身内以外に対して、押し並べてそういう残虐なところが……」


 あくまでもサアヤの個人的見解による。


「犬派だって同じだ! いや、ちがうわ。そもそも動物虐待してる時点で、犬派も猫派もない共通の敵だろ!」


「だから、それはそうよ。その大前提のうえで、ものすごく少ない割合、たとえば0.1%か0.2%かのちがいの話」


「2倍もちがったら、えらいちがいじゃないか」


「一定の割合で存在するよね、動物虐待しちゃう残念な人」


 猫派と犬派のどちらが冷酷か、という議論はともかく、虐待という論外の行為に対しては手を取り合って立ち向かう決意のふたり。

 この先に、虐待された動物の因縁を背負う悪魔が、おそらくは待ち受けているのだろうと予感する。

 その瞬間、電車が激しく揺れた──。



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