89 : Day -28 : Higashi-ikebukuro-yonchome
デジタルとヒューマンのインターフェースは、悪魔相関プログラムによって仲介され、比較的スムーズに実行された。
ネットワーク内に自己を投影し、戦うというミッションは、すでに経験している。
「ケートの力を借りたいところではあるけど」
VRゴーグルをかけながらつぶやくチューヤに、ヒナノは否定的だ。
「彼にかかわらせると、ろくなことになりません。前回も、聖省へのハッキングまでかけかねない勢いでした」
「ケートは神学機構きらいだからね……。俺がログインするのはいいの?」
「裏切ったらどうなるか」
「はいはい、わかってますって」
ヒナノの用意したIDで、枢機卿権限での侵入ルートを確立する。
同時にバックアップ回線をつなぎ、万一の場合、チューヤの魂が破壊されるまえに、引きもどす準備を整える。
「枢機卿って、えらいひとなんだよね?」
サアヤに問いに、ヒナノはさして偉ぶるでもなく、
「祖父が日本で7人目の枢機卿だったのですよ。もう亡くなりましたが。その関係で、ガブリエルなど重要な人物が、南小路家には派遣されてくるようになりました」
ヒナノがキリスト教の王道を行く出自であることは、なんとなく理解している。
本来、ミッション系の御三家など名門のエスカレーター校で学んでいるべき立場なのだが、個人的にいろいろあって、国津石神井高校などという練馬の辺境に通学するようになってしまった。
その一端にはチューヤも、はしばしで関与している。
「……お、チューヤ登場。レベル42の悪魔使いだって! 42そう!」
「うるさいな!」
ファーストパーソン視点で、画面内にはチューヤの影が表示されている。
『デビル豪』の世界観が強いが、現実をそのまま移植したサイバー空間のようでもある。
主人公は護国寺の日出通りを進み、アズテック社のある道へと踏み込む。
そこそこ出現する敵と、それなりに戦闘をくりかえす。
「悪魔使いの視点とは、このようなものなのですか。……忌まわしい」
ヒナノが、はじめて見るファースト・パーソン・シューティングに、眉根を寄せて吐き捨てる。
耳が痛いチューヤとしては、聞こえないふりでさきへと進んだ。
「けっこうな戦いだね! 夜、境界化してるとこんな感じなのかな」
「じゃないのかね。……てか、天使系が多くね? 話にならんけど」
ここまでチューヤが試みた「会話」は、すべて「話にならない!」で蹴られている。
出現する敵のレベルはそれなりだが、問題はライト系、つまり天使が多いことだ。
神学機構の内輪もめ、という線はかなり濃厚に思われた。
「しょせんゲームでしょう」
「かなり現実を映してはいるけどね。ほんと話にならないやつが多いよ。天使のやつら」
ヒナノは、ひとまず内心の苛立ちを無視することにした。
現状、この悪魔使いはまだしばらく使わなければならない。
「チューヤは攻撃しないの?」
サアヤの指摘どおり、画面内で戦っているのはチューヤの召喚した悪魔だけで、チューヤ自身は戦っていない。
「武装もなにも持ち込めないだろ。……いや、待てよ。そういえば」
室井との件で、魂だけでも肉体の状態に準じる戦いができる、という方法を学んだ気がする。
ナノマシン経由で特殊な指示を出すと、ゲーム内におけるチューヤの存在が濃くなっていく。
固定化された画面で、ふいにチューヤが一人称視点から抜けてふらりと歩き出し、画面を見返して手を振った。
「なにこれ、どうなってんの? 幽体離脱?」
「わからんけど、なんかいずれ役に立つとか室井さん言ってたからな。ケートにも相談してるんだけどね」
「どうでもいいから、さきへ進みなさい! 時間がないのですよ」
へーい、と無感動に応じて歩き出すチューヤ。
チューヤ自身の戦力も加わり、進行速度もやや増した。
エレベーターを降り、そのさきへ。自分たちを背後から眺めるという倒錯的な状況になるところだが、ここでボス戦のBGMがかかった。
「……破壊神トナティウか。アステカの戦の神だな。アステカ……ああ、やっぱり、だからアズテック社なんだね」
一人合点して、戦闘にはいる。
破壊神はそれなりの強さだったが、なんとか倒すことができた。
憑依された破壊神の影から漏れ落ちるように、そこにはひとりの若者が倒れている。
「……当麻さん?」
ヒナノの呼びかけが聞こえたわけではあるまいが、ゆっくりと顔を挙げる男の顔に、チューヤたちも見覚えがある。
ヒナノがそのIDを利用してこの会社に潜入した、エンジニアだ。
