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「とにかく外へ」


 出ようとして、その不可能性を知らされた。

 ドアが開かない。


「どうなってんだ、これ」


 激しくたたきつけるが、ビクともしない。

 叩き壊すつもりで殴りつけ、しまいにはセベクを呼び出して、じっさいに破壊行為にまで及んだが、ドアを割ろうと砕こうと、それは開かなかった。


「外から包まれている……?」


 壊れたドアの隙間から見るまでもなく、ドアも窓も通気孔もすべて、外側から白い繭のような糸で巻かれ、出ることができなくされていた。


「アホな幼女の話に付き合っている間に、こんな監禁行為が行なわれていたわけか」


「ついでに男子2名が拉致されたようであります、司令官」


 冗談で済ませられればいい、という希望的観測が長つづきすることはなさそうだ。


「どうやら、焼き切る方法は使えそうですが」


 ヒナノが、覚えたての炎の魔法で、すこしずつ繭糸を焼き広げている。

 だが、かなり強力な糸で、人間が出られるくらいまで広げるにはかなりの時間がかかりそうだ。


「援護するよ。かーばーん!」


 チューヤが召喚したのは、ヒナノのガーディアンであるカーバンクルと同じ悪魔。

 いぶかしそうに、それを見るサアヤ。


「おいチューキチ、いつのまにそんなナカマつくったのさ?」


「あ、いや。自由な日曜日を費やして、ちょっと田園調布のほうにね」


 田園調布駅に配置されている悪魔カーバンクルを、いつもの手法で召喚し、仲間にしてきたことが期せずしてバレたわけだった。


「ひとりで田園調布とか行って、なにを企んでいたんだ不審者!」


「いや、あくまで悪魔は趣味だから。日曜くらい趣味を楽しませてよ」


「おまえはこの一週間、ずっと悪魔漬けだっただろ!」


 むきー、とチューヤのほっぺたを引っ張るサアヤ。


「いててて、い、いや、やっぱり戦力の強化は、不断に行なうべきかなあと。役に立つと思うよカーバンクル。かーばーん! ってね、かわいいよね、お嬢。あ、いやお嬢がかわいいって言ってるわけじゃなく、いやいやもちろんお嬢はかわいいというか、きれいだけど」


