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 索敵チームを利用して、全体マップを把握する。

 もちろん生徒なのだから、地理的な勘はある。

 あとは、その地理を敵がどう利用しているかの問題だ。

 地図の読める男、方向感覚だけは達者なチューヤは、得意の立体地図を脳内で展開する。


「敵は分散して、それぞれ獲物を集めて食事中、か」


「どういうこと?」


「いや、知らないほうがいい。女って年いくと、だいぶエゲツないな」


 その不気味な捕食風景を、悪魔経由で視覚的に観察し得たチューヤは、彼女らにさらわれなかった自分を、ちょっとだけラッキーだったなと思った。

 女悪魔たちは、どうやらそれぞれに力場を形成し、校内をまばらに侵食している。

 3体のボスを同時に相手にしたことはなかったが、このままいけば各個撃破の好対象だ。

 こういう形の侵食もありうる、ということなら、せいぜい利用するべきだろう。


「体育館がターラカ、屋上がリリム、部室棟がアルケニー、って感じか」


「体育館にいるのがリョーちん、屋上がケーたん、かな?」


「そういうことだ。境目はあいまいだが、倒せば切り離せるかも」


 ぐるり周囲を見まわすチューヤ。


「で、どうなさるの?」


「セオリーでは各個撃破だね。せっかく敵が分散してくれてるんだから」


「早く決めろ、先にどっちへ行く?」


 女たちは、意外に素直にチューヤの選択に従うことを、あらかじめ決めていたかのよう。

 男としてはイケてないが、彼の状況判断が的確であることは皆、経験上、知っていた。

 チューヤは一瞬、考えるが、時間をかけることのリスクも、もちろん承知している。

 ナノマシンが提供するアンノウンデータのうち、初期レベルだけを見て即断した。


()()()()()()片づけよう」


「どういうこと? ふつうは弱いほうからじゃないの、チューヤ」


「なんとなく。いや理由はあるけど、時間がない。行くぞ」


 チューヤの采配によって、戦場は移動し、決定する。




 男をむさぼり食う、インドの鬼女がそこにいた。

 体育館。体育会系の部活にいそしんでいた罪のない生徒たち。そのなかでもっとも美味なるリョージを、いましもむさぼろうとしていたところ。


「汚らわしい!」


 ヒナノの火炎が放たれ、ターラカは数歩、後退った。


「だれだ!」


「幸いにも、あんたの好みじゃなかった男と、その仲間たちだよ。……行くぞ!」


 チューヤの合図とともに、戦闘は開始された。

 全員、ナノマシンに帯びた悪魔の力を行使して、悪魔に立ち向かうという生き方を選んだ。

 好むと好まざるとにかかわらず、もうこのやり方でみずからの道を進むしかない。

 豊富なエキゾタイトの供給も受けて、チューヤたちは最初から全戦力を解放した。

 その必要がある敵だから。


 ターラカは強力な物理攻撃力を持つ、インドの神。

 夜の街を徘徊し、好みの男を見つけては交わって精気を吸い取り、好みでなければ頭から貪り食うという、恐ろしい鬼女。


 戦いは苛烈を極めた。

 ダブルスコアに近いレベルからいっても、まともに戦って勝てる相手ではない。

 が、1対8という明白すぎる数の差、そして圧倒的な連携の良さが、ほぼ勝負を決した。

 ……いや、人間同士に関しては、まだ理想的な連携とまでは言えないようだが。


「女子が言うことさえ聞いてくれれば……」


「うっさい、チューヤ! あんたは悪魔の指示だけしてればいいの」


「はいはい。……よし、体力ゲージ弱体化した。一気に決めるぞ!」


 強力な敵だったが、チューヤの召喚術に加えて三人の女たちの活躍はすばらしく、独自の道を進んではいても有用な戦力である。

 やがて戦況は、はっきりとチューヤたちの側に傾いた。

 むしろたった一匹でここまで戦ったことのほうが、すごい。

 そして、そのすごい悪魔は、まだ悪魔らしい戦い方を残していた。


「動くな、貴様ら! こいつの命が惜しければな」


 ターラカは、ぐるぐる巻きにされて意識のないリョージの身体を引き寄せ、その喉首に鋭利な刃を突きつける。

 動きを止める一同。


 この戦い方をされると、だいたい正義のヒーロー側は一度不利になるが、なんらかの逆転のエッセンスが加わって、悪の側が残念な結末になる、というのがセオリーだ。