「ああ、助けにきてくれたんだね。ありがとう。──ぼくは拷問された。そして、こんな世界に入れられた。なんでも証言しよう」
そのまま引っ張られるように、当麻のイメージの世界に没入する。
やってきたのは、中世の騎士団もかくやと思われる、神学機構の実働部隊。
境界化した世界観にまだ慣れていない当麻は、すぐにとらえられ、破壊神呼ばわりされた。現に彼には破壊神の憑代としての才能があった。
絶叫、悲鳴、苦悶、怨嗟、嗚咽、呻吟、哀願、断末魔──。
被告は拘留され、尋問が開始される。
尋問とは言い条、それは現代人の感覚でいえば、拷問だった。
「彼の荷物に、認められていないUSB機器があったか?」
「可能性はあります、総主任」
「認めなさい」
被告および被告に不利となる証人の尋問。
総主任が指揮し、参与官の質問と回答は、事務官によって書きとられる。
被告は罪状認否をし、最後に、事務官が書きとったものを読むように求められ、署名をさせられる。
このいわゆる「宣誓供述書」の末尾に記された、歴史上もっとも有名な署名は、ガリレオ・ガリレイだろう。
チューヤたちは、その記憶をすべてデータとして保存した。
これが現代の異端審問である、という確実な証拠。
あきらかに特殊な思想、志向が働いて、境界化した空間に残された神学機構内部の汚点の数々。
炙りだされる犯罪の証拠に、思わず苦悶のうめきを漏らすヒナノだったが、こうして犯罪者、異端がでっち上げられるのだ、という事実から目を背けてはならない。
それが、罪を重ねてきたキリスト者が、現代、過ちをくりかえしてはならないとする心理的根拠となるのだから。
そして舞台は──法廷へ。
教皇が直接、テレビ会議で出席する木曜日の総集会は、三つの部分に分かれている。
今回は月曜日であるにもかかわらず、特別に集められているため、その議事進行には予断を許さない。
教皇が直々に顔を出すのは第三部で、それまでに証拠調べなど、ほとんどの法廷業務が完遂されていなければならない。
第一部において、総主任と参与官が取り調べの概要と裁定を報告する。
前日の枢機卿集会での審議内容が検討され、最終決定に向かう筋道が立てられる。
この決定が刑罰を含む内容であれば、実質的に裁判は終了し、刑が確定する。
「確定しちゃうの? 早くね?」
暮れなずむ東京を、全力疾走で東方カテドラルにむかうチューヤたち。
東京とローマの時差は7時間なので、まだローマの法廷は第一部がはじまったばかりのはずだが、異例ずくめの月曜法廷なので、もしかしたらいきなり第三部から開始されているおそれすらある。
東京が明るいうちに片づけてしまおう、という思惑もあるかもしれない。
「いままで覆されたことはほとんどありませんが、教皇臨席の最終決定で、猊下のサインが下されるまで確定はしません」
「その教皇さんに直訴しようってことだよね」
「証拠さえあれば、可能と考えます」
判決文は慣例的に三つの部分からなる。
異端の内容についての説明、つぎが審議内容。
最後には赦免と勧告と刑罰があり、贖罪がある。
どの判決文も、検邪聖省が将来的に判決を変更する権利を留保する、という文章で結ばれる。冒頭に聖省の異端審問官枢機卿全員の名前と、末尾に実際出席した枢機卿の署名。
正式に裁判が開始されてしまえば、無罪判決はない。
日本の検察庁さえおそれおののく、有罪率100%の現実がある。
「100%じゃ無理じゃん!」
「中世までの話です。最近は教皇庁も態度を軟化させています。かのガリレオも名誉が回復されました」
「死んでから公訴棄却されてもね……」
カテドラルが見えてきた。
チューヤたちは、なぜか妨害しようとしてくる人々のあいだをすり抜け、ホットラインで世界と直結されたテレビ会議室を目指す。
「生きているうちに、逆転判決を導く最初のケースになるでしょう」
「すごい自信だね」
「法科を専攻しておりますのでね」
文系の頂点はもちろん法学部、文Ⅰのエリートが日本という国家を動かしている。
その支配に抗おうとする人々も、もちろんいるだろう。
ガブリエルを追い落とし、神学機構に新たな権威を築こうとしている真犯人の姿が、チューヤたちには見えている。
「既存の秩序への挑戦は、体制側のお嬢にとったら、むしろ反逆になるんじゃない?」
「わたくし、これでもガブリエルを信じておりますのよ」
「信頼って大事だね。もう協力するっきゃないね」
その気高い「信頼」は、はたして報われるのか。
立ちすくむ東方カテドラルのさきに、ローマの最強権威──教皇がいる。




