84 : Day -28 : Takaracho
♪
かごめかごめ 籠の中の鳥は いついつ出やる
夜明けの晩に 鶴と亀が滑った 後ろの正面だあれ?
暗いビル通りに響きわたる、サアヤの歌声。
彼女の目には、すり切れた綿布の目隠し。
目の部分に刻まれた2つのカゴメのマーク、六芒星が脈打つように光っている。
チューヤとケートは、サアヤの斜め前方で、じっと彼女を見守る。
サアヤは歌い終えると、ゆっくりと綿布を取り、ふりかえった。
彼女の後ろの正面には、ビルがある。
ゆっくりと扉が開かれた──。
「どういうことなの、ケート」
「どうもこうも、ボクはその呪いのアイテムを手に入れるために、吉原に行ってきたんだよ」
サアヤから綿布を受け取りながら答えるケート。
「かごめの歌って、なんか怖いよねー」
「月刊『ヌー』が大好きなネタだよな。まつわる都市伝説が多すぎて驚くよ」
「編集長がこっそりと教えてくれたんだよ。真説をな」
怪しげな色の濃い眼鏡をかけた編集長のヒゲ面が思い浮かぶ。
最初は小菅の拘置所で、最近は五反田のシェアハウスでも顔を合わせた、月刊『ヌー』編集長といえば奇説珍説都市伝説のマスターだ。
「……珍説ばっかでしょ、あの編集長じゃ」
「やかましい。現に扉は開かれただろうが。言っておくが、あの編集長もそれなり片足突っ込んでるぜ」
この業界に親しむということは、多かれ少なかれ悪魔との接触は避けられない。
どんな悪魔のささやきに耳を傾けているのかはわからないが。
「で、この布は?」
「いけにえを選ぶ布だよ。──ある日、この布が看板に突き刺さっていたお店は、女の子をひとり選んで差し出さなければならない。そのために使われた歌が、かごめかごめだ」
ひとりの少女が選ばれて、その布で目隠しをされる。
彼女を取り囲み、店の女の子で「かごめかごめ」を歌う。
選ばれた少女は、だれかの名前を言う。
外れたら彼女がいけにえになるし、当たればその子になる。
店の女の子の数は多いし、仮に言い当てても恨みはやまない。
たいていは、最初に選ばれた子で決まりだという。
「怖すぎ」
「趣味のわるいクソ女衒が、この方法で客に女の子を指名させるって遊びを考えた。悪趣味な外人も大喜びだとさ」
ケートは開かれた扉に向けて足を踏み入れる。
案内のポン引きはいない。
そもそも営業中かどうかもわからない。
ただ、このさきが境界化していることは揺るがぬ事実だ。
「最悪」
「てか、サアヤは名前を言わなかったじゃん」
「つまり、サアヤがいけにえに選ばれたってことさ」
うなるような騒音が一瞬とどろき、すぐに静寂が満たされた。
背後で、ばたん、と扉が閉じた。
「初出勤ですね、サアヤさん……」
「おいらん道中!」
サアヤは明るく言ったが、血と涙で染まった底なしの寝床に両足を沈め、身動きがとれない座敷牢で浮かれ騒がなければならない、そういう過酷なお仕事である。
「やんややんや」
と騒ぐ愚かな男たち。そもそも「遊女」という言葉自体が、男目線だ。
遊ぶのは男であって、女は働いている。
勤労に感謝する日に、女たちに感謝をささげて進まなければならない。
「そういうことだよ、男たち!」
「いやもう女子には日々、感謝感謝でございますとも」
「さっき無礼なこと言ってたよね!」
「こいつだよ!」
同時に互いを指さすチューヤとケート。
いつの世も男と女の戦いは絶えないが、戦争はつねに男同士でやってきた。
男子も女子も仲間割れはする、いや、むしろ同性こそが敵であることが多い。そうやって戦わされてきた男と女……ただ食い物になるのは、つねに弱者だ。
「いんやさ、あんたらァ、同じ穴のムジナだよ。きょうという日を生きる何千円を、その手で稼いできてからモノを言いなさらんか?」
遣手ババアを極めたかのようなサアヤの言葉に、衝撃で動けなくなる男子たち。
GSで小銭を稼いでいる程度でしかない女子が、自分の手ではまだ1円も稼いでいない男子の心を打ち落とす。
ふるえながらチューヤを見るケート。
「キミの嫁、なんなんだ、すごい攻撃力だな」
「怖いよケート、俺、サアヤとどう付き合えばいいのかわからないよ」
場を支配したサアヤは、鼻高々に言った。
勤労をことほぐわけでもなんでもなかったが、説得力はあった。
「バイトしてるからえらい、なんて言うつもりはないけどね。つまり、喧嘩をやめてー、ふたりを止めてー、私のために争わないでー、って話だよー」
「サアヤのために争っているつもりは毛頭ないが」
「まあ、きょうのところはキミの嫁に免じて、勘弁してやろう」
「あ、ありがとうございます……」
意味不明な流れで仲直りする男子2名。
東洋の「飾り窓」を戦い抜くためには、内輪もめしている場合ではないのだ。
飾り窓。
この名高い言葉で知られるのは、オランダ、アムステルダムの風俗街だ。
現在も売春が合法的に行なわれている場所、レッドライト・ディストリクト。
アムステルダムで現在営業しているのは400軒ほどで、ほとんどがこのエリアに集中している。
昼間はそれとわからないが、夜になると赤い光が灯るという……。
「このさき、やばそうだね」
チューヤは悪魔使いの本能が鳴らす警鐘に耳を傾ける。
出現する悪魔の質が変わっている。
この店は「客」を迎えるようにできているが、司直の「手入れ」は妨害することになっている。
「18禁、か?」
