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79 「自閉空間・根っと本店」


「一週間分の稼ぎが吹っ飛んだ……ぶつぶつ……」


 いつまでもぼやいてうるさいチューヤに、サアヤはため息まじりに言い放つ。


「お金なんて、また稼げばいいでしょ。そもそもチューヤのもってるお金って、追いはぎして盗んだお金じゃん。純粋な労働の対価じゃないよね」


 ガソリンスタンドで純粋な時給を稼いでいる少女の口が言うと、たいへん重い。

 チューヤは一瞬ひるんだが、けっこうな血と汗をささげている自覚はあるので、さすがに反論せずにはいられない。


「それ全世界80億のRPGユーザーに対する挑戦と受け取られかねないよ、サアヤさん自重して!」


「そもそも先進国のカネ転がしどもが稼いだお金なんて、強盗に等しい盗人たけだ信玄だって、えらいひとが言ってたよ」


「たけだ信玄に怒られろ!」


 やかましい高校生のパーティは、それでも一歩ずつ、ダンジョンを攻略していく。

 ダンジョンといっても、自閉空間は集合住宅を兼ねる雑居ビルだ。

 建築基準法など存在しないためやたら雑然としているが、目的地が決まっていればまっすぐそこへ向かうだけでよい。

 チューヤは、まず地取り捜査の手法でオモイカネの住居(ヤサ)を当たることにしたが、話の通じる悪魔に証言(ゲン)をとっても、いまいち要領を得ない。

 捜査情報が堂々めぐりしている感があり、チューヤは階上への道のりの手前で、ふと足を止めた。

 室内でもかまわず屋台を引いている回復屋で、ひとまず回復してから、ふとその影にうずくまっているジャンキーに目を止めた。


「……あのさ、オモイカネって知ってる?」


 怯えた表情でチューヤを眺める亜人。

 典型的なジャンキーで、やせ細り、変な臭いが漂っている。


「教えてやる、から」


 そのジャンキーの目に、奇妙な光を感じたチューヤは、すぐに察して屋台にもどった。

 代金を払って、白い粉のはいった小袋を手に入れる。

 それをちらりと見せた瞬間、ジャンキーの表情に歓喜と恐怖が同時に浮かぶ。

 チューヤは何事か考えながら、


「マトリじゃないよ。ワッパなんてない」


 両手を差し出して見せ、それから仕入れたばかりの小さな袋を差し出す。

 麻薬取締官は警察官ではなく厚労省の職員だが、特別司法警察員であり、職務遂行上、拳銃、警棒、もちろん手錠も所持している。


 ジャンキーの目が輝く。

 回復屋台は、職務上いつでも「鎮痛剤」という名目で、この手のドラッグを携行している。

 純度100%のヘロインだ。

 ジャンキーにとっては親を殺しても手に入れたい代物だが、3大屋台ネットワーク加盟店については、手出しをすると即座に致命的なお仕置きが下されるので、こうしてその周囲に陣取り、チューヤのような物好きが恩恵を下すのを待っている、というわけだ。


 もちろん「罠」であることも少なくないので、いつでも警戒は怠らない。

 しかし目のまえに餌をぶら下げられたジャンキーが、いつまでもその魅力に抗えるわけがなかった。


「本物か、すり替えてないか」


「見てたろ、仕入れたばかり純ナマ100%だ。大事に使え」


 そんな会話をするチューヤを、サアヤは空恐ろしげに眺めている。

 小さいころから、彼にはこういうところがあった。

 思い出すのは、「へやには、わかいしゅうさんがたくさんいて、おくにはダイモンというきれいなものが、はってありました」という小学校時代の作文。


 お父さん(お母さん)の仕事、とかいう課題だったと思う。

 チューヤの父は、もちろん警視庁の腕利き刑事。その行動に1日密着したらしい。


 近頃は事務所なんか構えないヤー公が多いんだよな、と言いながら、ふつうのマンションにガサにはいったところ、内部はまさにヤクザの事務所そのものだったらしい。

 若い衆が何人もいて、奥には西の広域組織の代紋。

 マフユのシナリオにも絡むが、当時、千住会系の了解で、山川組は多摩川をわたらないという密約があった。

 ところが実際には、看板こそ上げないが企業の名前で、東京にいくつも「系列」がはいりこんでいた。


 「キャップ、ここヒシだよね」「そうだよ、おやしずまされてキレてんだ、きをつけろ」「すじものってのはきいてたけど」「いもひくんじゃねえよ」といった会話を、意味不明のまま書き写したチューヤ。

