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パンデモニカ / PanDemonicA  作者: フジキヒデキ
エキゾチック物質インジャパン
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 すくわんせ、すくわんせ。

 ここはどこの、さかいめじゃ。

 あまつくにつの、さかいめじゃ。

 ちょっとくだって、くだしゃんせ。

 ごぼうのとびらは、とおしゃせぬ。

 このくに五つの、ほしかどに。

 おふだをおさめて、ひらきます。

 おもてよいよい、うらがわこわい。

 こわいながらも、すくわんせ、すくわんせ。



 地下遺構に、静かな空気の揺れ。

 耳をそばだてれば聞こえる、歌声のような振動。

 ナミは苛立ったように、石棺の周囲にごてごてととりつけた計測装置らしきものを、ひとつひとつ確認しながら、


「うるさいぞ、バスタード、おとなしくしろ」


 ぶつぶつつぶやくナミの様子が、どこかおかしい。

 生爪を剝いで、お守り袋に詰めていたころの狂気を感じさせる危うさ。


 ──チューヤの活躍もあり、ひとしきり敵を排除し、小康状態にある現場。

 生存者の安否や物資の確認など、事務的な作業とともに、観測実験も並行的に進めているようだ。

 研究者というものの業は深い、とチューヤは感じていた。

 手元のデバイスを操りながら、ナミと、田尾というヒゲ面の研究者が言葉を交わしている。


「本社と連絡は?」


「たまにつながるんですが、結局はエラーを吐いて……」


 モニターには断線を意味するXマークが多数、点滅している。


「一時的には、つながったんでしょ?」


「最初のアクセスログを信じるなら、一応、届いてはいるはずですが」


「これがエキゾチック()()()か。量子力学も厄介なものね」


 オフライン状態のPCに向き直り、観測数値を手動で入力するナミ。

 本社のデータベースを活用できない以上、こっちでできることはこっちでやっておく。

 この期に及んで仕事をしている彼女を、チューヤは素直にすごいと思う。


「こんな数字に意味があるのかは、わからないけど」


「本来なら8K動画で全記録をRAID保存ですけどね」


「土管だけは無駄に太いくせに」


「基幹だからこそ、面発光じゃなくて劈開(へきかい)なわけですが、どんなレーザーも」


「届かなければ意味がない、か。なにが1秒で5テラよ。役立たずが……っ」


 現在のところ、世界最速のネットワークである光ファイバー。

 一般人にはよくわからない技術だが、理論上はどうあれ、ボトルネックが存在するかぎり役には立たない。

 やがて、ナミはすこし離れた位置に立つチューヤたちのところにくると、


「ごめんね。いろいろやること多くて」


「いや、この期に及んで感心はしています」


「おばさん、言っとくけどいい意味じゃないからね。チューヤはワーカホリックの親を持って、たいそう苦しんでいる側の人間だから。こいつの目に、おばさんは感心するほどわるいやつに見えてるから」


「おい、サアヤ」


「あはは、忌憚のないご意見に感謝します。……たぶん、助けはくると思うのよ」


 ナミの視線は、世が世なら本社のある文京区の方角に向けて、虚空を泳いでいる。


「どういうことです?」


「本社に連絡は届いてるはずなの。あなたたちが現れたとき、最初はわるいんだけどがっかりした。でも、ここにくる方法はあるってわかったからね」


「すいません、お役に立てず」


「チューヤは役に立ったでしょ! ちゃんと戦ったし」


「そうだよ、シンちゃん。ごめんね、言い方が悪かった。……この手のトラブルは、じつは数週間まえから稀に報告はあったのよ。だれも最初は信じなかった、異世界からの〝侵食〟なんてね」


「おば……ナミさんは、どこまで知ってるんですか?」


「もうおばさんでいいわ。そうね、一般人以上、政府未満、かな」


「政府が影でコントロールしてるってこと? 悪魔と手を組んで?」


 チューヤとサアヤの表情が、ナミと同レベルまで暗くなりつつある。


「いいかわるいかはともかく、危機管理ってそういうことよ。政府系の研究所から、私たちもその情報をつかんではいる。生医工は理研コンプレックスの重要な一部だからね」


 ナミの表情に、いよいよルイやガブリエルたちの影が重なった。

 理研コンプレックスは、近接する埼玉県和光市の国立研究開発法人・理化学研究所を中心として構築された、各セクターの研究機関をつなぐ共同事業体で、多額の予算をぶんどって「悪魔」の研究を推し進める部門がつい最近、設置されたという。

 もちろん「悪魔」という言葉は使われていないが、アニミスティックとかエキゾチックといった、理系というよりは文系に近い言語表現が多く使われるのが特徴の研究部門となっている。


「エキゾタイトも、そのなかの重要な一部に指定されているのよ。理由はもうわかるわよね?」


 悪魔召喚に大量のエキゾタイトを消耗する。それをチューヤはだれより体験的に知っている。

 いわば悪魔のエサとなるエキゾタイトの研究は、必要不可欠のものと言っていい。


「政府は知っていて……」


「混乱を最小限に抑えたいのよ。理解はしてあげて」


「おばさんはどっちの味方なの!?」


 勢いよく机をたたくサアヤ。

 ナミは静かに水を飲む。


「私はいつでも研究の味方。じっさい、あちら側の動きも計算されてきている。政府が()()()()()()()()()()()()()()()()代償に得た、情報に基づいてね」


