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 駅前通り。

 そんなふうに呼ぶのも憚られるような、荒廃した砂礫の影から、キコキコと機械のこすれるようないやな音が響いてきた。

 視線を転じ、歩み寄るチューヤたち。

 そこでは、デッサン人形を大きくしたような、そのままなんの特徴も加えられていない操り人形が、ぶつぶつとつぶやいていた。


「くそ、だからちゃんとメンテナンスしろといつも言っているのに。ケチケチしないで油くらい差せよ……」


 チューヤは黙って、さっき拾った油を差し出した。

 するとその人形は、キコキコと音を立てながらチューヤを見上げ、黙ってそれを受け取った。

 あちこちの可動部に油を差したところ、キコキコ音が減ってスムーズな動きをとりもどす。

 人形はゆっくりと立ち上がり、チューヤに右手を差し出した。


「よう、どこかで見た顔だと思ったら、ニシオギのアクマツカイじゃないか」


 聞いたことのある声が、聞いたことのないエフェクトをかけられて、響く。

 一体の木偶人形。大きさは80センチくらい。ぎりぎりファミリーコースターに乗れるサイズだ。

 人形にしては手足が短く、安定感のあるようにつくられている。顔面はほとんどデフォルトで、いじられていない。あまり「似せる」つもりもないらしい。

 要するに、店で売っているままの「マリオネット」に、通信機とセンサーとアクチュエーターを取り付けただけのロボット、といったところか。


「室井さん?」


「ムロイ……? ああ、なるほど。そういえば、そうだったな……」


 考え込む人形。

 直感的に、チューヤは気づいた。室井から与えられていた予備知識が、パズルとしてハマッた感じに近い。

 たしかにこれはムロイだが、話している相手は室井ではない。

 おそらく、これが「あちら側のムロイ」だ。正確には、その遠隔操作端末のひとつ、ということになる。


「……オモイカネの居所、知ってるかな?」


 室井であれば敬語を使うべきだが、目のまえの人形はあまりにも軽視しやすい。


「みんな知ってるさ。南千住だ。電車に乗ってもいいが、終点に着くまえに降りろ」


 脳内に三ノ輪橋を支配するベルゼブブの姿を呼び出すまでもない。

 おそらく終点まで行くと、いろんな事柄が終点を迎えることになるのだろう、と察しがいいのは悪魔使いならではだ。


「わかった。荒川一中前、いや荒川区役所前で降りることにするよ」


 大事をとって、2駅手前。

 そもそも2~300メートルという駅間距離なので、どこで降りても大差はない。


「……そうか。そのへんのネットカフェを探せば、天つ神の集まってるサロンがある」


 スサノオは破壊神として設定されているが、タヂカラオやアメノトリフネは天つ神だ。もちろんオモイカネも。

 室井がオモイカネに対して思い入れを持っていることは承知している。オモイカネだけに重い思いが……などと言ったら殴られる気がするが、含むようなことはジャミラコワイも言っていた。


 見ると、西からコトンコトンと電車がやってくる。

 それに合わせるように、小学生らしい子どもがふたり、携帯ゲーム機らしいものを手に歩いてきた。


「よっしゃ、トウテツ、レベルアップ!」


「そんなやつ育ててんのかよ、おまえマニアックだなー」


 小学生っぽいが、皮膚の色がおかしい。おそらく悪魔的な何者かだろう。

 こちらの世界にしては品がいいのは、ブルジョワだからだろうか。

 どうやら『デビル豪』は、こちら側でも一部マニアに楽しまれているらしい。

 端末に最低限のスペックを必要とするので、金持ちの遊びということになるようだ。


「あなたが開発したんですよね、『デビル豪』」


 小声で、隣の木偶人形に問いかける。

 ある意味、知り合いがつくったゲームが有名なのは、チューヤとしても誇らしい。


 ──単発のショートイベントにはある程度の物語設定はあるが、基本的にシナリオのない、育成と設定を楽しむ位置ゲーム、『デビル豪』。

 人手が必要なデバッグやバランス調整、および絵を除いて、ほとんど室井ひとりでつくった、といわれるゲームだが、当人は「パクっただけ」と言ってのける。

 もちろん「夢のなかの自分から」という表現そのものが、一流の韜晦として受け取られているものの、正味の話、もうひとりの自分がつくったものをパクっただけだとしたら、室井への評価は考え直す必要があるだろう。


