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56


 草木も眠る丑三つ時。

 ついに攻撃は、最強の段階に達した。


 ドンドンドン、ガタガタガタ!


 ラップ現象は地震のレベルに達し、部屋の壁は崩れ、天井に穴が開いた。

 そこから巨大な骸骨の足が落ちてきて、真下にいたリョージを踏み潰す。


「ぐはぁ……っ!」


「リョーちん!」


 瀕死の彼を回復させながら引きもどし、マフユとケートが左右からスキルで反撃する。

 瞬時にひび割れ、崩壊する骸骨の足だが、代わりに崩壊した壁から、こんどは巨大なしゃれこうべが現れた。

 残念ながら、この骸骨はすこしも笑っていなかった。

 ただひたすら、憎悪と怨嗟をこめて、目のまえにいる生者ことごとく鏖殺し尽くそうとしている。


「尋常じゃねえな、こいつ……っ」


「おどきなさい! 火葬にして差し上げます!」


 炎の魔法を得意とするヒナノが、おぼえたての最強火炎魔法を見舞う。

 しゃれこうべの頭に残っていた死人の髪の毛や、端切れらしきものは焼き尽くされたが、甚大なダメージを受けたしゃれこうべは、すぐに腕の骨に入れ替わって攻撃を再開する。


「どこかで見たことあるな、この骨。もしかして、おばさん」


「ああ、あああ、来た、あの子が来た……!」


 ナミは恐慌にふるえ、絶叫する。

 全身の腐敗が進み、その手足はもはや死人にしか見えない。

 イッキは全力で再生を試みるが、いままでは高校生たちの活躍でシャットアウトされていたザコ敵が身体中に噛みついてきて、意識を集中できない。

 状況は、かなりわるい。

 このままだと、全滅のおそれすら見えてきた。


 ドンドンドン、ドン……トントン、コン。


 と、部屋のドアを激しくたたいていた音が、徐々に弱く、ゆっくりと、リズミカルに、どうやら「ノック」と呼べる程度まで柔らかく変化した。

 同時に、部屋を包んでいた強力な魔力の渦が一段落して、凪のような小康状態がもどってくる。

 一同は息を切らせながら、やや唖然としてドアのほうに視線を転じる。

 これほどの敵なら、ドアなど打ち破って突入してきてもおかしくはないが、どうやら相手はこちらの「応答」を待っているようだ。

 イッキはしばらく考えてから、やおら言った。


「どうぞ」


 瞬間、だれも触れていないのにチェーンロックとシリンダーロックが同時に解除され、むこうから開かれるドア。

 そこには、ひとりの女が立っていた。


「……こんばんは。長門(ながと)さん、おひさしぶりです」


 高校生たちが互いに知っている苗字ではない、ということは、その名で呼ばれているのは──長門イッキ、この部屋のホストだ。

 彼はナミの回復をサアヤに委ね、立ち上がって一歩を踏み出した。

 どうやら見覚えのある女性らしい。


奄美あまみさん……。なぜ、きみが……」


 半ばまでは、それが彼女であることを驚いているようだったが、残りの半分でどこか、事ここに至る経緯を忖度してもいる。

 そういう表情だった。

 ナミはうっすらと持ち上げた視線で、ドアのほうに現れた女を見つめる。

 しばらく考えてから、言った。


「照子ちゃん? どうして、ここに」


「……伊崎さん。それはね、この境界をつくっているのは()()()()よ」


 女は両手を広げ、ほとんど侮蔑的に言った。

 霞が関のどこででも見かけるリクルートスーツに、ひっつめた髪は清潔感と淡白な性格を示している。

 美しい顔立ちだが、派手ではない。むしろ努めて地味に装おうとしているところがある。


「照子、ちゃん……?」


「そう呼ばないでください。私はノバテラスファーマ社、調査担当・奄美です」


 宝塚男役のようなキレのいい挙措と美しい表情は、夜に輝く地上の太陽を思わせる。

 一方、地獄の底に引きずり込まれて棺桶に片足を突っ込んでいる状態のナミは、まさに冥界の老女王。


「……呪ったのは、きみなのか?」


「自業自得ですよ。……彼女も、私の墓を荒らし、私を苦しませたのですから」


