77 : Day -29 : Arakawa-itchumae
「丹下のおっさん!」
リョージのセコンドとして知られる、格闘技プロモーター。
どうやら目のまえの喧嘩、いや殺「試合」に臨む戦士のセコンドにも立っているらしい。
「イーヤッハァアー!」
片方の悪魔が振り上げた腕のさきには、対戦相手の首があった。
……どうやら結果として、ほんとうに殺し合いになったようだ。
丹下が泣き叫んでいる。
「おぉおーっ、立てェ、立つんだゴーズ!」
「……無理だろ、首ないんだから」
はやし立てる観戦者たち。
勝利した悪魔は、切り落とした牛の頭を高く掲げながら、その死体にすがりついて泣いている丹下を足蹴にし、
「おう、おっさん、さっさと金払いな。……けっ、シケてやがんな。おう、てめーら、飲みいくぞ」
「ヒャッハー! 行こうぜ兄ィ」
去っていく悪魔たち。
死体にすがって泣いている、身ぐるみ剥がれたらしい丹下。
あまりにも「日常」らしく、だれも興味を惹かれた気配すらない。
観戦していた中学生たちが、つまらなそうに学校にもどっていく。きょうは部活の日なのだろう。どんな殺伐たる部活かは、知らぬが花だ。
「おっさん、もっと強いやつ探せよ。あんた勝ってるの見たことねえよ」
「やかましい、クソガキャア! ガキは黙って勉強してりゃいいんだ。こちとら、強い手駒はいくらだってあるんだ。あのプロレス兄ちゃんがいてくれりゃあな……あ? お、おお、おめえらは!」
どうやら見つかったらしい。
チューヤは、見つかったほうがいいのかわるいのか、しばらく考えた末、流れに任せることにした。
サアヤも軽く手を挙げて、
「よっ、丹下のおっさん。蒲田ぶり!」
「ねーちゃんも元気そうでなによりだ。で、きょうはあの最終兵器の兄ちゃんは、どこだい?」
「おっさん、いちはやくリョージで稼ぎ返そうって魂胆が丸見えなんだよ。……リョージはリョージで、なにやら忙しいらしいぞ。そして俺たちも俺たちで、きょうのところは忙しい。わるいが、おっさんの格闘ゲームに付き合ってる暇はないぜ」
チューヤの物言いに、丹下はすなおに腹を立てた。
さして知りたくもないことを訊いてほしそうだから訊いてやったところ、えー知りたいのーどーしよっかなー、ともったいつけられた感じだ。
「けっ! おまえみたいな貧弱レスラー、とうていプロモートする気にもならねえよ」
「そりゃあよかった! 気が合うね、レスラーじゃねーし」
丹下はしばらく死んだゴズキを供養してから、すぐに切り替えて立ち上がった。
「おい、おめえら、金はもってるだろうな?」
「ないよ、あんたに貸す金は」
どうやらチューヤと丹下は、あまり相性が良くないらしい。
サアヤは如才なく割ってはいり、
「まあまあチューヤ、ともかく知り合いに出会えてよかったじゃん。……このへんにネカフェあるらしいんだけど、おっさん知ってる?」
「おう、カフェでしっぽり濡れようっハラかい? 嬢ちゃん、あんたも好きだねえ」
エロおやじ全開の丹下に、憮然として問いを重ねるチューヤ。
「知ってるのか、知らんのか」
「だれでも知ってらあな。三ノ輪にきて自閉空間スサノオ知らねえやつのほうがモグリだぜ」
「自閉空間……」
「スサノオ」
いやな予感しかしない店名である。
しばし見つめ合うチューヤたちに、丹下は空っぽの懐を掻きむしりつつ、
「案内してやっから金出しな! そのまえに飯だ、おい……ところで、おめえら、なんでこっち側にいるんだい?」
「いまごろかよ!」
とぼけたおっさんの案内で、ふたりはネットカフェ「自閉空間スサノオ」へ……。
行くまえに、まずは腹ごしらえと、牛丼屋へ。
「へえ、じゃあおまえら、あの猿島ってやつの知り合いかよ」
つゆだくだく牛丼をカッ食らいながら、丹下はさして興味もなさそうにチューヤの話を聞いていた。
それがさきほどのように死んだ「ゴズキの肉」を使っていないともかぎらない、と気づいたチューヤは、唐揚げ定食にしておいた。
もちろんその唐揚げが、戦死したハーピーの肉を使っていないと信じられもしないわけだが。
「いや、猿島さんの知り合いの知り合い、ってことかな」
最近たまに話に出てくる猿島。
チューヤはほとんど話したことはないが、親しみすら感じつつあった。
