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ふと気づくと、彼は静寂のなかに立っていた。
周囲を見まわすと、最後に見た景色と、目のまえの風景が完全に重なる。
アルケニーは最大限の魔力を放出して殺しにかかっているし、その直撃を受けた仲間たちは全員、瀕死のダメージを負っている。
これで終わりなんだ……これが生きているときに見た最後の光景なのか。
そんなことを思いながら、感じる違和感を徐々に解きほぐしていく。
たしかに、自分たちが全滅しかけている現状だが、まだ死んでいない。
見えているのはただの静止画であって、細部の色彩が単色で塗りこめられた、赤と黒の象徴的な絵画のような映像のなか、チューヤの意識だけが漂っているかのよう。
「悪魔が集えば邪教の味方が、ようこそ……」
どこかで聞いたことのある声が、ゆらり、と耳朶を揺らした。
それは「声」ではなかったような気がする。「思考」が直接、脳内に届けられたことを、肉体感覚になぞらえて意識しただけであるかのようだ。
見下ろすと、青い服を着た小人テイネが、鍋から顔を出し、てくてくと歩いてくるところだった。
「おまえ、たしか」
「毎度おなじみ、邪教の味方ざんす。淫祀邪教に耽溺することを強く望み、呼ばれて飛び出るプログラム化された存在でありんす」
最初に見せたおちゃらけた雰囲気とは、だいぶ勝手がちがう。
「おまえ、ただのプログラムなのか?」
「厳密にはちがいんすが、ま、そう考えてもらうのが手っ取り早いざんしょ。なにしろここでは、あんさんらも同じやよし」
重要なことを言っているような気がするが、いま追求している間はなかった。
テイネの向こう側、横たわっていたサアヤの肉体こそ、いまは憂慮すべき事態だ。
いや、全員死んだなら結局は同じことのようにも思えるが、なぜかそうではないと気づいている。
サアヤは死んでいない。
付け加えるなら、自分も、ナカマたちも、まだ全員が死んだわけではない。
そう表示するナノマシンが伝えたいことの意味を、チューヤは順に理解していく。
ごろり、と仰向けになったサアヤの胸のところで、肉体を貫かれて死んでいるもうひとつの生命体。かつて生命であった、いまはただの肉塊。
それは、ケルベロスという名のポメラニアン。
アルケニーから強力な電撃を受けて、自分を含めた仲間たちは全員、深刻なダメージを受けて戦闘不能、あるいは動作困難な状態。
だが、まだ戦闘は終わっていないし、アルケニーの攻撃も終わっていない。
そう、ここでは時間が止まっているのだ。
「死ぬ直前の走馬燈、か?」
「ま、似たようなものざます。死の直前、脳は大量の感情を放出しなんす。エキゾタイトの量がピークを呈し、その一瞬に、一生分の夢を見るやよし」
テイネの言葉が、やけにすんなりと脳に染みわたる。
一炊の夢。
古来から人生の儚さは、たびたび語られ尽くしている。
「ああ、だからこそ悪魔は、その瞬間の人間の脳から溢れるエキゾタイトを、最大のエサとしている、ってわけか」
「さいざます。でもあんさんらは、まだ死んではおりんせん。これがどういうことか、わかるざますね?」
謎をかけるテイネの動きに、注目する。
よく見れば、彼女の「肉体」は鍋の横から動いていない。
ふりかえったところには、自分自身の「肉体」がある。
アルケニーの攻撃を受けて、死にかけた自分が。
見ればサアヤの「肉体」も、床に横たわったままだが、ごろりと転がったように見えたのは、彼女の魂の動きだと理解する。
現在進行形で戦闘は継続しているが、魂だけが動きを加速して、この走馬燈空間を演出しているということのようだ。
いわゆる幽体離脱の状態、と考えればよいだろう。
「ゲームで言うところの、コマンド受付状態か?」
RPGは基本、こちらが行動を決定するまで、時間は流れない。
「理解が早くて助かるざんす。まあ、そっちのほうが、あんさんらの世代にはわかりやすいかもねむ。……さいざます。あんさんらに呼ばれて、淫祀邪教の手先であるわっちが、このウインドウにあんさんらを呼び入れんした」
視界の端を見れば、コマンドプロンプトが点滅しているような気もする。
ナノマシンが視神経に干渉してノーティスを飛ばしてくることには、すこしずつ慣れてきた。
「……呼ばれて? それはどういうことだ?」
ふと思いついた疑問を追求するよりもまえに、視界の向こうでサアヤが動き出した。
彼女も魂の状態で、同じ世界にいる。
「ける、べろす……?」
茫洋として目を開けたサアヤは、自分の胸に抱かれる屍体の意味を理解するのに、しばしの時間を要した。
チューヤには、見覚えがある。
その状態のサアヤに。
「落ち着け、サアヤ。すぐそっちへ行く」
静止した肉体から離れて先へ進もうとするが、あるところで動きが止まる。
「あんさんらは、まだ生きているざます。パーソナルエリアから離れることはできんせん」
冷酷に響くテイネの声。
たしかに魂は、肉体から離れてある程度は動けるが、まだ死んだわけではないから完全に離れることはできない。
本格的に死んで遠いところに行ける状態になったら、それはもうもどれないという意味だ。