 そんな陳腐なシナリオを、もちろんターラカは許すつもりはない。

 最悪でも、リョージの命を味わいながら、ともに地獄へと落ちる覚悟だ。


「待て、わかった。取引しよう」


 チューヤはすばやく計算を立てる。

 相手の体力状態から、その意思の赴く先。

 リョージを道連れに死なれては困るが、相手もべつに好んで死にたくはないはずだ。


「あたしをだまそうったって、そうはいかない。いいから全員、この場から立ち去りな」


 ターラカの目を見ながら、チューヤは交渉プログラムのパラメータを推し量る。


「さすがにそれは取引にならないだろ」


「黙れ! こいつの命が惜しければ」


「ああ、そいつの命は惜しいよ、そしておまえも、自分の命が惜しいんだろ? ……ねえ、お役所の()()()()()さん。死んだらもう二度と男と遊べないし、()()()()()にも乗れないんですよ」


 びくん、とターラカの全身が揺れる。

 悪魔のなかに残っていた彼女自身の意思が、ターラカという強力な鬼女の力を得て暴走した、というよりも、鬼女にそそのかされてここまで悪事に手を染める結果となったが、彼女の根本が人間である以上、その良心と本心に訴えかけるのは、正しい戦術であると言える。


「あ、あんた何者だ、あたしのなにを知ってる」


「俺はただの悪魔使いだよ。だから悪魔の気持ちがわかるし、人間の気持ちも、ちょっとはわかるつもりだ。とくに同じ電車好きならね」


 一瞬、ほどけかけたターラカの表情が、すぐに厳しさをとりもどす。


「で、電車なんか好きじゃない。そんなもの、ちっとも」


「ああ、そうだよね。もちろん女性は、そうだよ。それじゃお姉さん、約束してくれないか。あなたを殺さない代わりに、リョージも傷つけないで返してくれ。単純な契約だ」


 ナノマシンの用意した書式に従って、契約書が準備される。

 悪魔にとって、この書式は強力であり、抗いがたい拘束力を有する。

 もちろん同時に、人間側の行動も厳格に縛りつけ、違約があれば生命どころか来世の魂まで失うことになりかねない。


 人間とちがって、()()()()()という前提の悪魔だからこそ成立し、発展した「契約書」。

 昔は羊皮紙や血文字といった道具立てを必要とした様式魔術だが、いまや「電子署名」というすばらしい技術によって、魔術的責任能力を持ったすべての人間と悪魔が契約当事者になりえた。


「……命の交換か」


「等価交換だ。契約成立でいいかな?」


 戦闘中に負った傷からの出血で、代わりに血文字の署名を重ねる両者。


「わかった。それでは、この境界を解消する」


「ちょっと待ってくれ。他のメンツはそのまま現世にもどしてやってほしいんだけど、リョージだけは意識をもどして、ここに残してくれないか?」


 ターラカはしばらく考えていたが、静かに首を振る。


「契約の満了が境界化の解消時点にある。それまで、この身の安全を確保するには、人質はどうしても必要だ」


「だが、そのままリョージを連れて行かれたら……」


「おまえらも、いっしょに来ればいい。まあ、来ないなら来ないでかまわんが?」


 一瞬、ターラカがいやらしい笑みを浮かべたことを、チューヤは決して見逃さない。

 何度でも自分に言い聞かせる。

 ()()()()()()()()のだ。


 境界化が解消した時点で、リョージの身の安全を確保するためには……。

 チューヤの指示で、ケットシーが電光石火の速さで動く。

 ターラカの喉首にしがみつき、いつでもその首を切り落とせるぞ、という覚悟。

 同時にターラカの手にも力がこもり、その手のなかのリョージの首に、わずかに刃が埋まる。


「契約を履行しろ、人間。あたしはこのまま境界を解く。もし、その場であたしを殺したら、おまえらは殺人者になるぞ」


「あんたもそうなるよね、リョージを殺したら?」


 人間と悪魔、現世と境界、さまざまなステータスが入り混じって、事実と契約のモザイクを形成している。

 この力関係をきちんと認識し、最適解を導かなければならない。


「そうだ。だから境界を解く。お互いの生命のためにだ」


「だけどその後」


「だから、いっしょにくればいい。なにをためらう必要がある?」


 ターラカにとって、そこが譲れない一線になった。

 チューヤに視線が集まる。

 彼は、なにをためらっているのか? このままリョージを助けて、現世にもどるのが最適ではないのか?