「ストリップやってたんだよな、ウズメちゃん。それに猿島が惚れ込んじまってよォ」
「ええと……境界の話だよね?」
「まあそうだな。こっちじゃ、サルタヒコとアメノウズメだ。おまえらの世界線じゃ、別の仕事らしいが」
「ストリップじゃなくて、キャバ嬢だって言ってたけど」
「変わりゃしねえやな」
しーしーと歯の肉を落としながら言う丹下。
ここまでの流れをかいつまんで説明すると、つぎのようになる。
境界で知り合った猿島とウズメちゃん(本名不明)は、運命の出会いを果たし、愛を深めていた。
そんなとき、ホストに入れあげた奄美照子が、ウズメに男の落とし方と、ライバルである女の別の意味での落とし方を問うてきた。
女の落とし方は知らないが、男のほうは性器を広げろ、と教えたらしい。
ちなみに女も、かつてはこれで戸の隙間から顔を出した。
アマテラスは、ウズメに訊いたのがまちがいであることはすぐに理解したが、彼女が紹介した「祈祷師」には相談したようだ。
そこで信濃町の陰陽師から呪いの方法を聞き知り、自社で研究していた健康飲料に混ぜて、ナミに飲ませた。
あとで奄美は、得々としてそれをウズメに語ったらしい。
その後、チューヤたちの活躍で、ナミはなんとか死線からよみがえったが、奄美は虎視眈々、つぎなる作戦を練っているという。
「厄介な女たちだね! プログラマのひとが、天つ神はやべえやつが多いって言ってたの、ほんとだよ!」
厄介な女のひとりであるサアヤは、その厄介ぶりの本質をよく心得て言った。
一方、女出入りにさして興味のない丹下は、
「そんなことより、おまえら、まだ気づかないのかよ。おれたち天つ神の問題っていうより、それはおまえらの世界線の因縁が理由なんだぜ」
「順番に片づけたいんだが、丹下さん、おれたちって?」
「おめえの悪魔召喚プログラムは節穴かよ。よく見ろ、この野郎」
最初からまったく興味も関心もなかったので、丹下をアナライズしようという発想がなかったが、言われてナノマシンを向けたところ……たしかに神だった。
名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅
タヂカラオ/天つ神/19/8世紀/日本/記紀/新三河島
「けっこう序盤にお世話になってましたよ、タヂカラオ! まさか丹下さんのガーディアンだったとは……」
一転、敬語にもどるチューヤ。相手が神となれば、ゆるがせにはできない。
もちろん神話の主人公が、そのままこの世に存在するわけではない。
その概念を召喚し、自分の能力に重ね合わせて発揮するシステムが、悪魔相関プログラムであり、神話と現代の浅からぬ関係実態なのだ。
丹下自身、もともとはただ異世界線に生まれた酔っぱらいのおっさんであり、タヂカラオの能力を宿しているとはいえ、加齢には勝てないレベル19以下の単なる男だ。
それは現世側でも同じことで、それぞれの人間が自分の適性に見合ったガーディアンをごく自然につける傾向はあるものの、それぞれはあくまでも現世の人間であり、異世界線では亜人の一種にすぎない。
逆にいえば、神話的な存在にもっとも近い純粋な「概念」を取り扱うのが、悪魔使いによる分霊の召喚というプロセスになる。
「そもそも奄美とかいう女よ、人間じゃねえぜ?」
「……は?」
「おめえも、もう気づいてんだろうが。ガブリエルとか、ダイダラボッチとかよ、あいつらごっそり、おまえらの世界の住人じゃねえんだよ。おまえらの世界を攻略するために送り込まれた、こっちの世界のエージェントなんだぜ?」
ぴくり、とチューヤの肩が揺れた。
かなり根本的な問題を、そろそろ解き明かしておかなければならない時期のようだった。
校長……ダイダラボッチについては、ある程度、予想はついていた。
ケートが熊本の実家を調べたところ、すでに死亡していたという確証を得ている。
おそらく異世界線でも近い存在として生を得ていたのだろうが、それが現世側に新たな居場所を得るため、ちょっとしたトリックを用いたということになるのだろう。
「ガブリエルさんも、ですか」
「大物はだいたいそうよ。運命の3女神あたりも、そうだろうな。おまえらの世界線で、いきなり強力なガーディアンのパワーを引き出してくるようなやつはたいがい、まちがいねえよ」