 サアヤの脳裏によぎる、光が丘の一件。

 たしかにナミは、掘りだした石棺に対して、だいぶ無体な「エキゾタイト実験」をくりかえしていたと思い当たる。


「あのとき、お墓にいた女のひと……?」


 だとしたら、彼女にはナミに復讐する権利がある。

 が、どうやらそれ以上の理由も、両手いっぱいに抱えているらしい。

 彼女は一歩を踏み出し、イッキのほうに右手を差し出して、言った。


「さあ、長門さん。そんな女、捨ててしまいましょう。私といっしょに、もっと明るい陽の当たる場所で、いっしょに暮らしましょう」


 鼻白んだように辟易した表情でつぶやくマフユ。


「なんだよ、結局オトコの奪り合いかよ」


「そう単純な話でもなさそうだけど」


「いずれにしても、他人の痴話げんかに巻き込まれるのは、あまりゾッとしませんね」


 話がどんどん矮小化されていくが、それほど単純な話でもない。

 イッキの表情、ナミの困惑、照子という女の言いまわしにも、どこか奥歯にものの挟まったような雰囲気がある。

 だが、深刻な対立を埋めるための話し合いを進めるつもりは、すくなくとも一方の側にはないようだった。

 照子は一瞬、激しい頭痛に襲われたように眉根を寄せ、その腹いせをするかのごとく腕を振ると、部屋の半分が一気に崩れ去った。

 桁外れの力をもっている。すくなくともその事実だけは、揺るがないようだ。


名/種族/レベル/時代/地域/系統/支配駅

アマテラス/天つ神/71/8世紀/日本/記紀/光が丘


 通常、戦い方でどうにかなるレベルは、10程度が限度とされている。

 数の力で、もうすこし上乗せできたとしても、相手のレベルが高すぎる。

 どうにかするには、それに匹敵するレベルの仲間を呼び寄せる必要があるが……。


「ターゲット型の境界を結んだから、無理よ。だれも助けにはこられないわ」


 冷たく言い放つ照子。

 彼女はあきらかに「アマテラスに操られている」操り人形の状態にみえるが、それでもその身体がもっていた憑代としての才能を()()()()()()された結果、みごとな神の「解放」を果たしている。

 一方、ナミたちも十全の才能をもった憑代ではあるのだが、いかんせん一方は呪いで瀕死の状態であるし、もう一方の覚醒はまだほとんど進んでいない。

 そもそも攻め込むまえに「岩戸封じ」で能力が抑え込まれている事実が、決定的にトドメを刺している。


「どうしてなの、照子ちゃん。光が丘のこと? 謝るわ、あのときは、ちょっとどうかしてた。あなたが憑代になるなんて、思わなかったし、そもそもこんな世界がやってくるなんて、だれも思わないでしょう」


「……エキゾタイトの研究? 私から無尽蔵に、生命力を吸い取ってくれたわね。命の余っているところから、足りないところへ? バカにしているの? 私の力が強いから盗んでいいなんて、だれが決めたの?」


「もういいだろう、勘弁してやってくれ。なにも呪い殺すことはないじゃないか。きみは強い力をもっているんだな、むかしから、どんなことでもやればできる子だったよ」


 イッキを見つめ返す照子の目には、いろんな感情が宿って揺れている。

 ひとことで彼らの関係を表現するのはむずかしい。

 いくつもの理由が重なっているようだ、と高校生たちは理解する。

 照子はナミに恨みがあるし、イッキには好意がある。

 両方を困らせるつもりはないが、両方に幸せになってほしいなどというつもりも、さらさらない。

 というわけで、


「ね、言ったでしょ。だからわるいのは、ガクトさんじゃなかったんだよ。あのひとは最初から、どうにかして私を助けてくれようとしていたよ。よかった、社長を疑わなくて」


「なに安心してるの、ナミおばさん! 代わりに、あの女のひとから恨みを買って、殺されかけてるんだよ!」


「しかたないよ。人を呪わば穴二つ、私は彼女を恨んでしまったもの。……ううん、ちがうよ照子ちゃん。照子ちゃんのことは好き。だけどね、あなたに取り憑いているアマテラスって神さまが、私は……()()()()()()()()()()は、あまり好きじゃないみたい」