「……それ、政府が()()()()()()()()()()()()()ってこと?」


 はっきり言葉にされると、やはりひどく居心地がわるい。


「もちろん、反対の立場はいくらでもあるけど。交渉は行なわれているはずよ。それ自体を認めない派閥もいて、いろいろ内部闘争も多いみたいだけどね。

 私たちは、とにかく目のまえに与えられた仕事をするだけ。各地で空間の()()()が起こっていることは、あなたたちも知ってると思うけど、最近、その頻度を増している事実から、増加ペースを計算したのね。すると、ピークは()()()()()()になる」


 画面上、ナミはオフラインのサーバに残ったデータを呼び出して、説明してくれた。


「異世界〝侵食〟のピーク、ですか」


「それまでになんらかの対策、結果を出さないといけないから。時間、あんまりないのよ」


「みんなに公表して……」


 立ち上がるサアヤを見つめるナミの目は冷たい。


「世界を大混乱に陥れる? じっさい国によっては混乱が生じはじめているところもあるみたいだけど。日本だけは、そうならないでほしくない?」


 確信犯と議論するとき、しばしば見舞われる逡巡にサアヤも陥った。


「でも……」


「あのおそろしい世界大戦の終結時ですら、国家としての体裁を保って粛々と運営されていた敗戦国は、日本だけなのよ。ドイツもイタリアも、行政機能は完全に崩壊していたから。

 外国人に教えてもらったんだけどね、敗戦時、日本の役場にはまだ人がいて、仕事をしていた、なんて国だ! って有名な話らしいわよ。

 心意気のある役人がいて、混乱を最小化してくれてこそ、私たちも研究がやりやすくなる。もちろん、むかつく公務員も多いけどね」


 理研コンプレックスに組み込まれている以上、ある意味、ナミも準公務員的立場なのかもしれない、と思った。

 もちろんどんな立場だろうが、サアヤは原則論を曲げるつもりはない。


「国民をだましていいと思ってるの!?」


「情報統制は治安維持活動の一種だから。べつにだましてはいないでしょ。あえてオフィシャルにしないだけ。そもそもネット社会なんだから、知りたい人はある程度、知れるものよ。一方、そんなことを知る必要はない、粛々と日常を送るんだ、っていう日本人の民度に依存して、私たちは今回の災厄をどうにか乗り越えたいと思っているわけ」


「なんかムカつくなあ……」


 サアヤは、ぱたぱたと足を踏み鳴らし、ぶーたれて横を向く。

 論理的に言い返せないとき、彼女はしばしばこの態度をとる。

 チューヤは周囲を見まわし、


「それだけ国家機関にも食い込んでいる研究なら、この窮地を察知して、だれかが助けにきてくれるはず、ってことですよね?」


 ナミはうなずいて、


「境界化した当初、揺らぐ空間のなかから外へ、通信が送られたってログはあるのよね。それ自体が研究の重要な要素になるんだけど、そもそもこれだけ長時間、連絡がとれないという時点で、向こうは異変を察知しているはずだから」


「異変を察知した私たちが訪ねたところ、警備員に追い返されたんですけど?」


「上では変なことも起こってましたよ」


 サアヤたちがここにたどり着くまでに踏んできた手順の多さからいって、そう簡単に助けがくるとも思えない。


「だからね、民間に対しては騒ぎにならないよう、穏便に取り計らってるってことだと思うのよ。それで政府は……ううん待って、この研究は理研統括で実働部隊は持っていなかったりするのかな、だけどそれだと……」


 なにやら考え込むナミ。

 不安が煽られる。


「俺たちの経験だと、境界化を維持しているボスを倒すか、合意が得られれば侵食は解消されるはずなんですけど」


「……あいつと話し合うって? やめときなさい、あんな悪魔の声に耳を貸すのは」


 爪を噛みながら、ナミは石棺のほうを一瞥する。


「悪魔といっても、アマテラスですよね?」


「それゲームの話でしょチューヤ」


「アマテラスは、ただの観測システム端末。……石棺に閉じ込められている悪魔の名前? そんなのは興味ないし、それがアマテラスだろうがジーザスだろうが、私たちはその力を利用するだけ」


 それだけ言うと、ナミは再び機械のほうにもどっていき、同僚たちと仕事を再開する。

 チューヤたちは顔を見合わせ、どうするか話し合うが答えは出ない。


 石棺を開いてなかから悪魔を出現させ、倒す。

 無理だ、とチューヤは即座に断定する。


悪魔名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

アマテラス/天つ神/71/8世紀/日本/記紀/光が丘


 とうてい勝てる相手ではない。

 侵入してきた場所にもどり、もどれるかを試すか。

 やってみてもいいが、成功はおぼつかない。

 そもそも、そこまでもどれるかどうかも怪しいものだ。戦闘は避けられないだろうし、その間、召喚を維持していられる自信はない。


 夜明けを待つのが最適のような気がした。

 経験上、侵食が起こる時間は夜間に限定されている。日没から日の出にかけてが、異世界の住人が世界線に干渉できる時間帯なのかもしれない。


 時計に目を落とす。

 午前2時をまわった。秋も深いこの季節、日の出は6時に近い。

 まだだいぶある。

 もう一山、ふた山ありそうだった。



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