サアヤは茫然として、しばらくケルベロスの死体を抱き、名前を呼び、鼓動と呼吸を確認し、無反応な肉塊の意味を理解すると、その表情にゆっくりと狂気を宿す。
「うそだ、ちがうよね、ケルベロス」
彼女は「死」を受け入れない。
とくに身近な人間はもちろん、動物の死すら認めない。
だから彼女はペットを飼わない。あくまでもケルベロスの「飼い主」であることを否定しつづけていた。
その死を受け入れることができないから。
だが事実、ケルベロスは彼女を守るために、彼女の胸のなかで死んでいる──。
魂の世界で、肉体のなかに魂が存在しない状態、つまり「死」は、より鮮明に、顕著に、生きている側の魂を震わせる。
受け入れることのできない「死」に接して、サアヤの心が再び崩壊を開始している。
チューヤはそれを恐れた。
「落ち着け、サアヤ、なにをする気だ?」
この状態のサアヤは、なにをするかわからない。
「目を覚まして、ケルベロス? さあ、早く」
「やめろサアヤ、ケルを見るな。そいつは死んで……いや、だから」
彼女に「死」を見つめさせてはいけない。
かつて弟が死んだときのように、心が壊れてしまうから。
「死んだの? 平気だよ。だってほら、ゴールデンボールにお願いしたら、何度死んでも生き返れるでしょ?」
「それはマンガだよ、サアヤ」
昔も、似たようなやりとりをした気がする。
当時、世の中にクリエイトされた多くの娯楽作品のなかで、死んだ者は簡単に、ポンポンと生き返って見せてくれていた。
「呪文かけたらいいよね? ザオリクやアレイズやサマリカームで生き返るでしょ?」
「それはRPGだよ、サアヤ、頼むよ」
漫画、ゲーム、その他あらゆるメディアで、「生き返る」なんて、ふつうの話だ。
現実以外のすべての世界に、蘇生は蔓延しているとさえ言っていい。
ゆらり、と持ち上がったサアヤの視線が、越えられない壁の向こう側、チューヤの視線と絡み合う。
「チューヤのプレイしてるゲームだって」
「死んだら生き返らないんだよ。ゲームのなかですら。すくなくとも悪魔を集める……『デビル豪』の場合は、ダイイング(瀕死=戦闘不能)にはなるけど、デッド(死亡)にはならない。死んだものは蘇らないんだよ。そして、ほんとうに死んだら……」
ハッとするチューヤ。
ニヤリと笑うサアヤ。
それはまるでゲームのようなロジック。
悪魔の配置などにおいて、その設定がかなり現実にリンクしている、という謎のゲーム、『デビル豪』。
そのゲーム内で、死は、どう取り扱われているか。
同じナノマシンを体内に宿すふたりの知見は、チュートリアルを読むまでもなく共有されている。
戦いをテーマとするゲームの性質上、当然に死はつきまとう。
ナカマも戦闘中、HPが0になれば戦闘から離脱する。だがこれは「瀕死」という特殊な状態で、ほんとうに死んだわけではない。
通常、HP0は「死亡」と考えられる。
だが、HP0を「戦闘不能」と解釈するゲームも多数、存在する。
そうでなければ、シナリオ展開上も都合がわるいからだ。
通常戦闘で死んでも、復活してきてくれないとゲームバランスが崩れることがある。
そこで、アイテムや魔法で復活してもらうことにする。
だが、ストーリー上の都合で、だれかが死亡する場合は別だ。
その死を契機に物語が展開するわけで、作り手としては死んでもらわなければ困る。
そこで、多くのユーザーが総突っ込みをする状況が、いくつも生まれた。
シナリオ上で派手に死んだキャラに対して、「いや魔法で生き返らせればいいだろ」と。
魔法をかけたり、教会に連れて行くだけで、「死」んでいた仲間が「蘇る」という、製作者自身がつくった設定が、そのゲームのシナリオ進行に矛盾を引き起こすのだ。
自分でつくった「簡単に生き返る」という設定を、シナリオ展開に都合がわるい場合にかぎってオミットする。
そういうダブルスタンダードが横行していた。
コロコロ殺して、コロコロ生き返らせる、という伝統芸は少年誌からゲームまで、幅広く時代を席巻していた。
だから殺してもいいでしょ。そのうち必要になったら、なんかテキトーに理由つけて生き返らせるからさ。
そういう作り方が許容されていた時代だった。
だが現実に、人は死んだら生き返らない。
ゲームにおいても、このルールを採用する作品が増えてきた。
もちろんゲームなので「やり直す」ことは簡単にできる。
だが、ゲーム内とはいえ「死ぬ」ことについては、それなりの重みをつけようという、落ち着いて考えれば当然の選択だ。
『デビル豪』の場合、瀕死のまま一定時間が経つと、自然に回復(HP1)することもあるが、逆に完全な死亡状態(HP-)になることもある。
復活魔法やアイテムは、ただちに戦線復帰できるという効果もあるが、そのような危険を回避するためにも必要とされている。
もし蘇生を行なわず、ステータス・デッド(HP-)になると、そのナカマは二度と蘇ることはない。
──ゾンビとして以外は。
ケルベロスのHPは、ナノマシンの解析によれば「-」だ。
致命傷を負ったこの小動物はもう「蘇生」できない。
だが「復活」させることはできる──?
