03 : Day -66 : Shakujii-kōen
駅の南西にある、都立石神井公園。
国津石神井高校は公園の北、緑に囲まれた自然豊かなエリアにあった。
駅から歩いて5分。
いつもの通学路の横を切り裂いて、ハッとする間もなく原付が走り過ぎる。
その1分後、薄っぺらなカバンを振りながら、チューヤたち4人に合流する女子生徒の名は、北内真冬。
この場にいるだれよりも、背が高い。野獣の目と猛禽の動作、爬虫類のシルエットが、奇妙にマッチしている。血のような赤毛は返り血を思わせ、その細長い身体をよじっただけで、周囲の世界がおびえ、ひざまずく。そういう危険な世界の空気を背負った彼女こそ、いま悲鳴をあげる地球がもたらした懲罰、いやさ救済の道だと信じる者もいる……かもしれない。
「おい、見たぞ、デカ女。バイク通学は禁止だろうが」
160センチに満たない小柄なケートが、170センチを優に超える大柄なマフユを鋭く睨む。
往時のブリジット・フォンダを思わせる攻めたベリーショート。
四肢はあくまでも細く流麗、全身が蛇のようにしなやかに動いた。
マフユは、その冷たい目でケートを見下ろし、
「あ? 黙っとけクソチビ」
「制服で原チャはまずいよー、フユっちー」
周囲を見まわしつつ、困ったように言うのはサアヤ。
が、マフユは気にしたようすもない。
「へーきへーき。走りタバコ吸ってなきゃ」
「どういう基準だ。脳みそ腐ってんのか」
ぼやくケートの声に重ねて、ヒナノも冷静にたしなめる。
「歩いてもこれる距離でしょう。あなた、隣(上石神井)なんだから」
「まあね。ちょっと帰り、寄るところあるからさ」
「掃きだめにゴミが」
ちくちくと苦言を重ねるケートを無視し、
「一回、部室行くんだろ? ほらよ」
マフユは大きなトートバッグを重そうに提げるチューヤに、一個のリンゴを投げやった。
複雑な表情の一同。
「おい、なんで鍋にリンゴなんだよ」
「鍋って決まってないだろ。だとしても、デザートにしたらいいさ」
「ま、まあ、リンゴもいい隠し味になるかもよ。カレー鍋なら」
「リョージのカレー鍋はガチだからな。毎日でも食えるわ」
「よろしいですけれど、毎日はね……それでは、ごきげんよう」
それぞれの言葉を発しながら、5人の同級生の時間が交錯し、ゆるやかに分かれていく、校門のまえ。
「てか、なんで俺が荷物持ちだよ。マフユには負けてないだろジャンケン」
「せこいこと言ってんな、男だろ。じゃ、放課後またな」
背を向けて、最後に軽く手を振りながら、ふりかえりもせずに歩き去るマフユ。
カバンは薄っぺらで鉄板入り。
往時のスケ番を彷彿させるが、より以上に厄介な背景を背負ってもいることをチューヤは知っている。
こうして、まっすぐ校舎に向かう同級生たちと別れ、チューヤはひとり、離れた部室棟へと足を向ける。
鍵は開いていた。
チューヤがドアを開くと、ちょうど大柄な男子生徒の背中にぶつかった。
「おっす。遅いぞ。仕込む時間ないわ」
トリを飾る巨漢は、まさに「マッチョ」を地でいく漢。気は優しくて力持ち、弱きを助け強きをくじく、古き良き少年漫画の主人公。世の不条理に「武力」で対抗するため、いわゆる「不良」とみられる場合が多いが、当人は気にしていない。ガテン系ゼネコン家庭に育ち、料理を得意とする中華屋のバイト男子の生きざまこそ、地に足の着いた人類の選ぶべき道行……かもしれない。
東郷良治。180センチを優に超える。
剛毛、角刈り、筋肉質。古代ローマに、こういう顔の将軍がいても納得するだろう、特徴的な「濃い」顔をしている。
一見してスポーツマンを予想させるが、所属するのはなぜか、この異質な文化系クラブ。
「すまん。急いだんだけど。……きょうはなに?」
チューヤはバッグをテーブルに置きながら、リョージをふりかえる。
「放課後のお楽しみ。白菜あるか?」
「いや、新しいのはない。水曜の残り、あったろ?」
「ああ、まあ、きょうのところは足りるけど。マフユに会ったら言っといて。買い出しのメモが部室にあるからって」
「メモどれ? おっけ、俺からチャット飛ばしとくよ。……それよりさ、これだぜ、あいつ」
眉根を寄せてリンゴを差し出すチューヤ。
笑うリョージ。
「らしくていいじゃないか。まあ、使えないわけじゃないさ」
「隠し味? それともデザート?」
「放課後の楽しみにしとけ。んじゃな」
「おっけ。放課後な」
徒歩圏内の地元民、リョージを含めた6人が、同じ部活に所属していること。
その偶然が、どれほど果てしのない必然によって組み立てられているか。
チューヤはバッグの中身を部室に備えつけの冷蔵庫に移しながら、ふと棚のうえに目を止める。
「鍋、か」
どこにでもある、ふつうの土鍋。
この鍋から、これまで無数のファンタジーが生み出されてきた。
そして、世にもめずらしい「鍋部」などという部活で、おおよそ接点のありそうにない6人が、つながった。
週3回、食材を持ち寄って、放課後にみんなで食する部活。
なぜこんなことになったのか、チューヤはその奇跡的な軌跡について、たまに思いを致すことはあるが、さして深く考えたことはない。
考えたところで、そこに意味を見出す理由が、そもそもなかった。
これまでは。
足元で、そして周囲で、多くのことが動き出している。
その理由を考える時期が、遠からずやってくる──。
国津石神井高校。略称・国石高。
石神井公園の北側に位置する私立高校で、めずらしい商工業科併設校となっている。
そのため、同校内での偏差値の差が大きい。
偏差値45の商業科、50の工業科、55~60の普通科、そして65以上の特進科。
特進科は文系と理系が1クラスずつで少数精鋭、他も各科2~3クラスなので、科目の多さに比べればそれほど大きな高校ではない。
普通科にチューヤとサアヤ。
特進文系にヒナノ。
特進理系にケート。
工業科にリョージ。
そして商業科にマフユ。
みごとにクラスのちがう6人が、同じ高校の名のもと、同じ部活に所属している。
理由まで同じではないし、同じ場所を目指してもいないが、同じ時間を過ごすことの価値だけは知っている。
それぞれが、それぞれの理由で、この謎の部活にはいった。
そして結局のところ、彼らをつなげる、唯一にして最大の要素。
──鍋。