皮肉な物言いのケートに、
「いや、無免許運転のケートの口が、そんなこと言いたくても言えないだろうとは思うけど」
と、チューヤとしては言いたい。
「受け止めろ、日本人として。ここが、日本の赤い闇だ」
境界化していてよくはわからないが、現世側のハウス264は「ふつうの商売」をしているらしい。
一階は倉庫。オランダの香辛料の卸売業者がはいっている。
二階は事務所。
三階は原料置き場の収納室。
歴戦のチューヤたちをもってしても、かなりの手ごわさを感じはしたが、いよいよ雰囲気が変わってきた。
──突き当りの壁に、本棚でカムフラージュされた秘密部屋の入り口がある。
色あせたファイルが10冊ほど、赤茶けた世界地図、斜めの支え棒。
「よく再現してやがる」
皮肉る余裕がなくなりつつあるのか、ケートは怒気もあらわに言った。
本棚に手を伸ばすと、手前に動いて回転する。
ここから「別棟の3~4階」へと移動することができる。
「まさに隠れ家だね」
目のまえには、ほとんど垂直に近い4階への階段。
壁にはノルマンディーの地図。中庭に面して窓がひとつ。家具や生活必需品などは、なにもない。
ここで、かつて忌まわしい人類最古の商売がくりひろげられていた。
壁に、うっすらとした線。
「柱の傷は、おととしの~♪」
サアヤの歌声は場違いだが、男たちのささくれた精神を癒す役には立った。
──見下ろせる中庭には、工事現場の雰囲気。
改装中の隣のビルを、工事の幕が覆っている。
「日本の飾り窓として、ヨーロッパの外交官や商社マンにも人気だったらしいぜ」
ケートは言った。
東京都のどまんなかで、そのような違法な売春行為が行なわれていて、しかもそれなりのエリートが顧客層に名を連ねていたとなると、話の内容によっては国際問題にも発展しかねない。
「いろいろ問題の多い言い回しだね!」
「男の遺伝子の一部には、この手の嗜好がインプットされてるらしいな」
性的少数者のひとりとして、他のマイノリティに対する配慮を示すケートは、この時点ではまだかろうじて余裕があった。
事実として、この手の性的嗜好は「遺伝子にプログラムされている」。
LGBTは、レズやゲイといったメジャーな少数者しか保護しない。
その理由は、幼児性愛者や屍体愛好家などといっしょにされるのは、その活動上、都合がわるいからである。
だが性的嗜好という意味では、また脳の機能上も、両者は同工異曲だ。
もちろん「子どもを巻き込む」「違法である」という決定的な差異はあるものの、同性愛も小児性愛も、脳の一部が一般人の平均値とかけ離れている、という点では等しい。
小児性愛者は人口の一定数、現実に存在する。
彼らの欲望は、かつては放置されていた。現在は、どうコントロールするかという問題となっている。去勢する、というのも選択肢のひとつのようだ。
その時々の環境によって、より翻弄されやすいのが、性的少数者という人々だった。
「海外の目から見れば、日本はロリコンに寛容というイメージがあるようだな」
「15(数え年。現在の13~14)で、ねえやは嫁に行ったからね」
「ムハンマドも9歳の女児を嫁に迎えたな」
欧米が批判したがる要素はそろっているといえるが、欧米の言葉が必ずしも正解であると信じる理由もない。
彼らは、だれよりも多く、凄惨なまちがいを人類史に刻んできた。
だからこそ、より正しい道を選ぶことができる、と強弁する人々もいる。
言い換えれば、未来からみた現在は、ひどく過ち、ゆがんでいるはずだ。
「現在のわれわれが、正しいと思うことをするしかない」
「というと?」
一瞬、酷烈な目線で断じるケート。
「このビルをつくった連中は、皆殺しだ」
「だいぶ私怨はいってるけど、それなりに同意する部分はあるよ」
ドグマティックに売春を禁止する議論は、まさに「宗論」であって、正しくない。
売春は、女性が自分で自分の能力を売る場だ。自分の意志でやっている以上、だれにも制限されるいわれはない。
だが「やらされている」となったら、話は別だ。
宝町の雑居ビルの一室。
「アンネの隠れ家」とも呼ばれる、ハウス264。
そこで幼児売春が行なわれていたのは、ごく一時期のことで、その後、まっとうな入居者によってまっとうな商売が行なわれている、ということにはなっている。
上述のとおり、香辛料の販売であったり、オランダ大使館とも話を通して、一種の観光案内業務も行なっている。
現世側では、たしかにそうなのかもしれない。
が、境界にまで染み込んだ邪悪な記憶は、そう容易に拭い去ることはできない。
──現代の「裏窓」。
未成年だけを集めた非合法売春宿。
月刊『ヌー』にも引用された調書だけで、多くの人々は目を背ける。
上は15歳、下はなんと3歳までいたという。
ケートは調べ上げていた、この吐き気を催す魔窟について。
なぜなら、知り合いだったからだ。
そこで小学生のころから働いている少女が、知り合いだったからだ!
あい。
日本で最初にできた友達。助けられなかった少女。
彼女は、霊魂になっていまもなお、この忌まわしい館で働かされているのかもしれない。
そもそも彼女をここで働かせていた邪悪な吸血鬼の逃げ込んださきが、この館だとしたらいい度胸だ。
じつは、すでにその証拠も集まっている。
ケートは満を持して、この場所へ復讐を果たしにやってきた。
積年の恨みを、晴らすのだ──。