「まあ、そうですね。否定する部分はありませんね」


 パリで生まれ育ったヒナノにとって、謙譲の美徳の持ち合わせは少ない。

 マフユは朗らかに笑いながら、


「あっはは。で、チューヤは6分の5のストックが埋まった、ってわけだな。そういう理屈だろ? 召喚士」


「マフユが俺の現状にそれほど詳しいとは思わなかったよ。じっさいはカプセル2個食ってるから、8分の5だけどな。それに同時に使えるのは4体まで、これは変わらない」


 ヒナノが珍しく、チューヤ自身の話題に乗ってくる。


「あれからガブリエルに聞きましたが、それ、けっこうすごいことらしいですね」


「あ、聞いちゃった? えへへ、どうもそうらしいね」


「意外な才能よね」


「せいぜい役に立ってくれ」


 女たちは、その実力に敬意は表しつつも、それほど興味はなさそうだった。

 しょせんフツー男子。人間的な魅力は、ほぼない。

 それでも偏った実力はある。

 部室を包み込む繭に、ある程度まで穴を広げると、


「とりあえず斥候を放とう。ピクシー、ケットシー、偵察を頼む」


「りょーかーい」


「承知」


 手慣れたもので、小さな穴から外へ出て行動を開始する悪魔たち。

 悪魔使いの真骨頂である、悪魔との視聴覚情報の共有。

 形成された魔力回路はチューヤと悪魔たちを緊密に連携し、センターに集約されたビッグデータをもとに的確な行動を選択するのが、悪魔使いの役目だ。


 一方、ヒナノとカーバンクルは協力して、さらに穴を焼き広げる。

 サアヤも覚えたばかりの強化魔法で援護する。

 ひとり窓際で外を眺めているマフユに、チューヤが苦言を呈する。


「おまえもなんか手伝えよ」


「あたしは、炎系は苦手なんだ。凍結系と威嚇が必要になったら呼んでくれ」


「そんなピンポイントな場面があるか。……サアヤは? 魔法強化は助かるけど、自分で炎系の魔法とか使えないの?」


「私はねー、回復と支援魔法以外は苦手かなー」


 アホ毛をくるくるまわしながら、苦手科目を克服する気皆無の女子たち。

 数学とか、社会に出て役に立たないし、できなくてもいいし? と信じ切っているアホな子の顔だ。


「向上心のない女たちだな、まったく。……ふたりで頑張ろうね、お嬢」


「おい、勝手にふたりの共同作業っぽい雰囲気つくろうとしてんじゃねーよ!」


「いててて! だったら手伝えってばよ!」


 いつもの漫才だが、ヒナノは少し苛立って、


「それより、消えた男子たちは見つかったのですか?」


「ああ、それね。ええと……」


「そいつらなら、ほら、あそこに集められてるんじゃないか?」


 窓際に立って、糸の隙間から外を眺めていたマフユが、校庭のほうを示唆する。

 そこにはたしかに悪魔たちが集まっていて、地面には何人かの生徒たちが横たえられているようだ。

 ヒナノは目を細め、


「音が聞こえればいいのですが」


「ピクシーを行かせよう。音は魔力で増幅できるかな」


 小器用な技を覚えつつあるチューヤ。

 校庭の中心で起こっていることが、徐々にあきらかになっていく。




 そこには女悪魔が三体、集まっていた。

 足元には、日曜日に登校していた部活の生徒らしい者が十数人。

 そのなかには、たしかにリョージとケートもいた。


 彼らは一様に意識を失い、強力な糸でぐるぐる巻きにされてはいるが、どうやら死んではいない。

 悪魔にとって人間は「エサ」ではあるが、むしろ「エサ」であるために、あまり早く簡単に殺してしまっては意味がない。

 死に瀕した瞬間に最大となる、強力な感情、情緒、生命力に基づいたエキゾタイトが、美味を増し、最大に増幅される、その一瞬を逃さず食い尽くすことこそ、悪魔にとっての至上命題なのだ。

 そのために彼女らは、こんな会話をしていた……。


「さあて、めぼしいところは、とにかく集まったかね?」


 中心にいる女悪魔は、まさに蜘蛛女の様相。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

アルケニー/妖虫/21/紀元前/リュディア/ギリシャ神話/六町


「あの顔、あの悪魔、矢川じゃねえのか」


 マフユが目を細めて、その正体を喝破する。

 正確には悪魔に取り憑かれた、ということなのだろうが、たしかに中心にいる蜘蛛の悪魔の顔は、産休にはいった鍋部の顧問の代理教師、矢川だった。


「あたりまえだけどみんな高校生か、若い男ばっかり、うまそうだなあ、ぐへへ、いい仕事するねえ、矢川」


 彼女を矢川と呼んでいるということは、隣にいる女の悪魔も、もとは人間だったのだろうと推測できた。


悪魔名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

ターラカ/鬼女/22/4世紀/インド/クマーラ・サンバヴァ/板橋区役所前


「あたしも、先輩方に呼んでもらえて、チョーウレシーんですけど。若い男と接点なくなってきてるし、チョーうまそーだし」


 その横でバカっぽい声を発する悪魔が、なかではいちばん若そうだ。


悪魔名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

リリム/夜魔/20/紀元前/中近東/ユダヤ教/東十条


 女悪魔たちは下卑た声で、男たちを物色しながら話している。


「あんたらが、どうしても若い男のエキスが吸いたいって言うから、板橋や北区みたいな辺境から、わざわざ呼んでやったんだよ。感謝してもらいたいね」


「ぎゃははは。先輩は、もっと辺境の地獄、足立区から毎日通ってるじゃないっすかあ」


「TXでバラギに帰れよ、矢川、必死だな! げらげらげら」


 女3人集まって、ひどく姦しい。

 ある種の「女子会」において、男子禁制とされるゆえんでもある。


「で、いい男見つかりました? いやリアルに」


「うっせえな、野々村。こちとら300系を待ってんだよ」


 チューヤなら反応する表現だが、もちろん一般の女子が理解できるはずもない。

 ターラカの性癖を知っているリアル知り合いは、その意味をなんとなく察して、


「先輩まだ鉄子やってんすか。そんなだから結婚できねーんでしょ」


「うるせえ、シンデレラ・エクスプレスがこないのがわるい」


 主に遠距離恋愛をテーマにしたJR東海のCMシリーズで、87~92年にかけて展開された。

 黙って聞いていた矢川は、にやにや笑って歌いだす。


「しんでれらー、いまー、待ちすぎー、てるらー、消えるように、死んでれるけどー」


「痛い歌やめろよ! 冗談だよ、待ってないわ」


 げらげら笑いだす、アルケニー矢川。


「いやいや、バンデラス・ベンチプレスみたいな顔して、おもしろすぎでしょ先輩!」


「てめえ殺すよ? 矢川!」


 言いながらも、ターラカはその物騒な物言いに似合わぬ大声で笑っていた。

 笑い転げる年上の女たちを、若いリリムは不思議そうに眺める。


「なんすか先輩方、シンデレラなんとかって」


「昭和にさ! そういうCMあったらしいよ。あたしでさえ、ギリ知ってるレベル。リアルタイムじゃなくて、すげー年上のねーちゃんが歌ってたの聞いて知ったって感じ。先輩、もしかしてどまんなかっすか?」


