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「安全な日本でもあるんだな、こういうこと」


 ケートが皮肉な笑みを浮かべてつぶやく。


「この国を高く評価し過ぎないように」


 傍らに立つヒナノは、さして危機感もなく答える。

 ──路地裏の暗がり。

 目のまえには典型的チンピラが4人。私服と低偏差値高校の制服が混ざっている。

 よくある「絡まれる」というシチュエーション。


「お姉ちゃんと仲良く下校かよ、ぼうや」


「悲しい目に遭いたくなきゃ、お金で解決って手もあるぜ?」


「さっさと出せよ、持ってるんだろ、あ?」


 わかりやすいチンピラの、下卑た声に包まれる。

 ケートは、落ち着いた態度で、


「ジャンプでもするか?」


「ないとは言わさねえ! 言わせねえよ?」


「いや、金はある。腐るほどな。だが、おまえらにくれてやる金はない」


「てめえ……っ」


 つぎの瞬間、ケートの腰のはいった右アッパーが、顔面を寄せてきたチンピラのひとりの上体を高く舞い上げた。


「暴力で奪うつもりなら、相応の報いは覚悟のうえだろう?」


「この、野郎……っ」


 ヒナノはわずかに身を引き、ケートが選択した戦闘局面から、己が身をそらす。

 最初から、こうなるだろうことはわかっていた。

 もちろん、その結果も。




 死屍累々のチンピラのうえをまたいで、ケートがヒナノのもとにもどってくる。


「姫君を守り抜いたナイトに、感謝の言葉でも言う?」


「ナイトであれば、ただの義務でしょう。けれどあなたが望むなら、感謝くらい惜しみませんよ」


 ほとんど興味なさそうに言いながら、ヒナノはケートとふたり、並んで路地裏を出る。

 こんなくだらないイベント、挿入するほうがバカだ、とでも言わんばかり。


「見た目で判断する愚か者が多いですね」


「見た目で目をつけられたお嬢、反省してよ」


「見た目で……いえ、まあその責任は、あなたにもわたくしにもないとは思いますが」


「だよな。まあバカはバカに生まれついた責任を取ればいいだけさ」


 ケートが小柄で、少年のような愛らしさを持つからといって、貧弱な守られキャラだと考えるのは誤りだ。

 だれよりも科学的かつ効率的な護身術の訓練を受けていて、48キロ級の世界大会に出てもじゅうぶんに戦える戦闘能力を有している。

 見た目で侮り、返り討ちに遭う、いい例だ。


「ガブリエルが、安心してあなたに引き継ぐくらいですから」


「安心されてんの? ちょっと訂正しといてよ。ガブんちょとは、ゆっくり話し合いたいからさ」


 飄々と言い放つケートの本心が奈辺にあるか、ヒナノにはよくわからない。

 そもそも彼の資産規模は、ヒナノの実家の全財力を合計しても、足元にも及ばない。

 つまり飛び抜けてセレブなのは、本来、ケートのほうなのだ。


 もちろんそれは財力だけの話で、社交界とか家格とか歴史の話になれば、南小路家の圧勝ではある。

 だが犯罪者が狙うのは、伝統とか格式ではない。

 彼らの狙いがお金である以上、組織犯罪レベルのトラブルに巻き込まれるとしたら、ケートのほうに決まっている。


 だから。

 ヒナノはちらりと周囲を見まわす。

 黒服のシークレットサービスが、常にケートの行動にまとわりついていることを、彼女は知っている。


 いかに日本が安全な国とはいえ、フォーブスに載るレベルの資産家の令息が、無防備に街を歩いているわけがない。

 このセキュリティがバックグラウンドにあるからこそ、ガブリエルも安心して警護レベルをケート側に移譲する。


「まあ、助かってはおりますわ」


「警備の人件費が削減できるから?」


 ケートの思ってもいない皮肉な物言いに、素直に応じるヒナノ。


「それも、そうですね」


 逆に鼻白むケート。


「うそつけ。そういうコスト意識皆無だろ、お嬢は」


「あなたこそ。それだけ強いのに、その見た目、詐欺的ですよ」


 見た目は子供、戦力は兵士。

 これは街のチンピラにとっては災難だ。

 ケートは、タフガイの表情とナレーションを意識して、


「自分の身も守れない男に、男を名乗る資格はない。大切なだれかを守れてこそ、はじめて一人前だ」


「どこかの映画のセリフでしょうか」


「ぽいねー。まあ現実問題、多少の戦闘力ないと、富豪の御曹司はやってらんないわけよ」


 両手を広げ、おちゃらけた態度に変わる。

 真面目な話を長くつづける気は、お互いにない。


「エグゼクティブにとって護身術はたしなみですからね。その技、天狗にでも仕込まれたのですか?」


 鞍馬山で天狗から修業を受けたと言われる源義経。

 御曹司という言葉は源氏の子弟、なかでも武蔵坊弁慶が源義経を指して呼ぶ姿が有名だ。


「ひいきにしたってや、苦労する判官やねん」


「強すぎると妬まれますわよ」


 一瞬、真剣な表情を見せるケート。


「強すぎはしないさ。むしろ、まだ足りない。もうちょっと強くならないと、あいつには……」


「……?」


 ケートは顔を上げ、首を振る。


「いやいや。それよりどこ行くんだっけ、お嬢」


「田園調……」


「そうかそうか、サアヤから頼まれた荷物を届けるんだっけ。了解、れっつらごー」


 そこにヒナノは、ちくりと不愉快なものを感じる。



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