「てことは、まだ中途半端なナミさんやイッキさんは、たまたまこっち側に生まれついている、正真正銘、俺たちの仲間ってことかな」
「そうだよ! おばさんは生まれつき、私のおばさんなんだから!」
だからといって途中から入れ替わっていないという証拠にはならないわけだが、実戦経験を踏まえたうえでいえば、たしかにナミさんはナミさんらしい。
それより問題の根は、もっと深い。
リョージのおかげか、豊かな側の世界線にも共感をもっている丹下は言った。
「……気楽なもんだねえ。この問題がどれだけ根深いか、まだわかんねーのかい? おそらく10年以上、たぶんもっと長く、おれたちの世界線から能力のある連中は、おまえらの世界線へ移住を開始してんだよ。それで、その世界になじんで、おまえらの仲間になったやつもいるかもしれない。だが、だいたいは、いずれやってくる大規模な侵略のための先兵として、埋伏の毒になっている」
「そういえば、たまに聞きますよね。10年まえくらいから突然、社会で変な動きが増えはじめたって」
「たとえば川の手線とかね!」
サアヤの指摘は、チューヤにとっては微妙だ。
エイトライナー、メトロセブンという爾来「机上の計画」だったものを、超絶強化して実現した東京地下鉄環状線。
これは架空鉄にとって、一種の夢であった。
「それはいいじゃん……でもまあ、急激に決まりすぎておかしい、みたいな計画はひとつやふたつじゃないってのは事実だな。すべてはこの〝侵食〟のためなのか」
「まあよ、世界がどうこうって話は、おれたちにゃあでっかすぎらーな。けどよ、お嬢ちゃんの親戚の、そのナミさんとかいうやつらの家のまわりには、そうとうな毒が広がってるぜ。帰ったら、よく聞きなよ。藤テリア通りの話をな」
チューヤたちには、にわかに聞きおぼえのない単語だったが、どこか脳裏に引っかかりを感じていることは認めざるを得なかった。
それにしても、解決していない問題が多すぎる。
「ナミさんがよく知ってる、ってことかな」
「その奄美って女もよ、そうとうな因縁に巻き込まれてんだよ。南千住のボスにしてもそうさ。……おまえら行くんだろ、自閉空間」
「え、ああ。そのために来ましたから」
「丹下のおっさんも、いっしょに行こうよ!」
すると丹下は、ぶるっと背筋をふるわせて首を振った。
「ごめんだね。あんな破壊的な狂人には、付き合ってらんねえよ。日本を滅ぼす気かよ。まあ破壊神だからな、そういう傾向が強いのはしゃーねーにしてもよ、気持ちわるいんだよな、あいつら」
「丹下のおっさんが言うくらいだから、これはそうとうだよ、チューヤ……」
「破壊神スサノオか……たしかに、その声だけでアマテラスがびっくらこいて逃げ出したってくらいですからね」
神話的には、たしかにそういうエピソードは存在する。
それが現代的に、自閉症の弟が家庭内暴力よろしく絶叫したところ、トラウマのある姉ちゃんは恐怖の発作を起こして脱兎、のような直近のエピソードにつながるらしい。
ここまでの拡大解釈は、チューヤをもってしても予想の斜め上だ。
「おれとしちゃあ、おすすめはしないね。南千住にしろ三ノ輪橋にしろ、危ないところには近づかないのが得策ってもんさ」
「わかりますけど、今回はちょっとオモイカネに、どうしても個人的な用があるんで」
「オモイカネか。あいつもそうとう重要な役割は担ってるから、正面切ってぶつかるのは得策じゃあないと思うが、まあスサノオに当たるよりゃいいだろ。……あのギークどもは、ほとんどの時間をネットの海ですごしているぜ。ここから日光街道沿いに北へ向かえば、千住大橋の手前で見えてくる。あんまり無茶はすんなよ。じゃ、ごっそさん」
それだけ言うと、立ち上がる丹下。
どうやら、ほんとうにいっしょには来てくれないらしい。
「あの、どうもです。丹下さん」
「助かったよ、おっさん! またね、こんどはリョーちんといっしょに!」
「おうよ。あいつは希望の星だぜ。おれァ、あいつを世界の舞台に押し上げるのだけが、いまの生きがいなんだよ……」
ぶつぶつ夢を語りながら去っていく丹下。
──千住大橋の手前といえば、1キロほどだろうか。
チューヤは荒廃した道のさきを見つめ、丹田にぐっと力を入れた。
どうやら過酷なミッションになりそうだった。