「そこまでババアじゃないわ。こちとらバブルには乗り遅れてんだよ」


 それでも鉄道には乗り遅れないように生きている。

 嫁に行き遅れた件については、いまや悪魔の力で補いをつけてやる決意だった。


「平成も終了ってのに、昭和の話はないっしょ」


「うっせえよ。平成だってそのうちそう言われるようになるんだよ。若いのは一瞬だかんな、覚悟しとけよ野々村」


「肝に銘じるっす!」


 3匹の雌は、下品な笑いを垂れ流しながら、眼下の高校生たちを順に選んでいく作業へと移った。


「だけど、矢川先輩を代理教師にするなんて、この高校も自殺行為に走ったもんっすよね」


「カラクリあるんだよ、野々村、あたりまえだろ、凶状持ちの矢川がそう簡単に、曲がりなりにもそれなりの偏差値の高校なんかに採用されっかよ」


「黙りましょうか先輩、腐れ役人らしく。だからこうして、あんたにも甘い汁、吸わせてやってんでしょうが?」


 リリム、ターラカ、アルケニーの会話は、ひどくリアリティに富んで俗悪だ。

 リリムは顔を上げ、先輩方のたくらみに耳を傾ける。


「えー、どういうことっすかあ?」


「教育委員会に、そこの木っ端役人が働きかけたんだよ。で、あたしの採用順位を繰り上げたのさ。こうして男あさりの仲間に入れてやる、って条件でな」


「そーいや木下先輩、区役所勤務のお役人でしたもんねえ。この国やべえな」


「うるせえよ、野々村。なんでこんなバカ女、呼んだのさ?」


 ターラカ木下は、仏頂面で吐き捨てる。

 とにかく、リアルの知り合い女3人が、仲良く別々の悪魔に取り憑かれていまに至る、ということのようだった。


「あー、バカ女ってひでーなあ。赤羽の合コンじゃ、先輩方に、いっつも声かけてるじゃないっすかー」


「おまえが毎回おいしいところ持っていくやつな」


「いやいや、先輩方だって、それなりにぃ……」


「うるせえな、とにかく順番で、好きな男を選んでいこうぜ。あたしはまず、こいつな」


 ひととおり目星をつけた女たち、まずはレベルの順に獲物を選ぶ段階へと移った。


「えー、それ、あたしが先に目ェつけてたのにー」


「ばーか、今回は譲らねえよ?」


「そいつな。料理がめたくそうまいんだ。女にもモテるし、マッチョだし、あいかわらずいい男選ぶね、先輩。じゃ、あたしはこいつを選びたいところだけど……」


 ケートのうえに覆いかぶさるようにして、リリムが声を高くする。


「待って! そのちっこいの、あたしにください! お願い、先輩!」


「なんだよ野々村、おまえこいつ知ってんの?」


「あの部室にいたやつでしょ、すげー金持ちだっていう」


「そうだけど、あたしらのエサになる時点で、金とかもう関係ねーし」


「じゃ、いいじゃないすか。そのチビ、あたしにくださいよォ」


 アルケニーは、無数の脚を蠢かせて横に動きながら、


「しゃーねーな。じゃ、あたしは別のにすっか」


 リリムは嬉しそうにケートを抱き寄せつつ、


「そーいや先輩、どうして部室にいたもうひとり、見逃したんすか?」


「は? ああ、あのガキ? だってイケてねーじゃん。あんなフツーのガキ、くっそ地味だし、ちっとも魅力ねーし」


 別の獲物を選んでいたターラカも混ざって言う。


「ああね。あれは、たしかにもクソだな。暗そうだし」


「じっさい引きこもりみてーよ? なんか今週、ずっと学校きてねーみてーだし。それが日曜だけは学校にいるとかさ、キモすぎだよな」


「たしかにー、ちょーキモーい」


「あれは、ない」


 声を合わせ、げらげら笑う悪魔たち。




「うわあぁあ! 悪魔にまで、悪魔にまで!」


 床をどんどんとたたきながら、チューヤはその残酷な真実に号泣する。


「ま、チューヤはしょせん中の下とはいえ、世の中は中級でできてっから」


「さらわれなくてよかった、とお思いになったら?」


 笑いを噛み殺し、微妙なフォローにまわる女たち。


「男として! アウト・オブ! この存在の! 耐えられない軽さ!」


 叫びながら床をたたく悲しい高校生に、サアヤは生ぬるい笑みを浮かべ、


「おーよちよち、私が介護ちてあげまちゅよ」


「うわあぁあ!」


 お約束の伝統芸に背を向け、ヒナノとマフユは現状分析にいそしむ。


「どうやら女悪魔に取り憑かれたオールドミスたちの暴挙、という体裁のようですね」


「あの矢川ってやつ、最初から気色わるいとは思ってた。男子にばっか色目使ってたからな」


「ええ、西原くんも言ってました。典型的なジョロウグモだ、って」


「何人食われたか知れやしない。ま、そこらの男なんざ、べつにエサにされようがどうなろうが知ったこっちゃないが」


 ふたり同時に、校庭のほうを顧みる。


「友人では、そういうわけにもいきません」


「同感だ。あんなクソチビでも、それ以下のゲス女に食われるのは寝覚めがわるい」


 壁の糸が、ようやく焼き切れた。

 女たちと、耐えられないほど軽い男の逆襲がはじまる。



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