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ひとは死んだら生き返らないと思いますか?
生き返る。
たぶん生き返る。
中学生の2割が答えたという、この答えの真意。
「人類の進歩は、死者さえも生き返らせる」
ゲーム脳とか、マンガの影響でそう思っている者も、なかにはいるかもしれない。
だが、現実に進歩する科学力を信じて、いまはまだない超科学の力によって、人間が復活することだってあるかもしれない。
一部は、そんな夢を持って、希望の未来に踏み出そうとしているかもしれない。
すくなくとも彼らの親の一部は、自分の子がそういう未来を切り開くかもしれない、という夢を持っている。
「……ポメラニアンでありんすか。素材としては、あんまり使ったことないざんすが」
いつのまにか、サアヤの足元に立っている邪教の味方。
青い衣をまとって、グラサンをかけた、つけヒゲの不思議な存在。
その姿が、なぜかこの雰囲気にしっくりとくる。
サアヤはにっこり笑い、
「いい味、出せるよね、味方さん。この鍋、最高の鍋だもの」
「ほんとは御方って書くんざんすよ。自分が所属している側、って意味なんす。つまり味方は当て字なんしか、当を得てはいるから気に入ってるでありんす」
「味の方。大事よね」
サアヤの表情に、もはや狂気はない。
ごくり、と息を飲むチューヤ。
サアヤたちの会話を聞きながら、眉根を寄せて両者を見比べる。
このふたりの会話には、ひどく不愉快なものを感じる。
「邪教に味方するってどういうことだよ、おまえら」
邪教とは、正教に対していう言葉だが、みずから正教を名乗る者にとっては、他の正教はすべて邪教である、ともいえる。
──いや、わからないフリをしているだけだ。
チューヤにも、もうわかっている。
ナノマシンに導入された、邪教プラグイン。
この拡張プログラムが、悪魔を集めてなにをするものか、知っている。
「生き返らせてあげよ? カーバンクルも、ね、チューヤ」
「そいつはまだ」
瀕死の状態だ。
完全に死んではいないから、ストックにもどして回復魔法をかければ蘇る。
だが、現状のナカマに蘇生魔法を持つ者はいない。
また、仮に完全な死体であっても、悪魔合体プログラムは素材適用を拒絶してはいない。
合体事故のリスクが高まる、という警告だけはあるが。
であれば、いま、ナカマの死骸の使い道は、ただひとつ。
「死体にも使い道、あるんだよ、チューヤ。だって、それはまだ死んでない。生きてるもの。生かすことができる!」
背徳の至り。冒瀆の極み。
本来なら「埋葬」すべき屍体を、利用価値のある「素材」に変える。
「やめろ、サアヤの言うことを聞くな」
サアヤにはもう制止の言葉は通じない。
そう判断して、チューヤは邪教の味方に矛先を転じたが、彼女は静かに首を振る。
「わるいざんすが、邪教は絶対に、くるものを拒まない。こんなこと、ほんと日常茶飯事なんざんす」
そのためだけに、死体掘りという仕事が、並行世界にはあるという。
掘り出した躯にパウダーや魔法をかけ、ゾンビに変える。
あるいは邪教の鍋にぶちこんで、合体の素材に充てる。
死体には、使い道がある。
悪魔にとっては餌として。
死肉をむさぼる動物にとっても、それは糧になる。
これほど有用な素材を、なぜ使わない?
もちろんサアヤの意思を、素材の有効利用などという冒瀆的な言辞で表現すべきではない。彼女はただ「死」を拒絶しているだけだ。
だが、結局は同じこと。
彼女は「死」を受け入れることができず、復活という魔法の言葉に魅せられた。
邪教の味方は鍋の横に立ち、なにやらプログラムを実行する。
すると静止した時間の向こう側、鍋のなかから伸びた腕のようなものが、現実のポメラニアンとカーバンクルの実体を、鍋のなかに引き入れる。
そこは異次元になっているかのように、とてもフタがしまるような体積ではない2体を飲み込んで、ぴったりとフタを閉ざす。
鍋は薄い光を放ち、内部で特別なプログラムを走らせる。
邪教の味方の歌声が響く。
「あーくーまー、みっくすじゅーちゅ、みっくすじゅーちゅ、みっくすじゅーちゅ! こいつをぐぐっとまぜこめば、こんや生まれ変わるかもね!」
ふざけた歌声に不似合いなシリアスな空気が、鍋の周囲を取り巻いて回転する。
魔法陣が浮き上がり、そのなかで進行するプロセスをデジタライズされた魔法文字で表現していく。
じゅうぶんに進歩した科学は、魔法に等しい。
またじゅうぶんに発達した魔法は、科学と融合する。
「夢に出てきた、女神さまが言ってた。黄泉から帰れる方法は、あるって」
「夢? サアヤ、おまえも」
「女神が復活するなら、ケルベロスだって同じだよ」
「瀕死の状態からの蘇生と、死亡状態からの復活はちがうんだぞ」
蘇生は、死亡に瀕した状態から命を取り留めること。
中級程度の魔法によって実現可能。
復活は、死亡したものを生き返らせること。
神の奇跡とされ、ほとんど起こらない。
完全に死亡した肉体を動かす方法として、ゾンビパウダーがあるが、これは厳密にいって、生き返ってはいないので復活とは呼ばれない。
では、合体によって生き返ることは、どう表現すべきなのか。
元通りの状態ではない以上、それは復活とは呼べないのではないか?