 そんな疑問を感じ取った彼は、仲間に向け手短に事情を説明する。


「このまま全員でもどるのはまずい。まだケートを助けられていないから」


「どういうことですの?」


 チューヤはサアヤに視線を転じ、


「サアヤは知ってるだろ。一度境界を出たら、もどるのは大変だって」


 境界化した研究所の地下へもぐるのに、どれだけの手間と時間を費やしたのか、もちろんサアヤは忘れていない。


「そう、だね。たしかに、そうかも。でも、だって、それじゃ」


 問題のありかはわかったが、サアヤにはどうしていいのかわからない。


「……ひとりでいい。契約の履行までを見届けるのに、ひとりだけ、いっしょに出てくれ。それ以外はこのまま、ケートを助けに向かう」


 この短時間で、そこまでの戦略を立てられた彼は指揮官として優れている。

 その能力を認め、彼の判断に従うとすれば。

 自然、視線はヒナノとマフユのうえに落ちる。


「それでは、わたくしが」


「じゃあ、あたしが」


 ふたりの声が重なる。

 人気者のリョージならではの取り合い。

 一瞬、視線を交錯させるふたり。


「いえ、わたくしは、その、なにも自分が先に助かりたいとか、そういうことでは」


「あたしは、もしつぎも同じパターンになるとしたら、あのクソチビを助けてもどるのはまっぴらだなって思っただけなんだけど」


「そ、そうですか。それでは、今回はあなたがお先に」


「と思ったけどさ、クソチビに恩を売っておくのもわるくないかもね。いいよ、行きな」


 戸惑いつつ、リョージに向けられるヒナノの視線に、微妙な空気が宿っている。

 そんなヒナノを見つめるチューヤのまなざしも、どこか哀愁を感じさせる。

 そして、そのチューヤを見つめるサアヤのまなざしが、いちばん複雑でいわく言い難い。


「……いいえ、けっこうです。貴顕の責任として、わたくしは最後まで」


「いいから行けよ、お嬢! 時間がないんだ!」


 チューヤは叫ぶと同時に、やや乱暴にヒナノの背中を押した。

 一瞬、ふりかえろうとしたヒナノは、すぐに決断すべき貴顕の責務を思い出す。


「わかりました。わたくしの役目を果たしましょう」


「それでいい。ひとつだけ、言っておく。頭のいいお嬢なら大丈夫だとは思うけど……いいか、()()()()()()()()()()。契約の内容を頭に叩き込んで、真実のなかに隠された巧みなウソに惑わされないように」


 空中に血文字で電子署名された契約書が、ヒナノのナノマシンに受けわたされる。

 契約主体と履行者の関係も、高度なDNAプログラムによって的確に整理されている。


「契約の意味くらいは理解しています。……ご武運を」


 予想以上の力強さで、ヒナノは悪魔との契約書を受領した。それを取り扱った経験があるかのように。

 現に文系特進というクラスにおいて、法科の素養を叩き込まれてもいる。

 ヒナノが踏み出すごとに、切り離され、縮小していく境界の向こう側、ふたりの姿が消えていく。


 一方、チューヤたちは、現世にもどっていく体育館から急いで離脱、境界から弾き出されることを回避する。

 サアヤは、すこしだけ敬意を含めた視線でチューヤを見ながら、


「……こうなるって、予想してた?」


「いや、はっきりとは考えてなかったけど。ほんとは、後半になるほど疲労が増すから、強いやつから片づけたほうがいいと思ったってのが主な理由。まさか、戦力が減っていくとは思わなかった」


 彼の言葉が、わざと核心を避けていることを察するサアヤ。


「だけど、もうひとり助けないと」


「ああ、行こう」


 その表情に一抹の哀愁。

 サアヤは、彼の肩を軽くたたき、


「チューヤにしては思い切った。よくやったよ」


 そんなサアヤの意地の張り方が不快だ、とでも言わんばかり、マフユはチューヤの頭を小突いて先に立つ。


「悲劇ぶってんじゃねえよ、さっさとつぎ行くぞ」


 若さがゆえの淡い心理戦。

 生死をかけた戦いのさなかにも、青春のきらめきが垣間見える。



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