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73 : Day -29 : Arakawa-yuenchimae


「あらかーゆーえんヒャッハー」


 開演と同時に踊り込む、遊園地フリークな高校生カップル。

 外見的には一応、そのように見えないこともない。


「サアヤさん、なかなかのはしゃぎっぷりっすね」


「だってここ、日本一遅いジェットコースターあるじゃん!」


 最高時速15キロのコースターは、絶叫とは無縁である。

 2021年、大型リニューアルが行なわれたあらかわ遊園では多くの設備が更新されたが、その「遅さ」であまりにも有名だったためか、ファミリーコースターはそのまま残されたらしい。


「チンチン電車のほうが楽しいのに」


 乗ってきた路面電車を省みるチューヤ。


「さくらトラムでしょ!」


 17年、荒川線の愛称は、「さくらトラム」に決まった。

 周辺で荒川区がバラを育てているので、お役人は「ローズ」推しだったが、投票で「さくら」が1位になってしまった以上、しかたがない。

 その翌年、JRの投票では「高輪」が1位だったが、経営陣は「ゲートウェイ」を推したので、130位の「高輪ゲートウェイ」に決まった。

 民間企業とお役所の「投票」に対する価値観のちがいが、非常にわかりやすく見受けられる事例といってよいだろう。


「正直、さくらはありふれていて飽き飽きなので、バラのほうがおもしろいかなとは思う。俺は荒川線をローズトラムと呼んでも苦しゅうない、と思っているよ。一方、JRは、最初からゲートウェイが決まっていたなら、投票なんかするなよ、と思ったことはたしかだ。まあ投票前から、どうせ変な名前つけんだろ、と知ってたけどね。いろんな前例もあるし。鉄道ってそういうものよ」


 ぼそぼそと繰り言を述べるチューヤ。

 鉄ヲタにも思想はある。


「なにぶつぶつ言ってんの。200円だよ、チューヤ」


「……それはいいんだが、俺たちは、なにしにここへきたと思っている?」


 ポケットから400円出しながら、チューヤは言った。


「コースター乗って考えよう」


「たく……」


 インスタ映えしそうな日本一遅いコースターにむかう。

 いまのところ悪魔の闊歩しているような違和感はない。

 唯一、ドームで開催されたAKVN14のイベントで、大量の人間が行方不明である、というスポーツ新聞の見出しに目を奪われた。

 日本も諸外国と同列に、大量の行方不明者を出しつつある。社会が混乱にむかうとしたらこのタイミングだろう。

 とはいえ現状、まだ、だれもが日常を謳歌する姿勢を崩していない。

 生きているかぎり、楽しまなければ損なのだ。


「日曜日の遊園地は楽しいねー」


「何曜日でも楽しいだろ。こちとら日曜である以上、隣のほうに行きたいんだぞ」


 荒川遊園地前駅の隣といえば、荒川車庫前駅だ。

 ここには都電おもいで広場があり、遊園地とちがって土日祝日しか開館していない。

 だからこそ日曜にくる必要があった。


「都電ー? もう電車とかいいじゃん。乗り物こんなにあるんだしさー」


「こんなにあるんだから都電だっていいだろ!」


「えー? だってさっき、都電は怖い悪魔が多いから近づかないって言ってたじゃん。博物館の悪魔はものっそ強くて、最後の最後に行くところだからとっておこうって」


「聞いてないようで聞いてたんスね、サアヤさん……」


 日本一遅いファミリーコースターの周囲は、なぜか閑散としていた。

 どこかでイベントが開催されているらしく、人々の流れはひとまず既存のアトラクションを避けているかのようだ。

 そうして空いているからこそのねらい目、とばかりチューヤたちは先頭から2番目に乗り込むことに成功した。

 先頭には、小さな羊が乗っている。

 そもそもあらかわ遊園は、小さな子どもが遊べるように、というコンセプトでつくられた対象年齢の低い遊園地だ。

 80センチ以上、3歳以上、という安心の制限で乗れるコースター。

 もちろん、小さな羊にも優しい仕様になっているにちがいない。


「……ヒツジ!?」


 二度見するチューヤ。

 芋虫を模したコースターに乗る羊。

 なんというシュールな絵面だろう。


「物騒な妖気を漂わせて、日曜のファミリーな道場にふさわしくない者どもよ」


 羊がふりかえる。

 一瞬、これはなにかの冗談なのではないかな、という感覚がよぎる。


「ファミリーな道場ってなんだよ」


「押忍。稽古お願いします!」


 がこん、と動き出すコースター。

 定員24名のコースターが、3人、いや2人と1匹だけを乗せて動き出す。

 マイナーな遊園地によくある貸し切り状態だが、まがりなりにも日曜日なのにこの始末、荒川区はだいじょうぶか?