 いま考えてもサアヤにはよく意味がわからないが、だいぶ殺伐とした雰囲気だけは伝わってくる。


「そういう変な作文を書くから、先生に怒られるんだよ」


「なんだよ、俺は見たままを書いただけじゃないか」


 そういうタイプなので、ジャンキーをどう処理すればいいかは心得ていた。

 チューヤの父親は、人殺し以外には寛容である、というわるい性癖がある。ジャンキーからでも、コロシの情報をとれるなら見逃したりする。

 俗に「被害者のいない犯罪」ともいわれる麻薬は、自分の肉体を破壊するだけで、基本的には他人に迷惑をかけない。もちろん、いろんな意味で社会的に大きな損失だからこそ、厳重に禁止されているのだが。


 目のまえでごしごしと腕をこすり、薄汚れたポンプを血管に突っ込む亜人。

 サアヤの大嫌いな麻薬だが、痛み止めは許す、という独自のルールはある。ただし彼のような使い方が合法かどうかは、サアヤの表情を見ればあきらかだ。


「ああ、すげえ、まじだ、上モンだよ……」


 恍惚として虚空を仰ぐジャンキー。

 この選択は正しかったか──。




「で、オモイカネは」


 チューヤの問いに、ひとしきり陶酔に浸ったジャンキーは、にやりと笑って答えた。


「あんた、すげえな、よくオレに訊いたよ、まじだ。まあ考えてみろよ、あいつらは物事の裏をかく。頭のいい人間はみんなそうだ、相手の思いどおりになるのが、とにかくキライなんだ」


 チューヤの脳裏には、当然のごとくケート。


「それで?」


 なるべく相手の言葉を遮らず、吐き出せるものをすべて吐き出させ、そこから必要な情報を探し出していく手法、ヒューリスティクスだ。

 刑事の息子として、彼は最善の方途を探っている。


「頭のいい人間はさ、自分が頭いいと思ってるけど、ほんとはガチガチに固まった鉄のフレームなんだよ。お約束のどんでん返し、二段オチですよびっくりしましたか、おもしろいでしょ、って顔がしたいのさ。オレはよく知ってんだ。まずは漠然と上へ誘導する流れをつくっておく。だれでも思いつくよな、上階は金持ちが多いからさ。けど重要なサーバは地下にあるって、上に行って気づくんだ。これで半分くらいのバカどもは脱落させられる。地下にむかうのはかなりの手練だけど、しょせん踊らされているんだ。逆にいえば、踊らせているつもりになりたいのさ、頭がいい気になっているやつらはな。上に行かせて、下に行かせて、罠にハメてやる。それで物語は一巻の終わりって、そんなつまんない話を書いて満足なんだ。だけど自分は、もっとうまい物語を書けるんだ、って思いこんでる頭がいいつもりのバカが、別の設定を考えるんだ。上からよく見ればいいのさ。この建物はどんな姿勢で、どこを見ている? そうだ、さかしらに東京の中心を見つめているようなふりをして、じつは引きこもってゲームをやっているだけのバカなんだぜ。頭なんか、もうとっくに落っことしちまってどこにもねえ。そうじゃなきゃ、こんなバカなこと考えつくもんか。バカなんだよ、頭がいいフリしてても、しょせん脳みそ落っことしてんだよォ。おまえの書いたつまんねー話なんか、読みたくねーんだよ、バカめが、上に行って下に行って、あっ、ほんとは別のところだった、最初からヒントはあった、って気づかせて、ぼくの書いた物語おもしろいでしょとか、したり顔の物書きの顔とか、ぜんぜん見たくねえんだオレはよォオ」


 黙って聞いていたチューヤは、必要な情報は得たと判断し、サアヤの手を引いて踵を返した。

 しばらくすなおにあとについて歩くサアヤだったが、ほどなくふりかえりながら、


「ねえチューヤ、上に行くんじゃないの?」


「いや、外に出る。……最初から、変な感じはしてたんだ。この建物自体が、罠みたいなもんだ。おかげで時間の節約になった」


 日曜日を1日費やせば、それはそれで別の楽しみ方もできたかもしれない。

 だが彼には、RPGを楽しむという動機が、いまのところあまりない。


 とくにサアヤの疲労が著しい、と気づいていた。

 かなりがんばってはいるが、一般的女子であるサアヤは、バカ体力を誇るチューヤのようには行動できない。

 チューヤ単独なら、1日2日の徹夜はあたりまえ、3日目からキツくなってきて、4日目でちょっと意識を失うが、ともかく1週間に1度くらい寝かせてもらえばなんとかなる、というスケジュールでも死にはしない。

 しかし、そんなふざけた行動指針が、体力パラメータに偏った悪魔使い以外に可能であるわけがない。チューヤはもちろん、それを知っている。

 サアヤを早く解放してあげるためには、早くこのミッションを終える必要があるのだ。



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