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「あ、ちょっと待ちなんし」
走馬燈から抜けて、現実にもどろうとするチューヤたちを、邪教の味方が押しとめた。
「なんだよ。もう合体なんかしないぞ」
「いや、あんさんに用はないざんす。そっちの女の子」
テイネの言葉に、サアヤがきょとんとして、自分を指さす。
「私? 私は悪魔使いじゃないよ。合体するものなんかないし」
「俺と合体……痛恨!」
やっぱりな、と言いながら地面にうずくまるチューヤに背を向け、テイネとサアヤが話を進める。
「うん、合体の話じゃないざんす。ええと、興味がありんすよ。おたくさんが、さっき犬に与えていた丸薬? みたいなやつ。あれ、なんざます?」
「ああ、あれ」
ポケットからお守りを取り出すサアヤ。
もちろんここは魂の世界なので、現実のサアヤの身体はピクリとも動いていないが、思考世界で彼女の持ち物は厳密に再現され、しかもそれは他者に与えることが可能な存在感を持っている。
ということは、魔力を帯びた特殊な道具の一種であることは、まずまちがいない。
「それ、よかったらひとつ、わっちにおくれでないかい?」
「……なんで?」
とくに惜しんでいるわけではなく、純粋に知りたいだけの問い。
「それを飲ませた動物で、合体事故が起こったざんしょ? そもそも、犬種ポメラニアンと妖魔カーバンクルの合体で生まれるのは、カソっていう魔獣のはずだったんざます。
それが、なぜか最上位の魔獣ケルベロスになった。ありえない……こんなケース、見たことないざます。
もちろん合体のプロセス自体は邪教ネットに記録されてありんすから、これからじっくり研究はするざますけど、よかったらその材料として、協力してもらえたらありがたいな、と」
「ふーん。なんかよくわかんないけど、いいよ、はい」
物惜しみをしない性格のサアヤは、お守り袋を開くと、そのなかから取り出した丸薬をひとつ、邪教の味方に手わたした。
「ありがとう! これ、なんていうざます?」
横から顔を出したチューヤは、
「まるでセイロガ……痛恨! なんで? なんで殴られた!?」
「貴様には大正パンチこそふさわしい。……それはね、私が夢のなかに出てきた女神さまといっしょにつくった、生露丸だよ!」
「イ、イキローマル?」
カンチョーのポーズをとり、再びしばかれるチューヤ。
「それはイチローマルだろ!」
「すべてを含めてルーティン」
見た目はどう見ても日局木クレオソートを主成分とした胃腸薬(止瀉薬)だが、境界化した世界で扱えるということは、なんらかの魔法アイテムであることは事実のようだ。
「夢でね、ナミおばさんに似た女神さまが出てきて、作り方を教えてくれたの。黄泉比良坂に落ちているブドウとかタケノコをね」
「その時点で突っ込みどころ満載なんだが」
「うっさい! とにかく、祝福を受けた食べ物を混ぜてつくったものだから、食べられるものだと思うよ!」
あの世のものを食べると、あの世からもどってこられなくなるという……。
「食べ物は、食べられる時期を逃したり変な加工をすると、すぐに食べられなくなるんだぞ」
こっそりと指摘しておくチューヤ。
テイネは、その丸薬をまじまじと眺めながら、
「うん、まあ食べ物としてはともかく、なんらかの呪詛的効果があるのはまちがいないざますね。ありがとなんし。お礼に、これをあげるざます」
なにやら道具類のはいった袋を、鍋から取り出してきて差し出す。
「なんだそれは?」
「冒険の旅といったら、武器防具はもちろんざますが、道具を欠かすわけにはいかないざんしょ。このなかには魔法の効果を封じたアイテムが、いくつかはいってなます。袋自体が境界製だから、むこう側にもどったらただの紐になりんすけど」
「こっち側でだけ使えるアイテムか。まあ悪魔召喚も魔法も、基本的にむこう側では使えないから、それと同じといえば同じだよな」
魂の時間に受け取ることができるということは、サアヤの丸薬と同じ属性ということだ。
「わっちらは〝等価交換〟が基本ざますからね。悪魔合体させる代わりにデータをもらう。丸薬をもらったら、代わりのものをあげる。これで貸し借りなしざんすよ!」
「はいはい、そりゃどうも。……なるほど、効果はわかった」
ナノマシンを通して袋の中身を確認し、戦略に組み込むチューヤ。
長かった走馬燈から、ようやく脱して現実へ──。
邪教空間から抜けた瞬間、時間の流れがもどってくる。
即座に召喚プロセスにはいる。
まず出現したヌエの力で、電撃を吸収する。
相手の得意属性による攻撃により、アルケニーのターンは強制終了。
チューヤたちの行動の優先順位が、つぎつぎと繰り上がる。
「ハトホル、頼む!」
召喚された女神の魔法によって、瀕死だったチューヤたちの体力が回復する。
全身に力がみなぎる。チューヤはクチナワの剣に力をこめ、突撃する。
悪魔使いは悪魔を使う。
だがそれは、自分が安全なところでのうのうと守られていていい理由にはならない。
みずから率先して突撃し、危険に身をさらしてこそ、その統率、采配に価値がある。
「くっそ、ガキが、いい気になるな! ザコを召喚しなおしたところで、レベルの差は歴然なんだ……っ」
「先生よ、あんたまちがってんよ! 戦いはレベルじゃない、戦略なんだ!」
強い悪魔をそろえるのではなく、呼吸の合ったナカマの連携を強化すること。
相手の攻撃を分析し、耐性を持ちを集めて、こちらからは弱点を突いていくこと。
どれほどレベルが高い相手も、この基本を踏まえて戦えば、勝てる。
「ガルグァアァ!」
「弱点は火だ、ハトホル」
「承知。燃え尽きよ!」
「こっちもいくぜ」
さっきもらったばかりの道具袋から、火炎魔法を封じたアイテムを使用するチューヤ。
左右から弱点の炎を浴び、背後にまわりこんだヌエが強力な牙を突き立てる。
「ぐぁあぁ! おのれ、貴様らァ!」
「これで、終わりだ!」
クチナワの剣に力を込めて薙ぎ払う。
反射的に腕を上げてかばったアルケニーの、まだ人間だった手と昆虫の脚が数本、ばらばらと切り落とされる。
矢川は絶叫しながらも、ちょうど攻撃範囲にはいったチューヤの喉首に向けて、鋭い毒牙を突き立てようとする。
「危ない!」
アルケニーの牙が空を切ったのは、サアヤが常ならざる敏捷さでチューヤの身体を引きもどしたからだ。
チューヤはそこに、ケルベロスの力強いガーディアンとしての助力を見て取った。
「サンキュ、ケル、サアヤ。……これがチームだよ、センセ!」
ふりかえりざま、全身全霊を込めた一撃を、袈裟懸けに切り込むチューヤ。
右からはヌエ、左からはハトホルの援護がある。
勝負はあった。
絶叫し、その場に頽折れるアルケニー。
HP-となった死体は、境界が褪色するのに合わせて、ゆっくりと溶けるように消えていく。
「さよならだ、矢川センセ」
チューヤは、地面に落ちた矢川の三角眼鏡を、こと切れた彼女のうえに置いてやる。
長い戦いが、終わった。