 などと心配している余裕はない。

 所要時間3分のライドオンを、あっけなく終わらせるつもりは──どうやらお互いにないようだ。


「あんたがトウテツか。頼みがある」


「はいそうですかと聞くわけにはいかんな。……力ずくで聞かせてみるがいい!」


 ボス戦BGM。

 すでに羊の時点で、周囲は半ば境界化されていた。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

トウテツ/邪神/46/紀元前/殷/書経/荒川遊園地前


 古代中国で「四凶」と恐れられた怪物の一柱。

 その姿は人面の羊で、鋭い牙を隠しもつ。無限の食欲ですべてを喰らい尽くし、不毛に帰するといわれる。

 また自分より弱い者からは財宝を奪い、強い者にはへつらうという。

 ダーク側の転位地点を守るアルシエルの代理。

 面倒くさがりのアルシエルに代わって、賄賂をとって転位を管理しているらしい。


 チューヤとサアヤはそれぞれ立ち上がり、戦闘態勢を整える。

 もちろん現世でこのような危険な乗り方をしてはいけないが、境界なら問題ない。

 戦闘開始だ。




 何周せしめられたのかはわからないが、ゆっくりとコースターがスタート地点にもどったとき、決着はついた。


「ま、待て。わかった、おまえらは強い。用件を聞こう」


 HPが赤点滅した時点で、トウテツはさっさと勝負を投げた。

 こんなところで無理をして痛い目をみても損だ、という見切りの早さは、さすが計算高い会計係である。


「相手が強いか弱いかによって態度を変える」


「ほんにあんたは過酸化水素」


 ベベン、と三味線つきで合いの手を入れ合う夫婦漫才師、チューヤ&サアヤ。

 彼らの素養も、それなりに評価していいかもしれない。


 江戸時代の名歌を起源に、吉原の片撥変り節、宮城県の定義節など、各地の民謡にも採用され、落語・講談では「ほんにおまえは屁のような」というくだりで人口に膾炙するフレーズを下敷きにしている。

 芸能に通じるサアヤの振りに、チューヤは自分が高校生であることを思い出して応じる。なかなか凝った趣向ではあった。


 最近、授業でやったばかりの酸化還元反応。

 過酸化水素は、ヨウ化カリウム水溶液などに対しては酸化剤として働くが、過マンガン酸カリウム水溶液など強い酸性物質には還元剤として働く。


「二股膏薬ってことかな」


「あらまあ、やーねー」


「勘ちがいするな。交渉相手として認める、ということだ。ある程度、強くなければ、この仕事はできないのでな」


 トウテツの表情は、計算する羊の顔になっている。

 ため息を漏らすチューヤ。


「はあ……またなんかお使いイベント?」


「社会に出れば、仕事は全部、お使いのようなものだ」


 その言葉に肯定的な反応を示したのはサアヤだった。

 彼女は、うんうんとうなずきながら、


「まあ、そうだねえ。チューヤには、まだわかんないかもしんないけど」


「えらそう! ちょっとバイトしてるからって、サアヤのくせに、えらそう!」


 地団太を踏むチューヤ。

 トウテツは淡々とビジネスライクだ。


「では、仕事を与える。報酬が、ゲートの使用だ。契約成立でよいか?」


 ナノマシンが起動する。

 この手の契約行為は、悪魔使いにとっては日常だ。


「いいだろう。依頼内容によるが、話せ」


金町かなまちの坊主どもを駆逐してくれ」


「……金町?」


 東京の北東の果てで、ほぼ埼玉に接している。

 常磐線、京成線が走り、チューヤの愛する貨物専用線も乗り入れている。

 悪魔全書のデータが正確なら、クレオパトラの支配する街だが……。


「坊主って」


「お坊さんはえらいよう」


「そう、エロい坊主が沸いていてな。わしのクレオパトラが迷惑しておる」


 回転するメリーゴーラウンドのように、会話がゴーアラウンドしはじめた。


「噛み合っているとは思えないが、それで?」


「水元公園の縛られ地蔵を倒してくれ」


 シンプルに言えば、そういうこと。

 たいていのRPGは、どこぞからなんかとってこい、あのモンスターを倒してくれ、これがご褒美だ、フラグ成立、というタイムテーブルにしたがって進むことになっている。

 室井さんの企画書も、要するにそういうことだろう。


「地蔵って、巣鴨の天魔クビナシジゾウのことかな?」


「強いの?」


 サアヤの問いに、チューヤは脳内の全書履歴を引きつつ、


「レベルは22。初期の合体では重宝するかな」


「つまり弱いんだね! そりゃそうだよ。弱いからこそ、弱い者の気持ちが理解できるんだもの」


「待て。たしかに初期レベルは低いが、それで敵が弱いとはかぎらないことは、おまえもよく知ってるだろう」


 問題は「現在レベル」であって、たいてい、こういうイベントのボスは強いに決まっている。ボス補正という反則的なパラメータも実在する。

 そのとき、サアヤがつまずいた、足元のトートバック。

 ごろり、と転がりだしたものを見て、トウテツは目を剥いた。


「……地蔵! おのれ、なんと仕事の早い連中だ」


「……は?」


 言われて二度見するチューヤ。

 たしかにコースターの床に転がりだしたのは、どうやら切断された地蔵の首のようだった。

 クビナシジゾウなのに、なぜ首があるのか、という根本的な疑問は、こうして切り落としたからクビナシなのだろう、と無理やり納得しておくことにした。


「先見の明のあるやつらよ。その読みの鋭さに免じて、願いを聞き届けよう。……忌まわしきそっ首もちて、広場の特別展示に赴くがよい。その首にふさわしい場所が開けてある。求めに応じて捧げ、さきへと進むがよい」


 それだけ言うと、トウテツは再びコースターの先頭にもどり、出発を待った。よほどこの遅いコースターが好きらしい。

 チューヤたちがコースターを降りた瞬間、境界化は解けた。

 現世側の空気に包まれて、ひとの流れに乗る。


 なんにしても、さすがは室井さん、ゲームクリエイターの鑑のようなひとだ。

 奇妙に感心しつつ、チューヤたちはネクスト・ステージ、広場の特別展示とやらへ向かった。



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