いわば、生まれ変わる、という表現のほうが適切かもしれない。
生まれ変わる──。
その瞬間、響きわたるビープ音。
尋常ではない出来事が起こっている。
「ワーニング、ワーニング! 合体事故が発生しました!」
邪教の味方は、うきうきと楽しそうに、警告音を発する鍋の輝きに見入る。
「やっぱり、できるだけ死体は使わないほうがいいってのは、まちがいないざます」
ステータス異常の悪魔を合体に使うと、事故発生率が大きく上がる。
この手の事故で生み出される悪魔は、半分がスライム系のゴミだが、残り半分で、めずらしい悪魔が生み出されることもある。
使用した悪魔によって──。
つぎの瞬間、ドーン! と強烈な光が天井から鍋を貫き、弾け飛んだフタの向こう側から飛び出してくる、巨大な魔獣。
「グワォオォオーッ!」
獣の咆哮はびりびりと空気を揺らし、その圧倒的な存在感は、その場の全員の心胆を寒からしめる。
唖然として、出現した悪魔を見つめる一同。
「ま、まじ? こんなこと、ありえるの?」
「これだから合体事故は、やめられない止まらないざます」
「ケルベロス……ケルベロスなの?」
悪魔名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅
ケルベロス/魔獣/72/紀元前/古代ギリシャ/神統記/代田橋
「つ、強え……。完全に終盤用の戦力だ……」
「さーて、どうなることやら?」
首をひょいとすぼめ、鍋のなかに飛び込んでフタを閉じる邪教の味方。
まれに、こういう事故が起こりうる。
むしろ邪教ネットとしては、多数の事故のデータを集めたい、という動機によって動いていた節もある。
邪教ネットの利用は無料であり、だれでも自由に悪魔を合体できるが、それによって邪教側が得るメリットは、なにか。
データだ。
彼らが何十年かけて集めた悪魔合体のデータは至宝であり、現在もその蓄積によって世界の悪魔合体需要を満たし、世界の合体シェアを席巻していた。
「だいたい、予想外の悪魔が出現した場合の結末は、決まってるでありんす」
能力をはるかに超えた力を持った悪魔は、呼び出した人間を食い殺す──。
ケルベロスは、その巨体を揺らして、ゆっくりと周囲を見まわす。
その目が冷酷に、ぎろりと光った。
見つめ合う、サアヤとケルベロス。
圧倒的なレベルの差。
ケルベロスが本当に悪魔なら、つぎの瞬間、上半身を食いちぎられて咀嚼される女子高生、という凄惨な場面が見られてもおかしくない場面。
が、結局、ケルベロスはサアヤのまわりをぐるり一蹴し、その足元に身を横たえた。
かつて、部室でポメラニアンがしたように。
魔獣ケルベロスの選択肢は、サアヤのガーディアンになることだった。
その魂の根源には、自由なケダモノとしてサアヤと付き合っていたころの記憶が保たれ、自分を救うために必死になった彼女のために、こんどは自分が働く番だと、かの忠犬は殊勝なことを言った。
せっかくだから、俺のストックにはいらない? というチューヤの誘いは、もちろん一蹴された。
そもそも扱うためには、まったくレベルが足りていないし、おマグりが使えているあいだはいいが、いざというとき召喚を維持するエキゾタイトの量が圧倒的に足りなくなることも予想される。
だがガーディアンなら、そういう懸念はない。
──ガーディアン・システム。
この非常に重要な概念を、理解しておかなければならない。
すでに仲間たちの多くが、このシステムを利用している。
ハルキゲニア、カーバンクル、ナーガ、サレオスといった悪魔をガーディアンにつけることで、彼らは多くの利益を得た。
同様にサアヤも、ケルベロスをガーディアンにつけた、ということだ。
ガーディアン、すなわち「守護霊」である。
具体的には、その悪魔の持つスキルが移植され、パラメータなどの補正を受ける。
ただし「自分のレベルに見合った」量だけだ。
チューヤのような悪魔使いは、基本的に、自分のレベル以上の悪魔をナカマにすることはできない。
だがガーディアンは別だ。
レベル1の「信者」でも、レベル99の唯一神をガーディアンにつけることはできる。
それが信仰心というものであり、レベル1に見合った庇護を、その信者は唯一の神から受けることができるだろう。
ガーディアンとは、要するに使用者である人間が、その能力に従って守護霊の力を引き出すという「仕組み」だ。
あくまで主体は使用者なのである。
一方、悪魔使いの場合は、対等な「契約」によって悪魔を使役する、という考え方が基本となる。
概念として大きく異なるわけだ。
「ちょっと待てよ、ケルベロス。それじゃ、おまえの力であの悪魔を……」
ふりかえれば、まだ時間は止まっている。
もしこのまま、もとの時間にもどれば、ただ殺されるのを待つだけになる恐れが高い。
このままガーディアンにおさまられると、直接、戦闘で役立ってもらう、というわけにもいかないのではあるまいか?
「そっか。なんかよくわかってなかったけど、いまは戦闘中で、タンマしてるんだね」
サアヤが、周囲の状況にようやく気づいた。
ケルベロスはポメラニアンの姿にもどり、サアヤの頭にちょこんと乗っている。彼女に力を流し込むだけなら、その姿でじゅうぶん、ということのようだ。
「いまごろわかったのかよ! だが、そういうことだ。頼むよケルベロス、さっきの魔獣の姿で、おまえの力を貸してくれ」
だがケルベロスは、冷淡な視線でチューヤを見下ろすと、
「ワギュウバウワ」
「お断り、だって」
チューヤはげんなりして、
「ああ、通訳されるまでもなく、なんとなくわかったよ」
「だいじょうぶだよチューヤ、ケルベロスのおかげで私、なんか強くなった気がする。力が溢れてくるよ。これなら、もしかしたら逃げ切れるかもしれないよ?」
「逃げるのかよ。それにしても、どうだかな……」
「あんさんも、手持ちの悪魔を合体させればよござんしょ?」
そのとき、鍋の影から聞こえてきた、まさに悪魔のささやき──。




