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 ゆがむ空間のなか。

 さーっ、と血の気が引いていく一同。

 この学校がターゲットになっている、ということか。


 デンデンドロデンデンドロロ……。

 底暗いBGMが、どこからか流れてくる。

 見ると壁際で、空っぽになった鍋から、その音は響いていた。


「うらめしい……」


 デンデンドロデンデンドロロ……。

 謎の声を響かせる鍋。一同の視線が集中する。


「鍋をフライパンにするとは、愚かな行為を……テフロン加工もされていないというのに……焦げ付いた土鍋ほど、掃除が大変だというのに……」


 リョージは慌てて、

「い、いや、焦げ付かないようにさっと炒めて、すぐ水洗いしてあるだろ」


「……黙れ、小僧!」


 的確な突込みに対して、逆切れするタイプの声の主らしい、と内心げんなりする。

 室内は、さらに暗さを増し、境界化は鮮明に大気を侵食している。


「な、何者だ、おまえは……っ」


 チューヤの問いに答えるように、BGMがプロローグシーンでかかるような軽妙なテンポに変わる。


「昔、東京という小さな村に、スティーブ・ナカジマというプログラム職人がいました」


「なんだよプログラム職人て」


 どうやら、あまり危険な相手ではないようだ、と一同の内心に安堵が生まれる。


「スティーブは、黒焼きのイモリ、みゆきのレオタード、クラッシュしたキーボード、ひとつまみの塩で、時間をかけて、極上のプログラムをつくりだしました」


「キーボード壊れてたら、そりゃ時間かかるだろうよ」


 鍋の声は、的確な突っ込みを当然のように無視して、言葉を継ぐ。


「そのプログラムが悪魔のようにすばらしかったので、その名前をとって、これをデーモンズ・オリジナルと名づけました」


「……なんだ? ナノマシンが勝手に起動した?」


 鍋を中心とする磁界にさらされた一同のナノマシンが、新たに認識されたアクセスポイントから、いくつかの新規ファイルを受け取っていく。


「伝統的な言語でつくられている、なめらかに動く味わい深いプログラムは、いまでも世界中の人に愛されています」


「どうやら悪魔相関プログラムに付随するプラグインみたいだが」


 どん、と照明が当たる。

 見れば鍋の中央に、ヒゲ面とハゲ頭をさらした青い服の小人が立っていた。

 その小さな、鍋にぴったりと収まるサイズの小人は、ヒゲを蠢かせて語りつづける。


「あの一年戦争を生き抜いた戦中派のおじいさんがくれた、はじめてのプログラム。それはデーモンズ・オリジナルで、私は4歳でした」


 コロニーが落ちる爆発のなかから、ヒゲをつけた子どもが現れるイメージ映像。


「余計な動画ファイル乗っけるんじゃないよ」


「その動作はさくさくとスムーズで、こんなすばらしいセキュリティに守られた私は、きっと特別な存在なのだと感じました」


 微妙に引っかかりつつも、ナノマシンがいくつかのアップデートを処理していく。


「だいぶ危ういけどな、ちゃんとデバッグしたのか」


「いまでは、私がおじいさん。孫にあげるのは、もちろんデーモンズ・オリジナル。なぜならあなたもまた、特別な存在だからです」


 ゆっくりとチューヤを指さす小人。


「おまえの孫になったおぼえはないわけだが」


「インストール、コンプリート! 悪魔、合体、準備、完了、イェア!」


 だれの言葉も無視しつづけ、ひたすら我が道を突き進んだ小人。

 鍋のまんなかで、くるくるとまわり、「悪魔合体」の言葉までたどり着く。




 悪魔合体。

 満を持して登場した、この究極的概念。

 呆然と立ち尽くし、からからの喉から声を絞り出すチューヤ。


「やっぱり、あるのか、悪魔合体……」