 ぎりっ、と唇を噛む照子。

 いや、歯噛みしているのは彼女に取り憑いている神だ。


 サアヤも同じ場所で見ていたが、光が丘でナミは、石棺に封じられていた太古の遺体から、生命エネルギーであるエキゾタイトがあふれ出していることを発見し、それを「盗む」ツールを開発した。

 チューヤに与えた「おマグり」に代表される、エキゾタイトの横流しルートだ。


 その力を、別のもっと有意義なことに使えると思った。

 彼女は当時を顧みて思う。たしかに、世のため人のためという気持ちはあった。

 自分の研究に新たな成果を出す、という目的も、もちろんある。

 だが最大の動機は、妬みだった。


 ナミは終始、憎々しい表情でアマテラスを見ていた。

 ()()()()()()、アマテラスを。

 イザナミにとってイザナギは、最初愛し、そして裏切られたことにより、憎くはあるが、それでも愛しい対象であった。

 一方、イザナギが「ひとりでつくった」という子、つまり正妻であるイザナミにとっては私生児にあたる、アマテラスやスサノオに対する感情はかなり複雑だ。

 男が男同士、好んで戦争をするように、女も、同性である女に対して厳しい態度をとりがちな部分がある。


 母や娘であったところで、嫉妬することはある。

 娘が彼氏とイチャコラしているのを、わざと邪魔をする母親の心理状態も、精神医学的には「嫉妬」に分類される。

 もちろん「心配」している部分もあるのだが、ひとの感情はそれほどシンプルに割り切れるものではない。


 イザナミは、スサノオやツクヨミよりも、アマテラスに対して厳しく当たりがちな傾向があった。

 なにより他の男神たちを差し置いて、主神の地位にあるアマテラスだ。

 本来、その上位でもいいはずのイザナミが、自分と血縁関係のない「私生児」に対して厳しいのは、ある意味、当然といっていいかもしれない。


 そんな、神話の時代から引き継いだ葛藤が、現代の科学者、製薬会社の社員、ホストたちの心理に、強烈な影響を与えている。

 これが()()()()()()()()()()ということだ。

 そこに「存在」する神々の精神の器となって、現世側で行動することを強いられた憑代たちの宿命なのだ。

 物質的にも、精神的にも、侵食してくる神々と悪魔たち。

 照子が、その最先端で使い倒され、急激に摩耗しているさまが見て取れる。


 だが、まだ賞味期限まではほど遠い。

 彼女がもう一度、腕を振ると、部屋はもう原形をとどめなかった。

 上階が吹き飛ばされ、境界の夜空がむき出しになっている。


「しゃれにならんな、この強さは」


「もう、どうしたらいいの!?」


 高校生たちには、どうすることもできない。

 おとなはおとな同士、話し合いで落としどころを見つけてください、とお願いしたいところだが、おとなたちもおとなたちで、だいぶ一杯いっぱいだ。

 ともかくナミが命を捧げれば、それで問題が解決されるような気もする。

 最悪の場合、そうすればいいとナミ自身、どこかあきらめているようなところがある。

 だが、サアヤは認めない。


「ダメだよ! 許さないよ、おばさん、死なせるわけにいかないから! そこのお姉さん、わるいけど帰ってください! おばさんの呪いは解いてくれなくていいから、てか、こっちで勝手に解くけどね! 光が丘でのことは謝ってるでしょ! もう許してあげて!」


 叫ぶサアヤを、照子は無表情に見つめる。

 彼女の精神は、だいぶ強力な神の意志に、半ば取り込まれてしまっている。

 人間の情理が伝わる状態とは考えづらい。


「……もういい、飽きた。疲れた。みんな死んで、片づけてしまうのが、手っ取り早い」


 ぽつりとつぶやく照子。

 最終宣告が下された──。



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