「さあ、これをお食べ、ケルベロス」
サアヤがお守り袋を開け、そこからなにかを取り出す。
ナミの生爪かと思ったが、そうではない。
彼女がそこから出したのは、丸薬のようなものだった。
それを、邪教の味方は不思議そうに眺めている。
この魂の世界で、物質的なものを与えるということに、違和感がある。
つまりあれは、呪詛的なアイテムということだろうか。
「……なんだ、それは、サアヤ」
チューヤの問いに、サアヤは答えない。
彼女は狂気の笑みを浮かべ、ケルベロスの動かない顎を開かせ、丸薬を放り込むと、その手で咀嚼するような動きをさせる。
「もぐもぐもぐ、さあケルベロス、これであなたは生き返る」
「サアヤ!」
狂人の所業だ。
そう断じて、チューヤは悲痛な声を漏らした。
「……生きてほしかった、生き返ってほしかった、生きることができた」
弟も、おばさんの彼氏も、それ以外のみんなも。命は大事。消してはならない。
だけど、もし死んでしまったとしたら? ただ悲しむの? いいえ、泣いてる暇なんかない。私にできることを、やる。
命がなくなったなら、生き返らせてあげればいいじゃない?
「まだ、やってるのか、あの遊び」
チューヤの背中に、ぞくりと悪寒が走った。
もう乗り越えたと思っていたが、彼女の心はまだ、あの深い闇から脱し切れていない。
それは呪いの遊び。
泥人形に血や髪を混ぜて、神社の境内に埋めておくと、呪いの人形として生まれ変わるという都市伝説。
世の中には、大切なペットや友達、家族を失って、狂ったように悲しんでいる人が、現実に存在する。
彼ら彼女らの心を慰めるために、失った生命を復活させる儀式がある──という言葉自体が持つ魅力に、抗うことはむずかしい。
子どもの遊びだった。端緒は些細なことだった。
長じて、もちろんそれがわるいことであり、ありえないことで、願望の負の側面、命を大事にするという金科玉条の異形、歪んだ真珠であることは、じゅうぶんに学び理解もしている。
それでも、死者を生き返らせたい。
だから、手を出した。邪教に。生命を弄ぶ技術、それに味方する者。
──邪教の味方に。
恐ろしい方向に踏み出そうとしている、と本能的に感じたチューヤは叫ぶ。
「やめろ、サアヤ!」
「……なにを?」
「とにかく落ち着け。いま、そっち行くから」
「いいよ、チューヤ。素材はもう、ここにあるもの……」
「素材? おい、サー……」
「生き返るよ、見ててチューヤ、ケルベロス、生き返る」
「聞け、サアヤ。ひとは、動物は、いや植物だって、死んだら生き返らないんだよ」
サアヤは不快げに、ゆらりと冷たい視線を向ける。
「……うるさい。チューヤだって、ゲーマーのくせに」
ゲームばかりやっていると、子どもは、ひとは死んでもリセットしたら生き返るじゃん、などと言い出す。
一部のおとなが、それを理由にゲームを批判する姿は、たまに見かける。
もちろんそれが「ゲーム脳」的な結論に誘導したい、一部の新聞と教育委員会が用いた、信憑性に乏しい一種のメディア戦略にすぎないことは、多くのひとが知るようになった。
「ほんとは、みんな」
「そう、知ってるよ! 死んだら生き返らないことくらい、おとなになれば、だれでもわかる! ──私はさ、そんな低能な話をしてるんじゃないんだよ」
サアヤの笑顔に、狂気と理性が同居している。
先入観がゆがんでいく。それはサアヤの夢。
彼女は起きて夢を見る。
ぞっとした。この目は理想を現実に変える、なにか恐ろしい思想信条を背負った目だ。
彼女が「低能」なんて言葉を使うときは、背景に確信犯的な決意がある。
「おまえ、そんなに高性能じゃないだろ」
「私はそうかもしれないけど、ナミおばさんや、おばさんたちが研究している世界は、ちがうんだよ。彼らはナノマシンを開発したし、エキゾタイトを分析したし、すごいプラグインだってつくって、ここにある」
こめかみを指さし、笑うサアヤ。
ぎくり、とチューヤの背が揺れる。
邪教の味方が、ゆっくりとふりかえる──。