「なんなのよ、チューヤ。あいつ、知り合い?」


「知り合いなわけないだろ! けど、似たようなルールはゲームにもよくある」


 ここまで多くのゲーム情報が、現実をトレースしてきている。

 モンスターを合体したり合成したりというプロセスは、ある種のゲームにとって、ほとんどデフォルトにもなっている基本ルールのひとつだ。


 人類史という視点に立てば、キメラや合成獣的な悪魔、神々についても、特徴を混ぜ合わせる、という類例は無数にある。

 そういう歴史のうえに立脚したのかどうかは不明だが、「モンスターを合体させる」という概念を最初期に確立したゲームとして、チューヤがプレイしている『デビル豪』のシリーズがよく知られていることも、また事実。


 小人は、ひとしきり一同を見まわしてから、お得意様候補として目をつけたチューヤに視線をもどすと、大仰な所作とともに言った。


「悪魔が集えば邪教の味方が、ようこそ!」


 悪魔の「あ」と、「よ」と「う」の中間に、異常なアクセントを置いている。

 チューヤは、鍋のまえの椅子に座り、まじまじとその小人を見つめる。


「どこの芸人が出てきたかと思ったが」


 そこでようやく小人は形式ばったダミ声から、やや砕けた語調に変わった。


「芸人? ああ、デーモンズ・オリジナルの話? 鉄板ざんしょ! 流行語的な流行りを入れると何年後かにポカーンてなるけど、この手のネタはこれ以上、風化しようがないでありんすから!」


 感心していいものか、あきれるべきか、顎をひねって考える。


「考えてんだな、一応」


「イェアァア!」


「微妙な線を行く小人だ」


 とりあえず冗談の通じる小人だな、ということを再確認する。

 とっくに排除したシリアスモードに、今夜はもどる必要がないままに済めばいいのだが。

 女子たちも集まってきて、きゃいきゃい言いながら、小人をつつきだした。


「かわいー、おじいさんー」


「待て、声がおかしくないか?」


「ですわね、若すぎる、というか」


「し、失敬だな! サイズ的な問題で周波数が高く聞こえるだけざま……だろう」


 だが、狙いを定めた女子の行動には容赦がなかった。

 ハゲヅラとつけヒゲをむしると、そこにはかわいい女の子が現れる。


「やっぱりー、ズルしてるー。この子、まだ小さいよー」


「女の子ですね。声が若すぎましたもの」


「あたしは最初からわかってたけどな」


 女子たちに剥かれて、じたばた悲鳴を上げる青い服の小人。


「やーめろー、わっちのことはいい、でもおじいさんのことはキライにならないでください!」


「なんのこっちゃ。もう、かわいいんだから、おじいさんのフリなんかしなくていいの」


 サアヤは言い聞かせるようにささやいて、ハゲヅラとつけヒゲを小人の服にしまいこんでやった。

 小人はしばらく考えてから、おとなしくそれに従った。


「で、そのおじいさんて、このプログラムをつくった人か?」


 チューヤは一応、インストールされたプラグインのチュートリアルに目を通している。

 この概念は、たしかに非常に魅力的だ。


「そうざんす。偉大なおじいさんざますよ。まさにこのスタイルで、あんさんらの生まれるだいぶまえから、邪教やってるやよし。あんさんらーみたいな甘ちゃんとは比べ物にならない地獄を生き抜いてきた人やよって、全幅の敬意を表しなんし」


 どうやらこの口調が、この小人の本来のものらしい。

 つまり、テキトーな郭言葉だ。


「そのおじいさんのモノマネしてるおまえのほうが、だいぶコケにしてねえか?」


「おふざけんなんなまし! ハゲヅラとヒゲとグラサンは、お約束のスタイルなんざんす。このスタイルで長年やってきなまんしか、さりとて年には勝てなまし。そろそろ引退ざます、それはいたしかたなしでそうろう」