「楽しんでくれているようで、幸いだよ。たしかに基本コードを書いたのは私だが、まあ、()()()()()()()()、と言ったほうが正解だな」


 そのうちの、ひとり。

 どういう意味か、まだチューヤにはわからない。

 チームでつくっているということだろうか。それはそれで、ある意味では当然のことにすぎなくはある。


 プシューっ、という排気音とともに、古めかしい扉が開く。

 緑色の車体は、空気ブレーキを採用している。1923年に登場した、木造3000形電車だ。

 あとから来たのに、さきに乗る子どもたち。


「泣くのがいやなら、さあ乗ろう」


 なんの感動もなく乗り込むサアヤ、一歩一歩を踏みしめてあとにつづくチューヤ。

 ふとふりかえると、かたかたと手を振るムロイ人形。

 なぜか乗った瞬間に、マッカインが引き落とされる。

 無賃乗車を許さぬ魔界式の強制執行であろうと理解した。


 がたんごとーん。

 きしむ車体が揺れて、「東京市電」が走る。

 木目調で統一された内装、間接照明や真鍮の手すり……。

 チューヤは恍惚として、その使いこまれたオブジェクトに見入った。


「別の意味で魅入られておる……」


 ため息を漏らすサアヤ。

 魔法にかけられて混乱しているならまだしも、鉄ヲタは真正の病態であるから、放置すると致命傷にも至りかねない。


「低床ボギー……トロリーポール……これが〝青電〟か……」


「まあ人様に迷惑をかけないなら、よかろうもん。ぬるま温かく見守ってくれようぞなもし」


 30人の座席定員に加わるサアヤ。

 86人の車両定員のひとりとして、立ち尽くし、目が落ちるほど電車を見つめるチューヤ。

 さすがに魔界の民も、この不気味な人間にかかわろうとはしない。


 なんのアナウンスもなく、つぎつぎと駅をパスしていく。

 荒川二丁目で、異世界線の中学生たちが降りて行った。てっきり荒川一中まで行くものと思っていたが、考えてみればきょうは日曜日だ……。


「荒川区役所前だよ、チューヤ」


「おう、しかたない、後ろ髪を引かれる思いは断ちがたいが、ここでひとつ降りるとしよう」


 開いたドアに向かうチューヤのまえに、ひとりのサムライが立った。

 ハッとして身を躱そうとしたが、考えてみれば降車が優先だ。

 しかしチューヤはすれちがう動きがとれず、ただ乗り込んでくるサムライを見つめた。

 その黒紋付の巨体に向けて、後部の座席に座っていた老人から声がかけられる。


「おう、山田殿。きのうは、たった2駅、健康のために歩くと申しておらなかったかね」


「いやさ、南極のご老人。昨夜は飲みすぎたげな、今宵は勘弁じゃわい」


 チューヤに一瞥もくれず、後部の老人と話している、山田というサムライ。

 その腰からは大刀が下がり、全身から漂う死臭は圧倒的。

 彼を、チューヤは現世でも見たことがある。室井の首を斬り落そうとしていた男だ。

 もちろん世界線の異なる存在である以上、存在自体はまったくかぶらない。

 ほぼ完全に悪魔化している彼の名は、首斬り浅右衛門──。


「ちょっと、おじさん、降車優先だよ!」


 まえのチューヤが進まないので、降りるタイミングを逃したサアヤが、チューヤの背中越しに苦言を呈する。

 この恐れげもなく注進する町娘を、チューヤはあわてて黙らせた。


「いいからいいから、つぎで降りればいいから」


 荒川一中前駅に着くと、全力で降車タイミングをとらえ、サアヤの手を引いて降りた。

 山田たちは、そんなふたりを物珍しげに一瞥したが、それ以上絡もうとはしなかった。


 電車は、つぎの終点、三ノ輪橋駅に向かって走っていく。

 ぞっとするような死臭は、さきへ進むにつれて濃厚に漂っていた──。


「マナー違反は、ちゃんと注意しないと!」


 チューヤは、げんなりした表情でサアヤを顧みて、


「じゃあ、俺の背中に隠れないで言ったらどうかな。あのサムライ、ほとんど俺を見てたんだけど」


「かまわねえ! やっちまいな!」


「かまうわ! ……たく、相手かまわず喧嘩を売る癖だけは、ほんと勘弁して。まず、ここがどこかよく考え」


 苦情を言いかけて、口を閉じた。

 ここは異世界線だ。それは揺るがない事実と認識している。

 多くの人々が憎悪し、反撃すべき敵地であるという思いが支配的だろう。

 だからそこで「殺し合い」をしていても、勝手にやらせておけばいい。

 そもそもこれはあまりにも日常の風景であり、事実だれも止めないし、むしろ煽っている。


「喧嘩をやめて~ふたりをとめて~」


 歌うサアヤ。一応、良識の持ち主であることだけは主張したい感じだ。


「自分で止めようという考えはないんですね……」


 駅前のロータリーとも呼べないような廃墟で、淡々とつづく殺し合い。

 周囲を取り囲む観衆の手には、紙きれが握りしめられている。

 あきらかに「賭け試合」であり、観衆はどちらかが死ぬまで許さない勢いで、味方を叱咤し敵を罵っている。


 これこそが、この世界のルールであり、現実なのだ。

 自分たちの価値観にそぐわないからという理由で、介入すべきではない。そもそも彼らは全員、敵なのだ。

 それにじっさい、そんなことはどうでもいい。

 チューヤが目を惹かれたのは、そこに見た顔があったからだった。

 同時にサアヤも気づいたらしい。


 なぜ彼が、ここに──。



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