「そうろうじゃねえよ」


「問題は、その先ざんす。偉大な邪教の遺産を、だれかが受け継がなきゃいけなまし。というわけで、わっちらががんばって受け継いでるわけざんす。さっきも言いなんしか、世界中で愛されてなんなますよ。これほんと、オール世界ネットワークでありんす! 邪教ネットを敵にまわしたら怖いざんすよ」


「敵にまわすつもりはない、というより、あえて絡みたくない感じがする。幼女に手を出すと犯罪だしな」


 よく見れば小学生か、せいぜい小さい中学生といったところだろう。

 異世界線では、このような幼少期からすでに労働の責め苦を負わされているんだな、と半ば哀れみをおぼえる。


「しっ、失敬ざんすね、あんさん! これでもわっちは、大人の女、見てのとおり。ともかくなんと言おうと、お館様はお年を召されてござって、館から出るのは億劫。じゃによって、邪教鍋ネットワークの運用は、われら()()()()()に任せられておんなます。わちきは表東京担当、北海道出身、テイネじゃによって、以後よしなに」


 札幌で寒さにふるえる貧乏な両親が、東京からやってきた人買いに幼い娘を売り飛ばし、こうして強制労働させられている──というわけでもなさそうだ、と安心する。

 好きでやっているならいい。


「表担当ってことは、裏もいんのか?」


「あんさんが相当のレベルに達すれば、姐さん……いや、沖縄出身、同志タルホに出会うこともあろうてよ。とにかく御用とお急ぎのときは、鍋を囲んで呼びなんし。わっちは、いつでも鍋にいるざんす。だって、お鍋の国の人だもの! それじゃ、よしなに。チュートリアル読んどいて。──それから、ふたりが()()()()()のは、わっちのせいじゃないでありんすから、あしからず!」


 最後に謎の一言を残し、鍋のなかへ姿を消す邪教の味方。

 見ると、もう鍋はふつうの鍋と変わらない。


「なんだったんだ、あれは」


 嵐のような「邪教の味方」ストリームに毒気を抜かれ、チューヤはぽつりとつぶやいた。


「いまナノマシン起動したけど、なんか悪魔使い専用プログラムらしいよ?」


 サアヤに言われるまでもなく、同様に起動を試みていた女たちは「適用外ノット・アプリケーブル」の冷淡な表示にさらされ、じゃあ勝手にインストールすんなよ、と愚痴を言いたい気分に浸っている。

 だが、たとえ使おうが使うまいが、強制的にアップデートをかけるのは、この手のOSの常道である。


「悪魔を合体させる、か。いや、なんかそういうのは、ちょっとな」


 気が進まないらしいチューヤ。

 悪魔使いの風上にも置けない。


「そもそも合体ってなんぞ?」


 ゲームになじみのない女子に、どう説明すべきか悩む。

 現在、ゲームなどにおいては、ほとんど「基本」となっている設定だが、かつては斬新だった。

 よく見られるのは、ベースとなるキャラに「食わせる」合体で、AにBを食わせてA’という新たな強化・進化キャラを得る、というものだ。


 一方、『デビル豪』の場合は、AとBを合体させてCという悪魔をつくる、というキメラ的な合体がメインとなる。

 前者は「捕食」であり、後者は「移植」のイメージだが、いずれの合体も「数が減る」点では共通している。

 このルールが、ナカマ集めのモチベーションを支えることになる。


 古い世代が消えて、新しい世代に生まれ変わる。

 それ自体は、自然界の秩序に近い。

 サアヤは、とりあえず「合体」の仕組みだけ理解して、


「考えてみれば、悪魔使いのチューヤ以外、関係ない話だもんね」


「それより、最後に気になること言ってなかったか?」


 さして興味もなげに言うマフユに、


「……部屋を見まわしてごらんなさい。その意味、すぐにわかるでしょう」


 ヒナノに促されるまでもなく、部屋を見まわす──までもなかった。

 いるはずの人間が、いない。

 部屋にいるのは、3人の女子とチューヤだけ。


 ケートとリョージは、鍋の住人に言わせるまでもなく、さらわれた、というのか……?



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